象の大きさは、隣に立つ人が証明する——スワン・アンドレアーニ・ディーン・ダヤールほか九点

縦長の紙である。
背景は灰色と青で、斜めの線が幾筋も走る。
天幕の中らしい。
画面の中央に、象が一頭立っている。
体は灰色で、輪郭が太い墨で引かれている。
鼻を高く上げ、先が上を向く。
前脚の片方を上げ、後ろ脚で立っている。
耳は後ろへ倒れている。
その背に、人がひとり立っている。
白い衣に黒い水玉が散り、襟が大きく広がる。
顔は白く塗られ、目のまわりが黒い。
両腕を左右いっぱいに広げている。
象の足もとには、もうひとり同じ衣の人がいる。
こちらは前かがみになっている。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
見えるのは、この象が芸をしているところである。
前脚を上げる姿勢は、はじめに見た木炭の象にはなかった。
観察された象は四本の脚で立ち、見世物の象は二本で立つ。
画材の並びも見ておきたい。
水彩、筆と墨、クレヨン、鉛筆。
四つの道具が一枚に使われている。
輪郭は墨、背景は水彩、細かい光はクレヨン。
早く仕上げるために、手近な道具を次々に使ったのだろう。
その速さが、上げた鼻の勢いに合っている。
館の記録は、道具の名を並べるだけで、使い分けまでは書いていない。
象は、頭にかぶられる
八点目では、象が冠になる。

二組の小さな磁器の像である。
どちらも、人物が二人ずつ組み合っている。
左の組では、白い衣の女が立ち、頭に冠を載せる。
手には丸い球を持っている。
その足もとに、羽根飾りを付けた人物がかがむ。
弓と矢が置かれている。
右の組では、黒い肌の人物が座っている。
頭には、獣の形をした被り物がある。
長い鼻が額から垂れ、牙が左右に出ている。
象の頭である。
その隣で、桃色の衣の人物が身をよじる。
まわりには果実と、香りの器が置かれている。
館の記録では、この四体は四つの大陸を表している。
球と冠を持つのは欧州で、世界の女王として描かれている。
羽根と弓の人物は米州、象の被り物の人物は阿州、香りと果実に囲まれるのは亜州だという。
そして館は、はっきりと書いている。
いま私たちは、これらの表現を人種の紋切り型として認める。
当時の、他の文化や大陸についての、まったく想像上の理解を示すものである。
館の記録は、そう記している。
つまりこの象は、獣ではない。
ある大陸を指す記号として、人の頭に載せられている。
大陸の名が記録の欄に入る例については、作者の欄に入る大陸で扱った。
井戸のそばに、駱駝が休む
最後の一点が、この回でただ一つの駱駝である。

横長の大きな画面である。
上三分の一は、青い空と、遠くの低い山である。
その下は、黄土色の平地が果てまで続く。
画面の中ほどから右にかけて、駱駝が並んでいる。
体は淡い茶色で、背に瘤がひとつある。
首は長く、前へ伸びる。
数えると、十頭ほどいる。
多くは地面に脚を折って座っている。
一頭だけ立ち、首を高く上げている。
駱駝のあいだに、人が集まっている。
赤や白の衣を着て、頭に布を巻く。
手前には、水をくむための石組みがある。
そのそばに、荷を下ろした袋が積まれている。
館の札は「男性」「男性裸像」「駱駝」「砂漠」「オリエンタリスト」の五つである。
つまり館は、この一点を東方趣味の絵として登録している。
描かれているのは、欧州の画家が想像した砂漠である。
そして、駱駝の姿勢はよく見て描かれている。
脚を折って座るとき、駱駝は膝から先を前へ畳む。
その畳み方が、複数の個体で描き分けられている。
数えてみると
九点を並べ直す。
象が働いている場面は、三点である。
大砲を運ぶ隊列、松明を掲げる行列、そして野生の象を追う二頭。
洗われるのが一点、乗られるのが一点、芸をするのが一点である。
観察の対象として描かれているのが一点、記号として頭に載るのが一点。
そして駱駝の一点では、獣は休んでいる。
もう一つ数えておく。
九点のうち、象の牙が描かれているのは三点だけである。
洗われる象、人を乗せる象、そして行列の象。
木炭の習作にも、写真にも、牙は見当たらない。
牙は、装飾として描き足される部品でもある。
耳の大きさも点によって違う。
木炭の習作では、耳が体の三分の一ほどを占める。
日本の掛幅では、耳は小さく垂れるだけである。
行列の版画でも、耳は頭に張り付いている。
耳の大きさは、種類の違いでもあり、写した元の違いでもある。
どちらであるかは、記録からは決められない。
言えることと、言えないこと
言えるのは、象が「並べて測られる獣」だということである。
九点のうち五点で、象は人と一緒に描かれている。
人の背丈が、象の大きさの目盛りになっている。
牛や馬では、体の側面を見せることが値打ちの証明だった。
象では、隣に立つ人の小ささが証明になる。
言えないのは、これが東西で分かれる話だということである。
洗う人も、追う人も、乗る人も、みな象の脚ほどの大きさに描かれていた。
行列の版画でも、象のまわりの人は小さい。
大きさを示す方法は、土地を越えて同じである。
最後に、はじめの一枚へ戻る。
木炭の象には、人が添えられていなかった。
比べる相手がいないので、この象がどれほど大きいのかは分からない。
分かるのは、皮膚の皺と、耳の薄さと、脚の重さだけである。
大きさの証明をやめたとき、象は一頭の獣に戻る。
九点を数え終えて残るのは、その青い紙の上の一頭のほうである。








