美術史・技法

畑の絵は、刈った後を描く——アングラン・ルノワール・トロワイヨンほか九点

田舎の建物

農村の建物を撮った二点を見たい。

一点目は、写真である。

画面は19.7×25.3センチ。

台紙まで含めると40.6×50.8センチになる。

画面の中央に、石を積んだ小さな建物がある。

屋根は低く、正面に階段がある。

その上に、十字の形が立っている。

建物の周りには、白い幹の木が数本ある。

幹は明るく、枝は上のほうへ伸びる。

手前には、石を積んだ低い塀がある。

道は乾いた土で、白い。

奥には、木立と屋根が見える。

人は写っていない。

館の記録には、裏の鉛筆書きが四つ写されている。

撮影者の名、番号、そして寸法らしい数字である。

数字は二通り書かれていて、一致していない。

館は、その両方をそのまま記録している。

石造りの建物と十字架のある田園風景
シャルル=ポール・ペリエ《石造りの建物と十字架のある田園風景》1857年頃。館の記録では、蝋引き紙の陰画から作った鶏卵紙印画。画面19.7×25.3センチ。台紙を含めて40.6×50.8センチ。番号は1996.247。クリーヴランド美術館蔵。シャルル=ポール・ペリエ《石造りの建物と十字架のある田園風景》クリーヴランド美術館蔵

二点目は、リトグラフである。

館の記録に、寸法の欄はない。

画面には、丘のある土地が描かれる。

右手前に、白い家がある。

窓が並び、屋根には煙突が立つ。

その左に、小屋と柵がある。

さらに左には、木立と、別の家が集まる。

丘の上には、大きな木が一本立つ。

画面の左端に、電柱らしい細い柱がある。

柱には、横木と線が付く。

手前は、細い流れと、荒れた地面である。

墨の調子は濃く、全体が暗い。

館の記録の題は、ある州の田園という。

制作は1929年である。

つまり、電気の通った時代の農村である。

オハイオの田園
アルフレッド・ジェイ・ワンズ《オハイオの田園》1929年。館の記録では、リトグラフ。番号は1929.429。クリーヴランド美術館蔵。アルフレッド・ジェイ・ワンズ《オハイオの田園》クリーヴランド美術館蔵

野の字が入った、二点

語の外れに移りたい。

一点目は、静物画である。

額なしで49.5×61センチ。

画面の中央に、白い布を掛けた台がある。

その上に、野菜が置かれている。

大きな結球した葉物が一つ。

丸い根菜が三つか四つ。

白い花のような形の野菜が一つ。

右には、金属の水差しがある。

蓋が付き、光を反射している。

中央の手前には、鳥が横たわる。

羽は茶色で、頭が垂れている。

館の記録の題によれば、山鶉である。

背景は暗い茶色で、何も描かれていない。

日本語の題に、野菜の語が入る。

その野の字で、この一点が集まった。

野原とは関係がない。

野菜と山鶉と水差しのある静物
アドルフ=フェリックス・カルス《野菜と山鶉と水差しのある静物》1858年。館の記録では、布に油彩。額なしで49.5×61センチ。番号は1980.242。クリーヴランド美術館蔵。アドルフ=フェリックス・カルス《野菜と山鶉と水差しのある静物》クリーヴランド美術館蔵

二点目は、素描帖の一葉である。

紙は12.1×19.7センチ。

黒鉛だけで、ごく薄く描かれている。

画面の左に、縦の線が数本ある。

その右に、三角形の形が二つ見える。

天幕らしい。

下のほうには、細長い形が横たわる。

館の記録の題によれば、カヌーである。

線の数は、全部で数十本しかない。

館の記録の題には、野営地の語が入る。

その野の字で集まった。

この帖からは、これで七枚目になる。

からまで、六つの回で取り上げた。

同じ一冊が、七つの番号で公開されている。

カヌーのある野営地(スケッチブックより)
アルバート・ビアスタット《カヌーのある野営地(スケッチブックより)》1890年。館の記録では、網目紙に黒鉛。12.1×19.7センチ。番号は1995.379.4aa裏。メトロポリタン美術館蔵。アルバート・ビアスタット《カヌーのある野営地(スケッチブックより)》メトロポリタン美術館蔵

土の色は、何色か

九点で、土や草の色を見たい。

黄土色が、二点。

明るい緑が、二点。

灰色の階調だけが、二点。

濃い墨の調子だけが、一点。

そして、色の分からないものが二点ある。

土の色は、季節と乾き具合で変わる。

春や初夏なら緑、秋なら黄土色になる。

刈った後の畑は、茶色に近い。

九点では、黄土色の二点がいずれも乾いた土地だった。

一点は野原、一点は版画の秋の野である。

緑の二点は、牧草地と、貝を採る斜面である。

牧草は年中緑を保つ。

だから牧草地の絵は、たいてい明るい。

耕地の絵は、季節によって色が変わる。

その差が、九点にも出ている。

もっとも、白黒の作品では色が読めない。

木炭画、リトグラフ、写真の三点がそうである。

三点とも、明暗の階調だけで土地を示している。

色がなくても、乾いているか湿っているかは分かる。

光の反射の強さで読めるからである。

館の記録は、そこまで書かない。

数え直す

九点を並べ直したい。

耕地や牧草地が描かれているのは、五点。

人が描かれているのは、三点。

家畜が描かれているのは、一点。

建物が描かれているのは、三点である。

そして、作物そのものが描かれているのは二点だった。

積み上げた穀物と、卓の上の野菜である。

畑で育っている作物は、九点に一つもない。

畑は、線で区切られる

耕地の絵には、必ず線が出てくる。

畝の線、柵の線、道の線である。

九点で、その線を数えたい。

柵が描かれているのは、二点。

道が描かれているのは、四点。

畝らしい線が描かれているのは、一点である。

畝の線が少ないのは、意外だった。

耕した土地には、必ず畝がある。

だが、絵にはほとんど出てこない。

理由は、見る角度にあるだろう。

畝は低いので、遠くからは見えない。

真上から見れば縞に見えるが、絵はたいてい横から見る。

横から見ると、畝は消える。

代わりに目立つのは、柵と道である。

どちらも、人が引いた線である。

畑を区切り、通り道を作る。

その線が、画面の構図をそのまま決めている。

野原の油彩では、倒れかけた柵が手前にあった。

田園のリトグラフでは、道と流れが画面を横切っていた。

線がなければ、土地はただの面になる。

面に線を引くと、そこが誰かの土地になる。

畑の絵は、その線を描く絵でもある。