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戸口が、人を切り抜く——欧米絵画・版画・素描ほか九点

農家の前庭
アドリアーン・ファン・オスターデ《農家の前庭》1673年。館の記録では、布に油彩。44×39.5センチ。額を含めて74.3×69.2×7.6センチ。番号は1942.9.48。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。アドリアーン・ファン・オスターデ《農家の前庭》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな画面である。

四十四掛ける三十九・五センチ。

画面の右に、農家の壁がある。

煉瓦と漆喰で、傷んでいる。

上に、窓が二つ。

木の鎧戸が付く。

その壁の手前に、木の柵。

板が縦に並び、隙間が空いている。

柵の上に、白い布が掛けられている。

洗濯物である。

柵の手前に、人が数人。

大人が二人と、子どもが三人。

一人は樽に向かって座る。

足もとに、犬が一匹。

地面には、桶や道具が散らばる。

左上に、木の葉と、青い空。

前庭という中間の場所

題に、前庭とある。

家の中でも、道でもない。

柵で囲まれた、家の前の空間である。

そして、そこで仕事が行われている。

洗い、干し、子どもが遊ぶ。

つまり、入口の外側も、生活の場である。

第三回で、橋の下で人が働く絵を読んだ。

同じことが、門の外でも起きている。

そして、この絵では柵が画面の中央にある。

その柵の手前に人がいる。

つまり、見る人は柵の外にいる。

家の中は見えない。

窓は暗く、戸口も見えない。

家の外側だけを描いた絵である。

大きな家の門の外に立つ男
奥村政信《大きな家の門の外に立つ男》1738年ごろ。館の記録では、木版画、紙本着色。筆彩と記される。28.6×41.9センチ。番号はJP188。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。奥村政信《大きな家の門の外に立つ男》メトロポリタン美術館蔵

横長の版画である。

第十七回で扱った浮絵の系統である。

画面の右から中央にかけて、大きな座敷が奥へ伸びる。

天井の梁と、床の縁が、奥の一点へ収束する。

座敷には、女性が十数人いる。

いずれも立ち姿か、座り姿。

衣は淡い色である。

天井から、丸い提灯が下がる。

そして、画面の左端に、門がある。

黒い枠で、格子が付く。

その門の外に、男が一人立っている。

黒い笠をかぶり、こちらに背を向ける。

中を覗いている姿勢である。

門の外から、中を見る

この一点では、門が画面の左端にある。

そして、そこに一人だけ男が立つ。

中には、大勢いる。

つまり、門が内と外を分け、人数の差を作っている。

内は賑わい、外は一人である。

そして、見る人の位置は中にある。

門の外の男を、内側から見ている。

第十四回で、窓辺の絵では見る位置が内か外に決まると書いた。

門の絵でも、同じである。

そして、この一点では、外の一人が主題である。

題にも、門の外に立つ男、とある。

大勢いる室内ではなく、一人のほうが題になっている。

港の入口

オランダの港の入口
ウィレム・ファン・デ・フェルデ二世《オランダの港の入口》1665年ごろ。館の記録では、布に油彩。65.7×77.8センチ。番号は20.155.6。メトロポリタン美術館蔵。ウィレム・ファン・デ・フェルデ二世《オランダの港の入口》メトロポリタン美術館蔵

ここから、入口が建物ではなくなる。

横長の画面である。

下三分の一が、水である。

穏やかで、波がほとんどない。

そこに、船が何隻も浮かぶ。

手前の一隻は大きく、帆をたたんでいる。

船体が黒く、細部が描かれる。

その右に、帆柱の高い船が二隻。

さらに右にも、小さな舟。

水面に、船の影が映る。

そして、上三分の二が空である。

白い雲が大きく盛り上がる。

下のほうは明るく、上は灰色。

陸の入口は、見えない

題に、港の入口とある。

しかし、画面に門も、堤防も見えない。

水と船と空だけである。

つまり、この入口は、通り抜ける場所ではあるが、目に見える構造物ではない。

海から港へ入る、その水路のことである。

そして、その位置は船の集まり方で分かる。

船が集まっているところが、入口である。

第二回で、船が水面の位置を示すと書いた。

ここでは、船が場所の性格を示している。

そして、この絵では空が画面の三分の二を占める。

第十一回で、地平線が低いと空が広いと書いた。

海の絵では、この構成が定型である。

村の入口
メインデルト・ホッベマ《村の入口》1665年ごろ。館の記録では、板に油彩。74.9×110.2センチ。番号は14.40.614。メトロポリタン美術館蔵。メインデルト・ホッベマ《村の入口》メトロポリタン美術館蔵

横長の画面である。

第十八回で読んだ収集の、一点である。

画面の左と中央に、木が数本立つ。

葉が密で、暗い緑。

その根もとに、土の道が広がる。

手前で広く、奥で細くなる。

第四回で読んだ道の形である。

道の右手に、藁葺きの家が数軒。

低く、木に半ば隠れている。

さらに右奥に、細い塔が立つ。

教会だろう。

道の上に、小さな人影が数人。

空は、上のほうが青く、下に白い雲。

入口に、門はない

この村にも、門がない。

道が村へ入っていくだけである。

つまり、村の入口とは、家が始まる場所である。

そして、その境目は曖昧である。

どこからが村なのか、決まっていない。

前の一点の港も、同じだった。

自然の地形が、入口と呼ばれている。

一方、最初の三点には、はっきりした構造物があった。

石の扉、高い門、木の柵。

つまり、入口には二種類ある。

作られた入口と、そう呼ばれているだけの場所である。

森の入口
ロバート・ウォルター・ウィアー《森の入口》1836年。館の記録では、淡黄色の簀の目のない紙に水彩と鉛筆。13.2×17.6センチ。番号は1977.182.5。メトロポリタン美術館蔵。ロバート・ウォルター・ウィアー《森の入口》メトロポリタン美術館蔵

第十八回で読んだ寄贈の画家の、別の一点である。

小さな水彩である。

十三・二掛ける十七・六センチ。

画面の上を、木の枝が覆う。

葉が密で、空がほとんど見えない。

中央から右にかけて、倒れた木の幹が横たわる。

太く、白っぽい。

その下に、細い水の流れ。

岩のあいだを落ちている。

そして、左に、人が一人立つ。

黒い上着で、こちらに背を向ける。

森のほうを向いている。

奥は暗く、木立が続く。

森の入口も、境目である

この一点でも、門はない。

木が密になり始める場所が、入口である。

そして、そこに人が一人立っている。

これから入るところなのか、出てきたところなのか。

分からない。

第十三回で、森の内部も室内と呼ばれると書いた。

内部があるなら、入口もある。

そして、その入口には扉がない。

木が減れば外、増えれば中である。

境目は、連続的である。