墓の印は、七点とも石である——カナレット・ザルツマン・デ・ウェルヴェほか九点
空の墓が、二点あった
九点のうち二点は、空の墓を扱っている。
使徒たちが囲む石の棺は、蓋が開いている。
館の記述によれば、そこには何もない。
もう一点の天使も、空の墓の場面である。
つまり、二点とも、いないことが主題である。
墓を描きながら、そこに葬られた人はいない。
これは、宗教上の主題として決まった形式である。
そして、絵としては難しい主題でもある。
ないものを、どう描くか。
一点では、囲む人々の身振りで示している。
手を上げ、身を乗り出し、顔を上げる。
驚きの姿勢が、空であることを伝える。
もう一点では、天使の姿だけが描かれる。
墓そのものは、岩の塊としてしか見えない。
前に音や霧を扱った回でも、同じ問題があった。
見えないものは、周りから示すしかない。
空の墓も、その一つである。
そして九点のうち、この二点だけが物語の場面だった。
残る七点は、実在の墓か、墓地の眺めである。
墓は、石で作られる
数えた結果から、はっきり言えることがある。
墓の印は、石である。
九点のうち七点で、石が使われていた。
理由は明らかだろう。
墓は、長く残ることを前提に作られる。
木や布では、数十年でなくなる。
石なら、数百年から千年残る。
そして今回の九点には、その長さが現れていた。
いちばん古い主題は、古代の王の墓である。
その墓を訪れる場面が、十八世紀に描かれた。
いちばん古い作品は、十五世紀初めの彫刻である。
墓が作られたのは、その直前だった。
つまり、六百年前の墓の一部が、いま館にある。
石だから残った。
そして、石だから外して運べた。
前に扉や柱でも、同じ話をした。
石の部品は、建物が壊れても残る。
墓の絵に、人はいる
墓の描かれた七点で、人を数えたい。
人がいるのは、五点である。
そのうち、嘆く姿が描かれているのは二点。
訪れる姿が、二点。
儀式の場面が、一点である。
人のいない二点は、いずれも写真と水彩だった。
つまり、記録として撮られた画面である。
前に寺院や門の写真を扱った回でも、人が外されていた。
建物を正確に写すには、人が邪魔になる。
一方、絵では人が置かれる。
墓だけを描いても、画面が動かないからだろう。
そして人がいると、墓の大きさが分かる。
前に何度も書いた、目盛りの話である。
九点でも、人のいる五点では墓の大きさが推せた。
いちばん大きいのは、古代の王の墓である。
人の背丈の四倍か五倍に見える。
いちばん小さいのは、家族の墓地の石碑である。
人の腰ほどの高さしかない。
記録は、埋葬された人を書くことがある
最後に、記録の欄を確かめておきたい。
九点のうち、埋葬された人の名が分かるのは三点だった。
公爵、司教、そして古代の王である。
いずれも、題にその名が入っている。
残る四点では、誰の墓かは分からない。
一族の墓地、ある町の墓、聖母の墓、キリストの墓。
後の二つは、宗教上の呼び名である。
そして、一族の墓地の一点では作者の名も分からない。
十九世紀のアメリカ、とだけ記録されている。
つまり、この一点には名がない。
描いた人の名も、葬られた人の名も。
分かるのは、石が七つ並んでいることだけである。
墓は、名を残すために作られる。
その墓を描いた絵から、名が消えている。
石には文字が刻まれているはずである。
だが画面では、文字は読めない。
小さすぎて、白い面にしか見えない。
館の記録も、そこには触れていない。
読めるのは、館の記録に書かれた題からだけである。
そして題は、その作品を識別するための呼び名である。
葬られた人の名が入るのは、その人が知られているときだけだ。
公爵、司教、王。
いずれも、歴史に名の残る人である。
名の残らない人の墓は、一族の墓地としか呼ばれない。
これは、墓そのものの性質でもある。
石碑には名が刻まれる。
だが、その名が読まれ続けるとは限らない。
数百年経てば、字は摩耗する。
そして、訪れる人もいなくなる。
九点のうち、いちばん新しい墓の絵は1840年頃のものだった。
そこに描かれた石碑は、いまも立っているかもしれない。
記録には、そこまで書かれていない。
書かれているのは、絵が館に来た経緯だけである。
寄贈者の名と、基金の名。
つまり、記録がたどれるのは絵の来歴であって、墓の来歴ではない。
その線引きは、この連載で何度も確かめてきた。
館は作品を記録し、対象は記録しない。
今回の九点でも、墓の現状に触れた記述は一つもなかった。
触れられていたのは、彫刻がどの墓から来たかだけである。
その一点でも、墓がいまどうなっているかは書かれていない。
書かれているのは、公爵が修道院を建て、そこを埋葬の地に定めたことである。
そして、注文が1381年、完成が1410年だったこと。
つまり、公爵の死から六年後に仕上がった。
三十年かかっている。
その三十年の記録が、いま残っている。
石の像と、数字と、名前。
墓に葬られた人の名は、そうやって残る。
石そのものではなく、記録として残る。
九点のうち、名が残ったのは三点だった。
残る六点では、誰の墓かは分からない。
分からないまま、石だけが画面に立っている。
それでも、そこが墓だとは分かる。
石を立てるという行為が、それだけで意味を伝えている。
立てられた石は、そこに人がいたことを示す。
名が読めなくても、その一点は伝わる。
九点の七点が、その一点だけを伝えていた。
石の形も、大きさも、置かれ方も違う。
それでも、立てられた石は墓として読まれる。
形が定まっていなくても、行為の跡は伝わる。
九点は、その伝わり方を九通りで示していた。
門、棺、石碑、天使、そして嘆く人の像。
形は違っても、示していることは同じである。
ここに人がいた、ということである。
墓の絵が九通りあっても、その一点は変わらなかった。










