美術史・技法

墓の印は、七点とも石である——カナレット・ザルツマン・デ・ウェルヴェほか九点

墓は長く残ることを前提に作られる。九点で数えると、七点で石が使われ、木の墓標は一点もなかった。葬られた人の名が分かるのは三点だけ。墓から外された彫刻も一点ある。文字が刻まれているのは四点で、読めるのは二点しかない。

一族の墓地
アメリカ、19世紀(作者不詳)《一族の墓地》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

白い石碑が、木の下に並んでいる

一枚の油彩に、墓地がある。

全体で50×61センチ。

横長の画面である。

画面の左に、大きな木が立つ。

幹は太く、枝が上と右へ広がる。

葉は明るい緑で、細かく描かれる。

その木の下、画面の下のほうに、白い石が並ぶ。

数えると、六つか七つある。

四角い板状のものと、先の尖ったものがある。

いずれも白く、文字が刻まれているらしい。

石のあいだに、人が三人いる。

一人は緑の衣の女性で、立っている。

一人は白い衣の子どもらしい。

もう一人は、しゃがんでいる。

犬が一匹、手前にいる。

石の向こうは、低い柵である。

その先に、川が流れる。

川には、白い帆の舟がいる。

さらに奥には、緑の丘と、小さな家々がある。

空は淡い黄色と桃色である。

館の記録の題は、一族の墓地という。

作者の名は記録にない。

十九世紀のアメリカ、とだけ書かれている。

一族の墓地
アメリカ、十九世紀《一族の墓地》1840年頃。館の記録では、油彩・カンヴァス。全体50×61センチ。番号は1958.9.10。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《一族の墓地》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

墓は、人を葬った場所である。

そして、その場所を示す印が立てられる。

石、碑、堂、あるいは大きな建物。

九点を並べて、その印の形を数えたい。

墓の印は、四つの形に分かれた

集めかたは、館の記録の題によっている。

墓、廟、塚にあたる語が入るものを拾った。

九点のうち、墓や墓所が描かれているのは七点だった。

残る二点は、後で扱う。

七点の印の形を数えたい。

石を立てたものが、二点。

建物の形をしたものが、三点。

石の棺を置いたものが、一点。

彫刻を伴う墓が、一点である。

つまり、印の形はさまざまである。

共通するのは、石で作られていることだけだった。

七点とも、木の墓標は描かれていない。

石は残り、木は残らないからだろう。

建物としての墓

建物の形の三点を見たい。

一点目は、写真である。

画面は22.7×32.8センチ。

画面のほぼ全体を、石の門が占める。

門は尖ったアーチで、幾重にも縁取られている。

その内側に、もう一つの小さな門がある。

奥は暗い。

門の上と左右は、石を積んだ壁である。

石は大きく、目地がはっきり見える。

手前は、平らな石の床である。

空も、周りの景色も写っていない。

館の記述によれば、この撮影者は極端に近い距離から撮った。

そのため、大きさや位置や周囲の情報が消えている。

代わりに、石の面の質感が強く出る。

館は、その効果を抽象的だと書いている。

そして、この撮影は政府の依頼だったという。

古い遺構の年代についての説を裏づけるためである。

つまり、これは学術のための写真である。

エルサレム、聖母の墓
オーギュスト・ザルツマン《エルサレム、聖母の墓》1854年。館の記録では、蝋引き紙の陰画から作った塩紙印画。画面22.7×32.8センチ。番号は1996.10。クリーヴランド美術館蔵。オーギュスト・ザルツマン《エルサレム、聖母の墓》クリーヴランド美術館蔵

二点目は、水彩である。

紙は33.5×24.2センチ。

縦長の画面である。

画面の中央に、尖った屋根の構築物がある。

屋根の上に、馬に乗った人物の像が立つ。

その下に、アーチの空間がある。

空間の奥に、横たわる像が見える。

石の棺だろう。

構築物の左右は、壁である。

壁は淡い黄土色で、光が当たる。

下のほうには、鉄柵らしい線が並ぶ。

館の記録の題は、ある町の墓である。

制作年は記録にない。

館の記録に、記述の欄もない。

ヴェローナの墓
アボット・ハンダーソン・セイヤー《ヴェローナの墓》制作年不詳。館の記録では、紙に水彩と鉛筆。33.5×24.2センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。アボット・ハンダーソン・セイヤー《ヴェローナの墓》スミソニアン協会蔵

三点目は、油彩である。

42×91.1センチ。

幅が高さの二倍以上ある。

画面の右に、石造りの構築物がある。

四角い塔のような形で、段が付く。

その手前に、開いた石の扉がある。

扉のそばに、人が数人いる。

一人は白い衣で、身をかがめている。

左のほうには、馬に乗った人々がいる。

赤い衣の人が、手を上げている。

その左は、開けた土地と、低い建物である。

奥には、青い山が霞む。

空は明るく、雲が薄い。

館の記録の題によれば、古代の王の墓を訪れる場面である。

つまり、これは歴史の場面を描いた絵である。

制作は1796年。

描かれた出来事は、その二千年以上前になる。

キュロス大王の墓前のアレクサンドロス
ピエール=アンリ・ド・ヴァランシエンヌ《キュロス大王の墓前のアレクサンドロス》1796年。館の記録では、油彩・カンヴァス。42×91.1センチ。番号は1983.35。シカゴ美術館蔵。ピエール=アンリ・ド・ヴァランシエンヌ《キュロス大王の墓前のアレクサンドロス》シカゴ美術館蔵

墓を囲む人々

人が墓を囲む場面が、二点ある。

一点目は、素描である。

紙は17.7×42.5センチ。

横に長い。

画面の中央に、石の棺がある。

棺は四角く、蓋が開いている。

その周りに、人が十数人いる。

いずれも長い衣をまとう。

手を上げる人、身を乗り出す人がいる。

顔は上を向いている。

紙は赤褐色に下塗りされている。

その上に、白で明るい部分が起こされる。

館の記述によれば、これは大きな油彩のための習作である。

その油彩は、いまも描かれた場所にあるという。

そして、この場面は空の墓を見た使徒たちである。

館の記述はさらに、紙の下塗りの意味にも触れている。

中間の調子を作り、明暗を両方向へ描けるようにするためだという。

聖母の墓を囲む使徒たち
カミッロ・プロカッチーニ《聖母の墓を囲む使徒たち》1594年頃。館の記録では、赤褐色の下塗りをした紙にペンとインク、筆と淡彩、白で起こす。紙は17.7×42.5センチ。番号は2024.65。クリーヴランド美術館蔵。カミッロ・プロカッチーニ《聖母の墓を囲む使徒たち》クリーヴランド美術館蔵

二点目は、小さな素描である。

11.4×9.5センチ。

九点のなかで、いちばん小さい。

画面の中央に、翼のある人物がいる。

腕を大きく上げ、体をひねる。

衣が渦を巻いて広がる。

その下に、岩か石の塊がある。

線はペンで、細かく重ねられている。

余白はほとんどない。

館の記録の題によれば、これは墓の天使である。

館の記録に、記述の欄はない。

紙は簀の目紙で、インクは没食子である。

つまり、鉄を含むインクである。

時間とともに、色が茶色へ変わる。