港の絵に、桟橋は写らない——ブーダン・アッピアン・ヒードほか九点
数え直す
九点を並べ直したい。
港や水辺が描かれているのは、六点。
そのうち、船があるのは五点である。
帆柱が数えられるのは、五点。
人が描かれているのは、四点だった。
いちばん多い一点で、五十人以上。
残る三点は、いずれも数人である。
そして、港の設備が描かれているのは二点しかない。
防波堤と、橋である。
桟橋や倉庫やクレーンは、九点に一つも出てこない。
港の絵は、たいてい引き潮である
漁船の帰港を描いた油彩には、目を引く点があった。
大きな船が、砂の上に載っている。
これは、潮が引いた状態を示す。
潮位の差が大きい海では、こういう荷揚げをした。
満潮で船を岸へ寄せ、引き潮で座らせる。
すると、船の横腹から直接荷を下ろせる。
桟橋がなくても、荷役ができる。
九点のうち、この方式が読めるのは一点だけである。
だが、水際に小舟を引き上げた画面は三点あった。
いずれも、船を陸に載せている。
つまり港の絵では、水に浮かぶ船より陸に載る船が多い。
これも、静かな瞬間を選んだ結果だろう。
浮かんでいる船は、動いている。
載っている船は、止まっている。
そして、載っている船のほうが形がよく見える。
船底の曲がりや、竜骨の線まで描ける。
浮かんでいれば、水面から下は見えない。
館の記録は、潮の状態を書かない。
書かれるのは、題と材と寸法だけである。
潮が引いていると読めるのは、画像からだけである。
そして、その読みも推測にとどまる。
荷を運ぶ人が、四点にいる
港は、物が移る場所である。
その動きが描かれているかを見たい。
荷を運ぶ人がいるのは、二点だった。
漁船の帰港を描いた油彩と、川辺の砂の絵である。
前者では、樽と箱が砂の上に並ぶ。
後者では、砂の山が積まれている。
砂は、船で運ばれてきたものだろう。
だが、運んでいる最中の人は描かれていない。
積まれた後の状態である。
つまり九点のうち、荷を動かす動作が写るのは一点だけだった。
残る五点では、港は静かである。
船は停まり、帆は畳まれている。
人は少ないか、いない。
港の絵は、働いている港をあまり描かない。
これは意外である。
港は、町でいちばん忙しい場所のはずだ。
理由の一つは、時間の問題かもしれない。
荷役は動きが速く、人が入り乱れる。
絵にするには、止まった瞬間のほうが扱いやすい。
写真でも、動くものはぶれる。
前に寺院の写真を扱ったとき、撮影者が人を外した例を見た。
港の写真も、静かな時間に撮られたのだろう。
港の絵は、横に長い
判型を並べておきたい。
港が描かれた六点のうち、横長が五点である。
縦長は、古代の港を描いた一点だけだった。
いちばん横長なのは、写真の一点である。
22.8×47.7センチで、幅が高さの二倍以上ある。
館の記録によれば、これは可動の広角レンズで撮られた。
写真帖の名にも、その旨が書かれている。
つまり、機材そのものが横長の画面を作る。
絵のほうも、横長が多い。
理由は水平線である。
海には、必ず水平の線が引かれる。
その線を生かすには、横に広い画面が要る。
縦にすると、線が短くなって効かない。
古代の港の一点が縦長なのは、木を描いたからだろう。
画面の左に、大きな木が立っていた。
木は縦に伸びるので、画面も縦になる。
判型は、その画面でいちばん長いものに従う。
記録は、船の名を書かない
最後に、記録の欄を確かめておきたい。
九点の記録に、描かれた船の名を書く欄はない。
種類が分かるのは、題からだけである。
一点だけ、船の種類が題に入っていた。
北の海から帰る漁船である。
残りの船には、名も種類もない。
帆柱の数から、大きさは推せる。
三本柱なら、外洋へ出る船だろう。
一本柱なら、沿岸の小舟である。
だが、それは画像を見ての推測である。
港の名も、六点のうち四点にしかない。
一点は《港》とだけ書かれている。
一点は、地名の読みに疑問符が付く。
港には名があるはずだが、記録に残るとは限らない。
そして、名のない港は特定できない。
前に道と橋を扱ったときにも、同じことを書いた。
名のある場所は歴史に残り、名のない場所は風景になる。
港も、その例外ではない。
九点のうち、いま同じ景色が見られる場所はどれか。
それは、記録からは分からない。
分かるのは、絵が描かれた年と、館に入った経路だけである。
出所の欄には、寄贈者や購入の基金の名が並ぶ。
今回の九点でも、九通りの経路が書かれていた。
寄贈が四点、購入が四点、遺贈が一点。
港を描いた作品が、九通りの道筋で一つの記録に並んでいる。
それ自体が、もう一つの水運の話に見えなくもない。
もっとも、これは書き手の連想にすぎない。
記録には、そんなことは書かれていない。
書かれているのは、いつ、誰から、どの基金で入ったかである。
その情報は、作品の値打ちとは関係がない。
だが、館の歴史を知るには役に立つ。
同じ寄贈者の名が、別の作品にも出てくることがある。
今回の九点でも、そういう重なりがあった。
一人の収集家の趣味が、館の所蔵に残っている。
今回の九点では、同じ基金の名が二点に出てきた。
その基金で買われた二点は、まったく違う作品である。
一点は港の銅版画、一点はスイスの谷の写真である。
つまり、基金は主題を選ばない。
選んでいるのは、その時々の学芸員である。
出所の欄を並べると、館の集め方の癖が見える。
寄贈が多い時期、購入が多い時期。
それも公開データから読めることの一つである。
もっとも、九点では読めるほどの量ではない。
読むなら、館の全所蔵を並べる必要がある。
今回できたのは、九点ぶんの照合だけである。
それでも、九通りの経路があることは確かめられた。










