作品を知る

島は、画面に描かれない——カナレット・ピサロ・カルポーほか九点

セントヘレナ島のナポレオン
ジャン=バティスト・カルポー《セントヘレナ島のナポレオン》1860〜70年頃。館の記録では、ブロンズ。全体で21.6×18.6×12.2センチ。番号は1917.371。クリーヴランド美術館蔵。ジャン=バティスト・カルポー《セントヘレナ島のナポレオン》クリーヴランド美術館蔵

二点目は、日本の掛幅である。

画面のみで105.7×59.4センチ。

表装を含めると189.2×64.7センチになる。

画面には、人物が一人立っている。

大きな衣を着て、体をひねっている。

袖は長く垂れ、裾が広がる。

衣には、六角形の模様が並ぶ。

館の記述によれば、それは亀の甲羅の模様だという。

手には、細い棒を持っている。

釣り竿である。

上のほうには、和歌が書かれている。

館の記録は、それが三十一文字の歌だと書いている。

館の記述によれば、この人物は役者である。

そして、ある昔話の主人公を演じている。

亀を助けた礼に、海の底の宮殿へ連れて行かれる。

三日過ごしたつもりが、戻ると三百年が経っていた。

そういう話である。

その主人公の名に、島の字が入っている。

日本語の題を機械で引くと、この一点が集まる。

浦島太郎を演じる二代目三条勘太郎
懐月堂安度《浦島太郎を演じる二代目三条勘太郎》十八世紀初め。館の記録では、掛幅。紙に墨と色。画面のみ105.7×59.4センチ。表装を含めて189.2×64.7センチ。番号は1961.41。クリーヴランド美術館蔵。懐月堂安度《浦島太郎を演じる二代目三条勘太郎》クリーヴランド美術館蔵

島の沖と、島の名を持つ姓

残る三点を見たい。

一点目は、繊維板に描かれた油彩である。

40.7×61センチ。

画面の左に、大きな帆船がいる。

帆はすべて張られ、白く光る。

船体は黒く、右へ傾いている。

その右に、小さな帆船がもう一艘いる。

海は青と緑で、波が立つ。

白い波頭が、いくつも見える。

空には、白い雲が大きく盛り上がる。

雲の下は灰色、上は明るい。

奥の水平線に、細い陸地が見える。

館の記録の題によれば、ある島の沖である。

そして、出航の場面だという。

つまり、島から離れていく船を描いている。

島そのものは、遠くの帯にすぎない。

ヴィニヤード島沖の捕鯨船、出航
ウィリアム・ブラッドフォード《ヴィニヤード島沖の捕鯨船、出航》1859年。館の記録では、繊維板に油彩。40.7×61センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ウィリアム・ブラッドフォード《ヴィニヤード島沖の捕鯨船、出航》スミソニアン協会蔵

二点目は、メダルである。

全体で5.8×0.5センチ。

九点のなかで、いちばん小さい。

厚さは五ミリしかない。

表には、男の横顔が浮き彫りにされている。

髪は後ろで束ねられ、襟が高い。

その周りに、文字が浮き上がる。

名前と、二つの年である。

裏には、楽譜と歌詞が細かく刻まれている。

館の記録によれば、それは国歌の楽譜と全歌詞である。

小さな円のなかに、それだけの文字が入っている。

館の記述によれば、この人物は作曲者である。

そして、その姓に島を意味する語が含まれる。

つまり、姓の綴りで集まった一点である。

前の回でも、姓の綴りによる一致が二点あった。

人名は、こういう一致を起こしやすい。

クロード・ジョゼフ・ルージェ・ド・リールのメダル
アルフレッド・ボレル《クロード・ジョゼフ・ルージェ・ド・リールのメダル》1911年。館の記録では、ブロンズ。全体で5.8×0.5センチ。番号は1919.899。クリーヴランド美術館蔵。アルフレッド・ボレル《クロード・ジョゼフ・ルージェ・ド・リールのメダル》クリーヴランド美術館蔵

三点目は、素描帖の一葉である。

紙は12.1×19.7センチ。

黒鉛だけで、薄く描かれている。

画面の中ほどに、水平の線がある。

その上に、細い木が三本立つ。

針葉樹らしい。

木のあいだに、短い横線が並ぶ。

水面と、その中の小さな陸地らしい。

館の記録の題には、川と木と島の語が入る。

そして、川の名らしい語に疑問符が付いている。

読みが確定していないのである。

この帖からは、これで十枚目になる。

からまで、九つの回で取り上げた。

同じ一冊が、十の番号で公開されている。

川と木々と島のある山の風景(スケッチブックより)
アルバート・ビアスタット《川と木々と島のある山の風景(スケッチブックより)》1890年。館の記録では、網目紙に黒鉛。12.1×19.7センチ。番号は1995.379.4r裏。メトロポリタン美術館蔵。アルバート・ビアスタット《川と木々と島のある山の風景(スケッチブックより)》メトロポリタン美術館蔵

水平線が、島の輪郭を隠す

島が見えない理由を、もう少し考えたい。

海の上から島を見ると、島は水平線の上の帯になる。

その帯の左右がどこで終わるかは、遠くて分からない。

つまり、水平線が島の輪郭を隠している。

九点のうち、水平線が引かれているのは四点だった。

そのうち三点で、遠くに陸地の帯が見える。

だが、いずれも島とは断定できない。

岬かもしれないし、対岸かもしれない。

館の記録の題があるから、島だと分かる。

なければ、ただの陸地である。

これは、島に限った問題ではない。

前に海を扱った回でも、水平線の扱いを数えた。

そのときは、線を引かない画面のほうが多かった。

今回は、四点で線が引かれている。

島の絵では、線を引かないと陸地が置けないからだろう。

線がなければ、遠くの帯は雲と区別がつかない。

線を引いて、その上に陸を置く。

その順序で、島らしきものが画面に入る。

らしきもの、としか言えないのが実際である。

数え直す

九点を並べ直したい。

島が画面に見えるのは、二点。

島の上から描いたのが、三点。

島の沖を描いたのが、一点。

島に流された人を表したのが、二点。

姓の綴りで集まったのが、一点である。

水が描かれているのは、五点。

人が描かれているのは、七点だった。

島の絵に、船が多い

九点のうち、船が描かれているのは三点だった。

大きな帆船、小さな帆船、そして遠くの帆。

島と船の組み合わせは、当然かもしれない。

島へ行くには、船が要る。

船がなければ、島は行けない場所になる。

つまり船は、島と本土をつなぐ唯一の手立てである。

前に橋を扱った回では、橋が両岸をつないでいた。

島には、橋が架かっていないことが多い。

だから船が、橋の代わりになる。

そして船は、動く。

橋は動かないので、画面のなかで静かに横たわる。

船は帆を張り、傾き、波を立てる。

同じ「つなぐもの」でも、画面での働きが違う。

九点の三点でも、船はいずれも動いていた。

一点は出航する場面である。

一点は、遠くを横切っている。

もう一点は、水面に小さく浮かぶだけである。

島の絵に船があると、そこに出入りがあると分かる。

閉じた場所ではなくなる。

流された人の絵に船がないのは、そのためかもしれない。

出入りできないことを示すには、船を描かないほうがよい。

九点のうち、その二点には船がなかった。