美術史・技法

台所を台所にしているのは、道具である——ソルフ・ヴュイヤール・師宣ほか九点

アスパラガスのある静物
フィリップ・ルソー《アスパラガスのある静物》1880年ごろ。館の記録では、布に油彩。額なしで36×65センチ。番号は1980.284。クリーヴランド美術館蔵。フィリップ・ルソー《アスパラガスのある静物》クリーヴランド美術館蔵

暗い卓の上に、白いアスパラガスの束が立ててある。

藁で二重に縛られ、穂先だけが薄紫と緑を帯びる。

束の下は、浅い土焼きの皿である。

皿の手前には、同じアスパラガスが五、六本、無造作に転がる。

その左に、もう一枚の皿と、細い金物の器具が置かれている。

奥には、緑がかった水差しが一つ、影の中に立つ。

背景は一面の茶色で、卓と壁の境も定かでない。

明るいのは、束の白だけである。

館の記録では、ルソーはシャルダンの静物に深く影響された画家である。

十九世紀の半ば、フランスの画家たちはシャルダンを見直した。

ボンヴァンら同じ世代の画家とともに、この人もその流れの中にいた。

素朴な台所の卓に食材を置き、豊かな手ざわりと抑えた色に集中したと記録は読む。

シャルダンの静けさを扱った回で見た手つきが、百四十年後に写し取られている。

銘の欄には、署名のあとにもう一行が続く。

友アラゴへ、と書き添えてあるという。

来歴の欄によれば、そのアラゴは画家仲間で、のちに美術行政の職に就いた人である。

つまりこの一枚は、売り物ではなく贈り物として描かれた。

台所の卓の上のものが、友情の印になっている。

道具は、皿が二枚と水差しと金物。

食べ物は、アスパラガスだけである。

数えれば、道具四つに食材一種。

一種類の野菜が、これだけの闇と釣り合っている。

では、道具のほとんど写らない台所の絵はあるか。

死んだ鳥と牡蠣の籠のある静物
ジェルマン・リボ《死んだ鳥と牡蠣の籠のある静物》1860年から80年ごろ。館の記録では、布に油彩。額なしで46×55.3センチ。番号は1980.281。クリーヴランド美術館蔵。ジェルマン・リボ《死んだ鳥と牡蠣の籠のある静物》クリーヴランド美術館蔵

敷石の床に、鳥が数羽、重なって横たわっている。

白い胸と長い黒い嘴の一羽が、いちばん目につく。

その手前に、赤茶と白のまだらの一羽。

奥には、翼に青い筋の入った一羽が見える。

右のほうに、小さな一羽が離れて置かれている。

奥には編み目の粗い籠が据えられ、黒い貝が山盛りになっている。

手前の小皿には、殻を開けた貝が一つ、汁ごと載る。

館の記録では、暗い茶の背景に、牡蠣を盛った籠を描いたとある。

光は左から来て、籠の編み目をやわらかく照らすという。

白い胸と長い嘴の鳥は鵲だと記録は読む。

手前は山鶉、奥は懸巣、右の小さいのは雀らしいとある。

そしてこの一群は、おそらく台所にあると記録は書く。

まもなく料理の支度が始まる場所だという。

つまり記録のほうが、画面から場所を推理している。

写っているのは床と籠と獲物だけで、竈も鍋も出てこない。

それでも台所だと言えるのは、この並べ方が支度の形だからである。

作者のリボは、日常の場面と静物を描いた画家である。

館の記録では、働く人や農民を描いて名の高い画家の、息子にあたる。

父の名のほうが有名だと、記録はわざわざ書き添えている。

ところで、この一点と前の一点は、同じ道をたどって館に来た。

どちらも同じ収集家の遺贈で、1980年に入っている。

十九世紀フランスの台所の静物を、一人の目が並べて集めていたことになる。

反対に、道具だけの絵もある。

七草の菜と台所道具
蜂房秀理《七草の菜と台所道具》19世紀。館の記録では、摺物、紙に木版、墨と彩色。13.7×18.7センチ。番号はJP2106。メトロポリタン美術館蔵。蜂房秀理《七草の菜と台所道具》メトロポリタン美術館蔵

江戸の摺物である。

摺物は、句や歌を添えて仲間内に配った私家版の木版画をいう。

白いまな板の上に、緑の若菜が散る。

大ぶりの黒い刃物と、白い柄の小さな包丁。

金物の火箸が一組、木のすりこぎが一本、杓子が一枚。

紙の上に、狂歌が二首書き込まれ、朱の印が捺されている。

題のとおり、正月七日の行事の道具立てである。

七日の朝には、七種の若菜を刻んで粥に入れる。

年の初めの、台所の晴れ舞台である。

だからこの摺物は、菜ではなく道具を正面に据えた。

まな板の菜より道具のほうが大きく描かれているのが、この絵の眼目である。

道具を一つずつ数えられる絵は、九点のうちこの一点しかない。

数えれば、板が一、刃物が二、火箸が一、すりこぎが一、杓子が一。

食べ物の絵ではなく、支度の絵である。

台所の絵と、台所道具の絵は、似ているようで別のものである。

なお、この紙は1929年にハヴマイヤー夫人の遺贈で美術館に入った。

働く人の、数だけの道具

人の側から台所を描いた絵も並べる。

女郎屋の台所
菱川師宣《女郎屋の台所》1680年ごろ。館の記録では、木版多色摺・紙。25.7×38.6センチ。番号はJP810。メトロポリタン美術館蔵。菱川師宣《女郎屋の台所》メトロポリタン美術館蔵

板敷きの広い台所を、斜め上から見下ろしている。

屋根を取り払って家をのぞき込む、絵草紙らしい視点である。

屋根を取り払って見下ろした絵は、九点のうちこの一点だけである。

西洋の六点は、どれも台所に立つ人の目の高さで描かれている。

見下ろしは、場所の全体を説明するための高さである。

大きな桶がいくつも据えられ、男が身をかがめて中をかき回す。

奥の樽のわきでは、別の男が長い棒を構えている。

低い台に向かって、何かを切り分ける男もいる。

その手元のものは、記録の札が魚だと教えてくれる。

左手の座敷との境では、女たちが盆や膳を支度している。

棚には、盛り上げた食べ物の台が三つ並ぶ。

右下には松の植え込みと犬までいて、庭先と地続きなのが分かる。

女郎屋、つまり遊女を抱えた店の裏方である。

表の座敷を支えるために、これだけの人手と桶が要った。

大人数の台所は、道具も大きい。

一人分の包丁とまな板が、ここでは大桶と長い棒になる。

道具がその人の仕事を示すという回で数えた通り、道具の寸法は働く場の寸法である。

線は太く、彩色はごく淡い。

三百年余り前の板木の線が、台所の湯気の代わりに働いている。

家の台所と、店の台所

ここで、働いている人を数えておきたい。

九点のうち、家の台所と呼べる絵は四点ある。

ソルフ、ヴュイヤール、カルフ、そしてジョンソンである。

この四点で台所に立つのは、いずれも女性だった。

記録の札も、ソルフの絵に召使いの一枚を掛けている。

ヴュイヤールの一点にいたっては、記録が母その人だと書いていた。

一方、客をもてなす側の台所も二点ある。

師宣の女郎屋と、隅田川の屋形船である。

師宣の台所で桶を扱い、魚を切っているのは、ほとんどが男だった。

家の台所には女が立ち、客商売の台所には男が入る。

十七世紀のオランダでも、江戸でも、九点の範囲では、この分かれ方が崩れない。

むろん、九点は九点の話である。

だが、台所の絵が写すのは料理だけではない。

誰がそこに立たされていたか、という家と店の仕組みも、一緒に写り込む。

絵のなかの台所は、道具の目録であると同時に、働き手の名簿でもある。