美術史・技法

台所を台所にしているのは、道具である——ソルフ・ヴュイヤール・師宣ほか九点

火と水と道具の場所、台所を描いた九点を数えた。炎が燃えている絵は一点だけ、水の見える絵は一点もなく、画面を埋めるのは鍋と桶と包丁である。家の台所に立つ女、女郎屋の裏方、舟に積んだ台所、魚をねらう猫まで数えて、道具だけで台所に見える理由を読む。

台所
ヘンドリック・マルテンスゾーン・ソルフ《台所》メトロポリタン美術館蔵

猫が先に、教えてくれる

画面の右端で、猫が鍋に前足をかけている。

鍋のなかに、赤い蟹が見える。

床には魚が二匹、投げ出されたままである。

そのわきで、磨かれた真鍮の鍋が金色に光る。

素焼きの水差しが立ち、籠の蓋が転がっている。

左手の窓から、昼の光が斜めに入る。

窓辺の壁には、ぶら下げた金物がいくつか見える。

手前に、二人の女がいる。

一人は立って、銅の鍋を胸の前に抱えている。

その前の台には、羽をむしられた鳥が横たわる。

もう一人は床に腰を落とし、木の桶を膝に引き寄せて手を動かす。

奥の壁は広く、暗く、高いところに小さな鳥籠が掛かるだけである。

台所
ヘンドリック・マルテンスゾーン・ソルフ《台所》1643年ごろ。館の記録では、油彩・板。52.1×44.1センチ。番号は89.15.7。メトロポリタン美術館蔵。ヘンドリック・マルテンスゾーン・ソルフ《台所》メトロポリタン美術館蔵

十七世紀オランダの台所である。

この作品の記録に、解説の文はない。

その代わり、主題の札が並んでいる。

食べ物、台所、女、猫、魚、召使い、料理。

七枚の札のうち一枚を、猫が一匹で受け持っている。

魚のそばの猫は、それだけで絵になると、記録の側も知っているのである。

見どころは、床である。

赤茶けた敷き瓦の上に、魚と鍋と水差しが、無造作に散らばっている。

台所の床は、置き場であり、仕事場である。

立って抱える鍋と、床に転がる鍋。

同じ道具が、使われる高さを変えながら画面を巡っている。

窓の光は、立つ女の白い上衣でいちばん明るい。

そこから床の金物まで、光は段々に弱くなる。

暗い奥の壁が、その段々を支える背景になっている。

さて、台所とは何の場所か。

火を使い、水を使い、道具を使って、食べ物をこしらえる場所である。

だがこの絵に、炎は見えない。

水も見えない。

画面を埋めているのは、鍋、桶、甕、籠といった道具である。

絵のなかの台所を台所にしているものは、火か、水か、道具か。

台所は、家のなかでいちばん物の多い部屋である。

そして、客に見せるための部屋ではない。

飾らない部屋を、画家たちはなぜ繰り返し描いたのか。

その答えも、数えているうちに見えてくるはずである。

部屋は光の落ち方で決まると数えた回がある。

あちらは、窓の光がどこに落ちるかで部屋の性格を読んだ。

今回はその続きとして、家でいちばん道具の多い部屋に入る。

台所の九点で、火と水と道具を数えてみたい。

人が、道具の一部になる

次の一点は、二百五十年あとのパリである。

料理女
エドゥアール・ヴュイヤール《料理女》1899年。館の記録では、色刷りのリトグラフ。紙は40.7×30センチ。番号は1951.65.12。クリーヴランド美術館蔵。エドゥアール・ヴュイヤール《料理女》クリーヴランド美術館蔵

画面の真ん中に、白い前掛けの人が立っている。

上は藍地に小花を散らした仕事着で、頭に白い布を巻いている。

手元では、白いものを持ち上げているように見える。

背後の棚には、白い皿が積み重ねられている。

その下に、黒い瓶が一本。

右には、縁の黒い深鉢と、白い鉢が卓に載る。

さらに右には、藍と白の格子の布が垂れている。

いちばん右は、黒い線でびっしり埋められた暗がりである。

上のほうだけが、窓の光で明るい。

色は、藍と茶と生成りの三つしかない。

さて、この画面で人はどこにいるか。

いちばん大きいのは白い前掛けだが、それは服である。

顔は輪郭がぼやけて、目も鼻も描かれていない。

小花の柄と、格子の布と、積み上げた皿。

模様の数を並べていくと、人はそのうちの一つに見えてくる。

館の記録も、そう読んでいる。

画家の母は、息子の仲間たちをよくもてなす人だった。

台所は、その母が取りしきる場所だったという。

しかしここでは、母は小さく、動きを止めた姿で描かれている。

部屋の物と模様が作る静物の一部として描かれた、と記録は書く。

豆知識の欄にも、狭い住まいでよく仲間をもてなしたとある。

料理をする人を描いたはずなのに、その人が模様の側へ沈んでいく。

台所という部屋の強さが、ここに出ている。

道具と模様が、人より前に出てしまうのである。

紙の左下には、鉛筆の書き込みがある。

闇の中で、金物だけが光る

こんどは、十七世紀のオランダへ戻る。

台所の絵は、この時代、たいてい暗い。

厨房の内部
ウィレム・カルフ《厨房の内部》1642年から44年ごろ。館の記録では、油彩・板。26.7×31.8センチ。番号は71.69。メトロポリタン美術館蔵。ウィレム・カルフ《厨房の内部》メトロポリタン美術館蔵

この一枚も、ほとんど闇である。

目が慣れると、手前の床に野菜の束が見えてくる。

白い茎の先に、緑の葉が広がっている。

その奥に、橙色の南瓜がひとつ。

奥の壁で、丸い真鍮の鍋が一枚、鈍く光る。

女性がひとり、右手の暗がりに腰かけて、膝の上の鉢をのぞき込む。

左の暗がりには、梁と柱と、家畜らしい影まで見える。

台所と納屋が、まだ地続きの家である。

部屋の間仕切りより先に、屋根の下という一つの闇がある。

食べ物と家畜と道具が、その闇を分け合っている。

板の大きさは、縦26.7センチしかない。

小さな板のなかに、これだけ広い薄闇が畳み込まれている。

記録の札は、台所、野菜、女の三枚である。

番号は71.69と、妙に短い。

番号の頭の71は、収蔵の年を示している。

収蔵の欄にも、1871年の購入とある。

作品番号の読み方の回で見た、年号込みの付け方である。

ここでも、闇に浮かぶのは金物と野菜で、炎ではない。

人のいない台所

台所は、人を描かなくても台所である。

そのことを示す絵が、九点のなかに三点ある。