同じ広場が、三点あった——ベッロット・グアルディ・ギルバートほか九点

三点目は、小さな板絵である。
24.8×17.8センチ。
縦長で、画面の上半分に建物がある。
二本の細い塔が立ち、その間にアーチの門がある。
壁は赤茶で、影が濃い。
その下、画面の下半分に、市場がある。
白や黄色の日除けが張られている。
その下に、人が十数人いる。
いずれも小さく、輪郭だけである。
空は青灰色で、雲が厚い。
館の記録の題は、カイロの市場という。
館の分類の札には、東方趣味を示す語が入っている。
十九世紀のヨーロッパで作られた、外国の風景の絵である。
そのことは、記録の分類に明示されている。

四点目は、写真である。
台紙は62×43センチ。
画面の中央に、大きな門がある。
尖ったアーチが三つ並び、上に小塔が載る。
門の左右に、低い建物が続く。
その前に、日除けを張った店が並ぶ。
道は広く、白く乾いている。
人は、遠くに数人写るだけである。
台紙の下の余白に、題が二つの言語で刷り込まれている。
いずれも同じ写真帖からの一枚である。
館の記述によれば、この人は自分の絵では建物の壮麗さを写しきれないと考えた。
そこで現地で写真を学んだという。

山の市と、後から描かれた広場
残る二点は、性格が違う。
一点目は、日本の絵である。
画面は29.6×49.2センチ。
掛幅に改装されていて、表装まで含めると128.7×61.5センチになる。
もとは画帖の一葉だった、と館の記録にある。
画面の上のほうに、切り立った山がある。
山は薄い墨で、輪郭がにじむ。
その下に、木立と屋根が並ぶ。
屋根は小さく、十数軒ある。
手前には、水面と、小さな舟がある。
左上に、文字と印が二つある。
館の記録の題は、山の市が霞の晴れるなかにある、という意味である。
これは、八つの景の一つである。
前に寺の鐘を扱った回で、同じ八景の別の一点を見た。
八つの題は、いずれも天候や時刻や音を指す。
市もその一つに入っている。
つまり、市は景色の主題として扱われてきた。
館の記述によれば、この画帖は儒学者の注文だった可能性があるという。

二点目は、色刷りの版画である。
画面は38.3×54.1センチ、紙は54.3×71センチ。
画面の中央に、円蓋のある建物がある。
その周りに、低い建物が並ぶ。
前の広場には、馬車と人が集まっている。
馬車は十台以上ある。
人は数十人いる。
いずれも、輪郭と色面で描かれる。
木は葉を茂らせている。
館の記録の題によれば、これはアメリカのある都市の一角である。
そして題には、1864年という年が入っている。
ところが、制作年は1928年である。
六十四年後に作られた絵である。
前に、百年前の教会を描いた油彩を見た。
これも同じ種類の作品である。
見ていない光景を、資料に基づいて再現している。
館の記録は、題にその年を残すことで区別を可能にしている。

人の大きさで、広さが決まる
広場や市場の絵では、人の大きさが目盛りになる。
九点で、人の背丈が画面の高さの何分の一かを見たい。
いちばん小さいのは、大きな油彩の人々である。
画面の高さの二十分の一もない。
だから広場が広く見える。
水彩の人々も、二十分の一ほどである。
こちらは群れとして描かれ、一人ずつは分からない。
板絵の市場では、人は画面の高さの六分の一ほどある。
顔の向きや衣の色まで読める。
だから、広場は狭く、混んで見える。
そして銅版画では、人が画面いっぱいである。
高さのほぼ全部を、二人が占める。
ここでは広場も市場も見えない。
見えるのは、取引をする二人だけである。
人を大きく描けば、場所は消える。
小さく描けば、場所が見える。
これは、道を扱った回でも書いたことである。
同じ選択が、広場の絵でも起きている。
九点は、その両端のあいだに並んでいた。
館の記録は、人の数も大きさも書かない。
数えるのは、画像を見る側の仕事である。
数え直す
九点を並べ直したい。
広場が描かれているのは、四点。
市場が描かれているのは、四点。
どちらとも言えないのが、一点である。
山の市を描いた絵で、市は屋根の集まりとしてしか描かれない。
人が描かれているのは、八点。
人のいないのは、写真の一点だけだった。
そして、人の数には極端な差がある。
二人しかいない銅版画から、五十人以上の油彩まで。