作品を知る

猿は、人の役を引き受ける——探幽・デューラー・ドゥカンほか九点

九点の猿を数えると、二点では人の服を着て説教し、絵を評していた。一点では鎖につながれ、一点では薬にするため殺される。犬が人の忠実さを説明するのに対し、猿は人そのものの代わりをつとめている。指を描くかどうかで、猿は道具を持つ者になる。

月をとらえようとする猿
狩野探幽《月をとらえようとする猿》クリーヴランド美術館蔵

枝から垂れ下がる、猿の鎖

たいへん細長い掛幅である。

高さ170センチに対し、幅は33.9センチしかない。

絹の地は茶色く沈み、描かれた部分だけが薄く浮かぶ。

画面の上のほうに、細い枝が横に伸びている。

葉はほとんど付いていない。

その枝から、猿がぶら下がっている。

腕が異様に長い。

体の三倍ほどの長さで、下へ伸びている。

その手を、次の猿がつかんでいる。

二匹目もまた腕を伸ばし、三匹目がその手を握る。

三匹が縦につながり、鎖のようになっている。

いちばん下の猿は、片手を下へ伸ばしている。

その手の先、画面の下のほうに、丸いものがある。

薄い墨で輪郭だけが描かれた円である。

猿の手は、その円に届いていない。

月をとらえようとする猿
狩野探幽《月をとらえようとする猿》1600年代。館の記録では、掛幅・絹本淡彩。画は170×33.9センチ。番号は2015.478。クリーヴランド美術館蔵。狩野探幽《月をとらえようとする猿》クリーヴランド美術館蔵

館の記録では、腕の長い猿たちが鎖を作り、木から下へ手を伸ばしている。

月だと思っているものに触れようとしている。

しかし手の届かないその円は、静かな池か湖の水面に映った満月である。

館の記録は、そう説明している。

そして、この図は仏教の思想で迷った心をあらわす比喩としてよく使われるという。

さらに館は、一つ付け加えている。

この種の猿は日本には生息していない。

近代以前の日本の画家は、中国から来た絵を通してその姿を知っていた。

館の記録は、そう書いている。

つまりこの猿は、見たことのない獣を、絵から写した猿である。

腕が体の三倍もあるのは、その伝聞の結果かもしれない。

ただし、それは記録に書かれていない。

掛幅の細長さも、この図に効いている。

高さは幅の五倍ある。

上に枝があり、下に水面がある。

そのあいだを、猿の体が縦につないでいる。

もし横長の画面なら、この鎖は作れない。

三匹をつなぐという発想そのものが、細長い紙の形から出ている。

表装を含めると全体は234センチになる。

床から見上げれば、月は目の高さより下にある。

見る人の側から見ても、月は下にあることになる。

猿は、人に似すぎている

この一幅を出発点に、猿の絵を九点数えていく。

猿は、人にもっとも姿の似た獣である。

手があり、指があり、顔に表情らしきものが出る。

そのために、絵の中の猿は人の役をあてがわれやすい。

人の真似をし、人の愚かさを引き受け、人の罪の代わりになる。

先に言ってしまうと、九点のうち、猿が人の服を着ているのは二点である。

一点では鎖につながれ、一点では薬にするために殺される。

三点では、猿は観察の対象として、じっと見られている。

そして二点では、器や箱の飾りになっている。

前の回で兎が上下の反転で生死を示すことを見た。

猿の場合は、上下ではなく、服を着ているかどうかで役が変わる。

鎖につながれた猿が、聖母の足もとにいる

二点目は、十五世紀末のエングレーヴィングである。

猿のいる聖母子
アルブレヒト・デューラー《猿のいる聖母子》1498年ごろ。館の記録では、エングレーヴィング。図は19×7.9センチ。番号は1964.29。クリーヴランド美術館蔵。アルブレヒト・デューラー《猿のいる聖母子》クリーヴランド美術館蔵

縦に細長い画面である。

19×7.9センチしかない。

右手に、女がひとり座っている。

長い衣をまとい、頭のまわりに細い光の輪がある。

顔は下を向き、膝の上の幼子を見ている。

幼子は左手に小さな鳥を握っている。

背後には低い木の柵が横に走る。

柵の向こうには水があり、遠くに家と塔が見える。

空には雲が細かい線で刻まれている。

そして女の足もと、画面の下に、猿が一匹うずくまっている。

体を丸め、顔を横へ向けている。

首から鎖が伸び、柵の杭につながれている。

館の記録では、この庭は低い木の門で囲まれた場所である。

幼子が持つ鳥は、救われる魂のしるしだという。

そして猿については、こう書いている。

飼いならされ、柵につながれたこの猿は、正確な動物の観察にもとづく。

おそらく北アフリカの猿である。

しかし同時に、神学の上の役目も負っている。

肉体の快楽と結び付けられ、徳が罪に打ち勝つことを示すという。

館の記録は、そう読む。

さらに館は、作者がドイツの動物のコレクションでこの猿を見たかもしれないと書く。

つまり一匹の猿が、写生の対象であり、同時に教えの記号でもある。

九点のうち、猿が鎖につながれているのはこの一点だけである。

鎖の描き方も細かい。

輪が一つずつ彫られ、柵の杭のところで結ばれている。

猿の首には輪がはまり、毛がその下でつぶれている。

飼われている獣であることが、線の数で示されている。

画面の幅は7.9センチしかない。

指二本ほどの幅の中に、聖母と幼子と柵と水と町と猿が入っている。

その狭さの中で、猿は下の隅を与えられている。

上に人、下に獣という並びが、そのまま画面の上下になっている。

猿は、薬にするために殺される

三点目は、写本の一葉である。