作品を知る

松は、別のものの名に入り込む——広重・李鱓・ダンカン・ファイフほか九点

栗と松
デビッド・ジョンソン《栗と松》1869年。館の記録では、黒鉛。紙は30.5×46.9センチ。番号は1969.241。クリーヴランド美術館蔵。デビッド・ジョンソン《栗と松》クリーヴランド美術館蔵

白い紙に、木が二本描かれている。

左の一本は、丸く広がった樹冠を持つ。

葉は小さな塊の集まりとして描かれる。

枝は短く、外へ向かって細かく分かれる。

右の一本は、上へ細く伸びる。

枝は水平に近く出て、先が下がる。

葉は横向きの塊になり、段を作る。

二本のあいだには、何も描かれていない。

下には、岩と草がわずかに引かれている。

背景は白いままである。

館の記録では、作者はほとんど独学だった。

しかし自然の熱心な学び手だったという。

そしてこの派の画家がふつうそうしたように、写生をもとに画室で絵を組み立てた。

この紙もおそらく山中で描かれ、二つの異なる種類の木を一枚に対にしている。

館の記録は、そう説明している。

さらに、紙の左下と右下に、作者自身が木の名を書き込んでいるという。

つまりこの二本は、種類を見分けるために描かれている。

先の水彩の二本には名がなかった。

こちらの二本には、それぞれ名が書かれている。

そして紙の裏にも、数字が書き込まれている。

館の記録は、その番号も写している。

つまりこの紙は、画室で整理され、番号で管理されていた。

写生の紙は、あとで絵を組み立てるための材料である。

材料である以上、探し出せなければ意味がない。

木の名と、紙の番号。

二つの書き込みが、同じ紙の表と裏にある。

松の字は、店の名になる

五点目と六点目で、松は名前になる。

松葉屋の花魁瀬川
鳥文斎栄之《松葉屋の花魁瀬川》1788年ごろ。館の記録では、木版多色摺。画面は38.1×25.1センチ。番号はJP945。メトロポリタン美術館蔵。鳥文斎栄之《松葉屋の花魁瀬川》メトロポリタン美術館蔵

縦長の版画である。

女が三人、立って並んでいる。

中央の女がいちばん背が高い。

髪は大きく結い上げられ、簪が幾本も放射状に挿してある。

着物は白地に、大きな花の模様が広がる。

裾は床に長く流れる。

左右の二人は、それより小柄である。

どちらも髪を結い、簪を挿している。

手前の一人は、袖を胸の前で合わせている。

背景は塗られておらず、紙の色である。

右上に、枠に囲まれた文字がある。

館の記録では、題にある見世の名に、松の葉の字が入っている。

しかし画面のどこにも、松は描かれていない。

着物の模様も、松ではない。

つまり松は、店の名としてだけ画面に関わっている。

九点のうち、松が店の名になっているのは、この一点である。

同じ画家の別の版画は、鶴と亀の回貝の回でも見た。

一つは名に鶴の字を持つ遊女、もう一つは貝の名を題にした揃物だった。

この画家の版画では、生きものや草木の名が、たびたび人と店の側に移る。

移ったあとの画面には、その生きものも草木も描かれない。

かわりに、装いと姿勢が細かく描かれる。

つまり名は題に、体は着物に割り振られている。

初代尾上松助の恵比寿(見立七福神より)
勝川春章《初代尾上松助の恵比寿(見立七福神より)》1780年ごろ。館の記録では、多色木版。紙は31.5×14センチ。番号は1921.1280。クリーヴランド美術館蔵。勝川春章《初代尾上松助の恵比寿(見立七福神より)》クリーヴランド美術館蔵

細長い縦の版画である。

31.5×14センチしかない。

男がひとり、立っている。

縞の着物を重ね、帯を締めている。

内側の衣には、波の模様が見える。

右手に、細長い包みを持つ。

足には草履を履く。

顔は横を向き、目を細めている。

画面の上には、暖簾が横に張られている。

暖簾には、三つの文字が染め抜かれている。

館の記録では、この一枚は歌舞伎の役者が福の神に扮する組の一枚である。

決して同じ舞台に立つことのない役者たちが、七柱の神に見立てられている。

七福神の図は、来る年の幸運を願うしるしだった。

だからこの組は、ある年の正月のために作られたのかもしれないという。

暖簾の文字は、店の名を示している。

そしてその神は、漁師の神である。

内側の衣の波の模様は、それゆえかもしれないと記録は書く。

館の記録は、そこまでを説明している。

つまり、この役者の名に松の字が入っている。

しかし画面に松はない。

あるのは、縞と波と、暖簾の文字である。

見立てという作り方も見ておきたい。

役者を神に見立てるとき、神の持ち物を役者に持たせる。

漁師の神なら、釣り竿や魚である。

しかしこの一枚では、その持ち物ははっきり描かれていない。

かわりに、内側の衣の波の模様が、海を示している。

そして暖簾の文字が、店の名として神の名を掲げている。

つまり見立ては、文字と模様で成り立っている。

役者の名の松の字は、その仕掛けの外にある。

外にあるので、絵とは無関係に残る。

松の字は、火の道具の名になる

七点目と八点目では、松は明かりになる。

松明を持つ子供と読書するシビュラ
ウーゴ・ダ・カルピ《松明を持つ子供と読書するシビュラ》1518年から27年。館の記録では、キアロスクーロ木版。版の跡は26.8×21.8センチ。番号は1979.93。クリーヴランド美術館蔵。ウーゴ・ダ・カルピ《松明を持つ子供と読書するシビュラ》クリーヴランド美術館蔵

灰色の濃淡で刷られた画面である。

右に、女がひとり腰かけている。

厚い衣が体を包み、襞が幾重にも折れる。

顔は下を向き、開いた本を見ている。

本は両手で支えられている。

左には、裸の子どもが立っている。

体をひねり、右腕を高く上げている。

その手に、火のついた棒を握っている。

炎が上へ細く立つ。

子どもの顔は、女のほうを向く。

背後には、石の壁と窓が見える。

館の記録では、この作者はある技法の創始者である。

三枚、四枚と色調の違う板を重ね、墨の淡彩の素描の微妙さを版画で再現した。

そして、この図は座って本を読む女に、子どもが明かりを掲げている場面である。

館の記録は、そう書いている。

日本語では、この明かりの道具を松の明かりと書く。

しかし画面に、松の木はない。

あるのは、棒の先の炎だけである。

もっとも、実際の松明には松の脂が使われた。

よく燃えるからである。

つまり名前の由来は、木そのものにある。

しかし絵の中では、由来は見えない。

見えるのは、燃えている先端と、それを支える腕である。

そしてこの版画では、その炎が場面の光源になっている。

女の顔も、本の頁も、その光で照らされている。

明かりの道具が、画面の明暗を作っている。