作品を知る

松は、別のものの名に入り込む——広重・李鱓・ダンカン・ファイフほか九点

松明を掲げての魚突き
ジョージ・カトリン《松明を掲げての魚突き》1854年から1869年。館の記録では、カード紙に油彩、厚紙に貼付。画面は46.4×62センチ。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。番号は1965.16.310。ジョージ・カトリン《松明を掲げての魚突き》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

暗い画面である。

上半分は、夜の空である。

雲が横に流れ、わずかに明るい帯が残る。

左には、黒い木立が壁のように立つ。

下半分は、広い水面である。

水は暗く、遠くまで続く。

その水面の手前に、赤い光がある。

炎である。

炎のまわりだけ、水が赤く染まる。

小さな舟の輪郭が、その光の中に見える。

人が立ち、長い棒を構えている。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

この画面でも、松の木は描かれていない。

明かりの道具の名に、松の字が入っているだけである。

先の版画では、炎は室内を照らしていた。

こちらでは、炎は水面を照らしている。

そして照らす目的が違う。

読むためではなく、魚を集めるためである。

光に寄ってきた魚を、棒で突く。

つまりこの炎は、道具として使われている。

画面のほとんどが暗いのは、その一点の光を見せるためである。

九点のうち、画面がこれほど暗いのは、この一点だけである。

松は、見えない部分の材になる

最後の一点で、松は家具の内側に入る。

サイドボード
ダンカン・ファイフ父子《サイドボード》1840年ごろ。館の記録では、主に紫檀の化粧板、副材に松とポプラ。全体は99×168.9×59.7センチ。番号は2000.72.1。クリーヴランド美術館蔵。ダンカン・ファイフ父子《サイドボード》クリーヴランド美術館蔵

横に長い家具である。

168.9センチの幅がある。

天板は白い石で、平らである。

その下に、木の箱形の部分が続く。

前面には引き出しが並ぶ。

引き出しの前板は、濃い茶色に光る。

木目が大きく波打ち、縞になって走る。

四隅には、太い脚が立つ。

脚は上が太く、下へ向かって細くなる。

途中で内側へ湾曲する。

脚と脚のあいだには、横木が渡される。

装飾はほとんどない。

館の記録では、作者はアメリカでもっとも名を知られた家具作りである。

そして1830年代までに、より厳しい様式へ移ったという。

この一点は、その好みの優れた例である。

比較的単純な構造の形に頼り、装飾は木目の強い化粧板の使用にほぼ限られている。

館の記録は、そう説明している。

そして材料の欄には、主な材のほかに副材が挙がる。

松とポプラである。

副材とは、見えない部分に使う木のことである。

引き出しの側板や、背板や、内側の枠。

つまりこの松は、閉じている限り一度も見えない。

そして館の記録は、引き出しの鍵穴にも触れている。

高価な銀の道具をここに収め、鍵をかけた。

つまりこの家具は、閉じておくためのものである。

閉じておく以上、内側の材は誰の目にも入らない。

それでも、家具を作る人は松を選んで組んでいる。

軽く、狂いが少なく、加工しやすいからである。

表に見える紫檀の木目と、内側の松。

一つの家具の中で、見せる木と見せない木が分かれている。

記録の技法の欄は、その両方を並べて書いている。

数えてみると

九点を並べ直す。

松の木が描かれているのは、四点である。

鸚鵡のとまる枝、五本の松、野原の二本、そして名を書き込まれた一本。

松の字が名前になっているのは、二点である。

店の名と、役者の名。

火の道具の名になっているのが、二点。

そして家具の副材が、一点である。

もう一つ数えておく。

九点のうち、松の葉が針として描かれているのは二点だけである。

鸚鵡のとまる枝と、五本の松。

野原の水彩では、葉は三角の塊である。

素描では、横向きの塊として段になっている。

針の一本ずつを描くかどうかは、土地によって分かれている。

もっとも、それは技法の違いでもある。

木版と筆は、細い線を並べるのに向いている。

水彩の筆触や、鉛筆の塊では、針を一本ずつ引く意味が薄い。

つまり葉の描き方は、道具に従っている。

松を松と分からせるには、針まで描かなくてもよい。

枝の出方と、樹冠の形だけで足りる。

九点の絵は、そのことを示している。

言えることと、言えないこと

言えるのは、松が「別のものの名に入り込む木」だということである。

九点のうち五点で、松は木として描かれていない。

店の名、人の名、火の道具の名、そして見えない材。

これは、ほかの草木では起きにくい。

松がそれだけ暮らしに深く入っているということでもある。

言えないのは、それが東西で分かれるという話である。

火の道具の名は日本語のものだが、その絵はどちらも西洋の作である。

家具の副材としての松は、西洋の記録に出てくる。

一方、木として大きく描かれた四点のうち、二点は西洋の作である。

分かれているのは土地ではなく、松がどこに使われるかである。

最後に、はじめの一枚へ戻る。

赤い鳥がとまっているのは、松の枝である。

しかし館の札には、松も鸚鵡も入っていない。

登録の上では、これはただの木版画である。

針の一本ずつを彫った手だけが、松がそこにあることを示している。

九点を数え終えて残るのは、その針の細さのほうである。

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