兎は、上下が入れ替わると死ぬ——北秀・ゲラール・ウードリーほか九点
兎は、贈り物として差し出される
八点目は、紀元前の壺である。

丸い胴を持つ壺である。
首は細く長く、口が開いている。
胴の表面は淡い赤褐色で、そこに黒い絵が描かれている。
左には、木の幹に腰かけた人物がいる。
脚が獣の形をしている。
片手に細い笛を持っている。
もう一方の手に、小さな獣をぶら下げている。
耳の長い、野兎である。
右には、衣をまとった女が立つ。
両手を幹に置き、前へ体を傾けている。
顔は男のほうを向いている。
二人のあいだに、兎が浮いている。
館の記録では、この壺は油を入れる器である。
黒絵という技法は、この時期にはすでに流行を過ぎていた。
それにもかかわらず、四世紀の後半に少数の器が作られたという。
そしてこの一点は、その中でも複雑で色の多い場面を持つ。
多くは女か鳥をひとつ描くだけの小さな器である、と記録は書く。
山羊の脚を持つ神が、笛と野兎を持って幹に腰かけている。
向かい合う女は、精霊か、月の女神かもしれないという。
館の記録は、そう推測している。
つまりここでの兎は、贈り物として手に持たれている。
生きているのか、すでに死んでいるのかは、形からは分からない。
ギリシアの器の名が題になる事情については、器の名が題になるで扱った。
眠る子どもに、兎が近づく
最後の一点は、大理石である。

平たい台の上に、幼い子どもが横たわっている。
体は右を下にして、脚を伸ばしている。
腕は頭のほうへ投げ出されている。
顔は台に押し付けられ、目を閉じている。
髪は短く巻いている。
耳のあたりが、わずかに尖っている。
腰から下には、獣の毛のような彫りがある。
そして子どもの足のそばに、兎がいる。
体を低くし、前脚を伸ばしている。
耳は後ろへ寝ている。
顔は子どものほうを向いている。
台の長さは98.5センチある。
高さは28.5センチしかない。
つまりこの彫刻は、床に近い高さで横に長く伸びている。
館の記録では、題に「好奇心旺盛な」という語が入っている。
つまり兎は、近づいてくるところである。
眠っている者と、近づく者。
彫刻の中では、その二つは永久に動かない。
そして大理石という材料は、毛も肌も同じ色にしてしまう。
子どもの肌と、兎の毛と、台の面が、すべて同じ白である。
区別しているのは、彫りの深さだけである。
肌は磨かれて滑らかに、毛は細かく刻まれている。
触れば違いが分かり、離れて見れば一つの塊に見える。
九点のうち、兎と人が触れそうな距離にいるのは、この一点だけである。
触れてはいない。
数センチの隙間が、白い石の中に残されている。
数えてみると
九点を並べ直す。
兎が生きて、地面や雪の上にいるのは四点である。
月の下の一羽、向かい合う二羽、丸太の三羽、そして大理石の一羽。
画帖の一葉を加えれば五点になるが、そこでは兎は教えの記号である。
死んでいるのは二点である。
積み上げられた狩りの成果と、逆さに吊るされた一羽。
差し出されているのが一点、題にだけいるのが一点である。
もう一つ数えておく。
九点のうち、兎の耳が立っているのは三点だけである。
木版の二羽と、丸太の上の三羽。
残りでは、耳は後ろへ倒れているか、下へ垂れている。
耳が立つのは、警戒しているときである。
生きて自由でいる兎だけが、耳を立てている。
もっとも、月の下の一羽は耳を寝かせていた。
雪の上で丸くなっているので、警戒していないのだろう。
眠っているのかもしれない。
摺物という紙の性質を考えれば、めでたい図として選ばれた姿でもある。
耳の向き一つで、その場の空気が変わる。
言えることと、言えないこと
言えるのは、兎の絵が「数」と「向き」で読めるということである。
生きている兎は複数で描かれ、耳を立て、同じ方向を見ている。
死んだ兎は逆さになり、耳が垂れる。
上下が反転することが、そのまま生死の合図になっている。
言えないのは、兎が弱いものとして描かれてきたという話である。
大理石の一点では、眠る子どもに兎のほうから近づいていた。
木版の二羽は、こちらを見返す目を持っていた。
月の下の一羽は、画面のほぼ中央にいた。
小さいことと、脇に置かれることは同じではない。
最後に、はじめの一枚へ戻る。
摺物の兎は、雪の上で丸くなり、耳を寝かせていた。
眠っているようにも、寒さに耐えているようにも見える。
しかし体の下には影がなく、雪と体の境目が消えている。
白い紙の上の白い兎は、輪郭だけで生きている。
九点を数え終えて残るのは、その消えかけた輪郭のほうである。









