名画の楽しみ方

題が、器の名でできている——シカゴ美術館のギリシア陶器

カンタロス、ヒュドリア、アンフォラ。十点の題は、いずれも器の種類の名である。作者の欄には通称が入り、技法の欄はテラコッタの一語で足りる。名を先に置き、用途を括弧で後に置く書き方を読みたい。十点の年は、二百五十年に散らばっている。

カンタロス(酒杯)
カンタロス・グループ《カンタロス(酒杯)》シカゴ美術館蔵

題が、器の名である

カンタロス(酒杯)。

ヒュドリア(水瓶)。

アンフォラ(貯蔵壺)。

キュリクス(酒杯)。

オイノコエ(水差し)。

ピュクシス(小物入れ)。

マストイド(酒杯)。

十点の題は、いずれもこの形をとる。

古代の器の名が先に来て、括弧の中に用途が添えられる。

つまり題は、その器が何であるかしか言っていない。

誰を描いたとも、何の場面とも書かれない。

絵画の題とは、まるで作りが違う。

名前が、形を決めている

これらの名は、形の分類である。

カンタロスは、高い脚と、上へ大きく伸びる二つの把手を持つ。

ヒュドリアは、水を運ぶための壺で、把手が三つある。

アンフォラは、二つの把手で首を挟む貯蔵用の壺。

キュリクスは、浅く広い酒杯で、両側に小さな把手が出る。

オイノコエは、注ぎ口のある水差し。

ピュクシスは、蓋のある小さな容器である。

名を知っていれば、形が思い浮かぶ。

だから題に器の名を置けば、それだけで姿が伝わる。

館の記録は、その慣習をそのまま使っている。

カンタロス(酒杯)
カンタロス・グループに帰される、ギリシア、イタリア南部アプリア《カンタロス(酒杯)》紀元前300年ごろ。テラコッタ、赤絵式。館の記録では、縦16.8センチ、横14.6センチ、奥行き9.8センチとされる。番号は1889.115。シカゴ美術館蔵。カンタロス・グループ《カンタロス(酒杯)》シカゴ美術館蔵

低い脚の上に、丸い杯が載る。

杯の両側から、把手が大きく上へ伸びる。

把手は口の高さを越え、環を描く。

黒い地に、橙色で人物が描かれる。

中央に、顔が横向きに描かれる。

髪は巻き、首は太い。

その周りに、渦巻きの文様が広がる。

脚は黒く、光沢がある。

口の縁にも、細い文様の帯が回る。

橙色は、粘土の地の色そのものである。

黒い部分だけを塗り、残した地が図になる。

これを赤絵式と呼ぶ。

作者の欄に、通称が入る

十点の作者の欄を読むと、六点に人名らしい語がある。

しかし、それは本名ではない。

アキレウスの画家。イクシオンの画家。

ペンテシレイアの画家。マッティナータの画家。

葉のないグループ。カンタロス・グループ。

いずれも、後の研究者が付けた呼び名である。

代表作に描かれた場面の名を取ることが多い。

同じ手による器を集め、その群に名を与える。

前の回の記事で、同じ書き方をヨーロッパの板絵で見た。

古代の器でも、考え方は変わらない。

名のない作り手に、呼ぶための名を用意する。

アンフォラ(貯蔵壺)
アキレウスの画家に帰される、ギリシア、アテナイ《アンフォラ(貯蔵壺)》紀元前460年から450年。テラコッタ、赤絵式。館の記録では、縦34.3センチ、直径18.2センチとされる。番号は1889.17。シカゴ美術館蔵。アキレウスの画家《アンフォラ(貯蔵壺)》シカゴ美術館蔵

細長い壺である。

胴は下へ向かってすぼまる。

首は細く、口は外へ開く。

把手が二本、首から肩へ架かる。

黒い地に、橙色の人物が一人描かれる。

体は右を向き、走る姿勢をとる。

大きな丸い盾を左手に持つ。

盾には、丸い文様が入る。

右手には、細い槍のようなものを持つ。

衣は短く、脚が出る。

足もとには、文字が横一列に並ぶ。

橙色の線は細く、体の輪郭を正確に追う。

黒の地は光沢があり、均一である。

番号が、ほとんど同じ年に並ぶ

十点の番号を並べてみる。

1889.10、1889.13、1889.17、1889.24、1889.25。

1889.27、1889.88、1889.96、1889.115。

そして1978.114。

九点までが1889年である。

通し番号は10から115まで散らばる。

つまり、その年の受入のかなり早い部分にまとまっている。

館が開いてまもない時期に、古代の器が群として入った。

残る一点だけが、八十九年後の1978年。

基金による購入である。

九対一という比率が、この部門の成り立ちを示している。

最初にまとまって入り、その後は少しずつ足される。

「テラコッタ」という一語

十点の技法の欄は、いずれもテラコッタで始まる。

焼いた粘土、という意味である。

材料としては、十点とも同じだ。

違うのは、そのあとに続く語である。

赤絵式。黒絵式。黒釉。後期グナティア陶器。

つまり、材料は共通で、装飾の方法だけが違う。

技法の欄は、その差を書き分けるために二段になっている。

前半が材料、後半が装飾。

読点で区切られ、順に並ぶ。

この作りは、他の部門の技法の欄とも共通する。

まず材料、次に加工。

書く順序が決まっているから、比べられる。

二人のうち、どちらか

十点のうち一点は、作者の欄がさらに複雑である。

ある画家か、または別の画家に帰される、と書かれる。

二人の通称が「または」でつながれている。

どちらの手か、決められていないという意味だ。

しかも、その二人の名はどちらも通称である。

本名の分からない二人のうち、どちらか。

二重に不確かな状態が、そのまま書かれている。

前の回の記事で、年の欄や作者の欄の留保を見た。

古代の器でも、同じ書き方が使われる。

決められないことを、決められないまま残す。

腹部アンフォラ(貯蔵壺)
ベルリン1686の画家、またはタルクィニア3984の画家に帰される。ギリシア、アテナイ《腹部アンフォラ(貯蔵壺)》紀元前550年から540年。テラコッタ、黒絵式。館の記録では、縦28.2センチ、横21.6センチ、奥行き19センチとされる。番号は1978.114。シカゴ美術館蔵。タルクィニア3984の画家《腹部アンフォラ(貯蔵壺)》シカゴ美術館蔵

胴が丸く膨らんだ壺である。

肩から首へ、急にすぼまる。

口は皿のように外へ開く。

把手が二本、首と肩をつなぐ。

橙色の地に、黒で人物が描かれる。

中央に、動物と人が組み合う。

左には、衣をまとった人物が立つ。

右にも、白い衣の人物がいる。

白は、黒の上から重ねて塗られている。

胴の下部には、放射状の線が並ぶ。

脚は黒く、輪の形をしている。

黒い形が図になるので、これを黒絵式と呼ぶ。

先の一点とは、地と図が逆である。

二つの技法が、混ざる

十点の技法の欄を読むと、四つの語が出てくる。

赤絵式が五点。

黒絵式が三点。

黒釉が一点。

そして後期グナティア陶器が一点。

赤絵式と黒絵式は、図と地の関係が逆である。

黒絵式のほうが古く、紀元前六世紀に多い。

赤絵式は、その後に広まった。

十点の年を並べると、その順序が見える。

黒絵式の三点は、紀元前六世紀から五世紀初め。

赤絵式の五点は、紀元前五世紀から四世紀。

技法の欄の語が、そのまま年代の目安になる。

ピュクシス(小物入れ)
ギリシア、アテナイ《ピュクシス(小物入れ)》紀元前6世紀後半。テラコッタ、黒絵式。館の記録では、縦18センチ、横14.2センチ、奥行き20センチとされる。番号は1889.13。シカゴ美術館蔵。古代ギリシア《ピュクシス(小物入れ)》シカゴ美術館蔵

円筒形の容器である。

胴の下は、外へ広がる脚になる。

上部には、蓋が載っていたと考えられる。

胴の中央に、帯状の絵が回る。

橙色の地に、黒い人物が並ぶ。

人と、獣らしい形が交互に置かれる。

その上下には、細い線の帯が走る。

黒の面は、光の当たり方で青みを帯びる。

胴の下部には、放射状の短い線が並ぶ。

口の縁は厚く、外へ折り返る。

寸法の欄には、三つの数字が書かれる。

彫刻と同じく、器にも奥行きが要る。

マストイド(酒杯)
葉のないグループに帰される、ギリシア、アテナイ《マストイド(酒杯)》紀元前500年から480年。テラコッタ、黒絵式。館の記録では、縦9.2センチ、横10.8センチ、奥行き10.8センチとされる。番号は1889.10。シカゴ美術館蔵。葉のないグループ《マストイド(酒杯)》シカゴ美術館蔵

十点でいちばん小さい器である。

高さは9.2センチしかない。

丸い胴が、下へ向かってすぼまる。

底は平らで、小さな脚になる。

口は広く、まっすぐ立ち上がる。

胴の上半分に、絵が回る。

橙色の地に、黒い人物が数体。

中央の人物は腕を上げる。

その左右に、脚を曲げた姿がある。

上下に細い線の帯が走る。

下半分は黒一色で、文様がない。

手のひらに収まる大きさである。

産地が、二つに分かれる

十点の作者の欄には、産地が書かれている。

アテナイが五点。

イタリア南部のアプリアが三点。

カンパニアが一点。

そして、アプリアかカンパニアか決めきれない一点。

アテナイは、古代ギリシアの本土である。

アプリアとカンパニアは、イタリア半島の南部だ。

その地域には、ギリシアからの移住者の町が並んでいた。

だから、ギリシアの様式の器が現地で作られる。

館の記録は、それを「ギリシア、アプリア」と書く。

民族の名と、作られた場所の名を並べる形である。

前の回の記事で、地名の粒度の話をした。

ここでも、国と地方が二段で書かれている。

十点の年が、二百五十年に散る

十点の年を並べてみる。

紀元前六世紀後半、紀元前550年から540年。

紀元前500年から480年、紀元前460年ごろが二点。

紀元前340年から330年、紀元前300年ごろが二点。

紀元前300年から275年、紀元前4世紀末。

いちばん古い器と、いちばん新しい器で二百五十年ほどひらく。

その間に、黒絵式から赤絵式へ、そして上絵付へと移る。

技法の欄の語を年の順に並べると、その流れが見える。

もっとも、十点だけで一般化はできない。

言えるのは、この十点がその順に並ぶということまでだ。

年の欄の書き方も、幅を持つものが多い。

一つの数字で決まる器は、一点もない。

出所の行が、二人の連名

十点のうち六点は、同じ出所の行を持つ。

二人の人物の連名による寄贈である。

番号を見ると、いずれも1889年。

館が開いてまもない時期に、まとめて入っている。

古代の器は、こうしてまとまって寄贈されることが多い。

一点ずつ買うより、群として渡される。

残る四点は、基金による購入や、館そのものの名である。

うち一点の出所の行は、館の名だけが書かれている。

誰から来たかは書かれていない。

前の回の記事で、出所の行の型をいくつも見た。

館の名だけという形は、その中でも珍しい。

キュリクス(酒杯)
ペンテシレイアの画家に帰される、ギリシア、アテナイ《キュリクス(酒杯)》紀元前460年ごろ。テラコッタ、赤絵式。館の記録では、縦14.2センチ、横45センチ、奥行き37センチとされる。番号は1889.27。シカゴ美術館蔵。ペンテシレイアの画家《キュリクス(酒杯)》シカゴ美術館蔵

浅く広い杯である。

高さは14.2センチだが、横は45センチある。

両側に、短い把手が水平に突き出る。

上から見た画像が公開されている。

内側の底に、丸い枠がある。

その中に、人物が二人向かい合う。

いずれも衣をまとい、立っている。

左の人物は杖のようなものを持つ。

枠の周囲は黒一色である。

杯の縁近くには、細い割れが走る。

割れは修復され、線として残る。

飲むための器だが、絵は内側にある。

飲み干して、はじめて絵が見える作りである。

内側に、絵がある

いま見た一点は、器の作りをよく示している。

外側ではなく、内側の底に絵がある。

酒を満たしているあいだ、絵は隠れている。

飲み進めるにつれて、見えてくる。

宴の道具としての仕掛けである。

館の記録は、絵の位置については書かない。

書かれるのは、器の名と、技法と、寸法だけだ。

内側に絵があることは、画像を見て分かる。

そして、その画像は上から撮られている。

内側を見せるための角度である。

撮影の角度そのものが、一つの判断になっている。

ヒュドリア(水瓶)
ギリシア、おそらくイタリア南部アプリアまたはカンパニア《ヒュドリア(水瓶)》紀元前300年ごろ。テラコッタ、黒釉。館の記録では、縦27.9センチ、横17.7センチ、奥行き14.6センチとされる。番号は1889.96。シカゴ美術館蔵。古代ギリシア《ヒュドリア(水瓶)》シカゴ美術館蔵

胴が丸く、下へすぼまる壺である。

首は細く、口は皿のように開く。

口の内側には、桃色の面が見える。

把手が一本、首から肩へ架かる。

胴には、縦の細い溝が全面に刻まれる。

溝は等間隔で、下まで続く。

黒い釉が掛かるが、溝の稜線では薄くなる。

そのため、縞のように見える。

肩には、把手の付け根の粘土が残る。

脚は低く、輪の形である。

絵はまったく描かれていない。

形と溝だけで作られた器である。

カンタロス(酒杯)
ギリシア、イタリア南部アプリア《カンタロス(酒杯)》紀元前300年から275年。テラコッタ、後期グナティア陶器。館の記録では、縦15.4センチ、横18センチ、奥行き13.3センチとされる。番号は1889.25。シカゴ美術館蔵。古代ギリシア《カンタロス(酒杯)》シカゴ美術館蔵

黒い杯である。

低い脚の上に、胴が載る。

胴の下半分には、縦の溝が刻まれる。

上半分は平らで、そこに文様が描かれる。

黄色と白の絵具で、葉と実の連なりが並ぶ。

絵具は黒い釉の上に置かれる。

赤絵式や黒絵式とは、作り方が違う。

地を残すのではなく、上から描く。

把手は二本、口の高さまで伸びる。

把手の付け根には、丸い飾りが付く。

脚の縁は橙色で、地の色が出ている。

技法の欄には、産地の名を含む陶器の呼び名が書かれる。

産地の名が、技法の欄に入る

いま見た一点の技法の欄には、ある地名が入っている。

その地で多く見つかる種類の陶器を指す呼び名である。

産地の名が、そのまま様式の名になっている。

前の回の記事で、イズニク陶器という書き方を見た。

同じ形である。

産地の名を知っていれば、色や作り方が見当がつく。

知らなくても、名前として検索できる。

技法の欄に産地を入れるのは、そのためだろう。

材料だけを書けば「テラコッタ」で終わる。

それでは、十点がすべて同じになってしまう。

アンフォラ(貯蔵壺)
イクシオンの画家に帰される、ギリシア、イタリア南部カンパニア《アンフォラ(貯蔵壺)》紀元前340年から330年。テラコッタ、赤絵式。館の記録では、縦86.4センチ、横36.1センチ、奥行き26センチとされる。番号は1889.24。シカゴ美術館蔵。イクシオンの画家《アンフォラ(貯蔵壺)》シカゴ美術館蔵

十点でいちばん大きい器である。

高さは86.4センチある。

細長い胴が、上下にすぼまる。

首は長く、口は皿のように開く。

把手が二本、首から肩へ架かる。

胴の中央に、人物が数体描かれる。

上に、馬に乗った姿が見える。

その下に、腰かける人物と、立つ人物。

橙色の線に加えて、白と黄が使われる。

衣の縁や飾りに、白い点が並ぶ。

首の部分にも、葉の文様が回る。

脚は低く、黒い。

高さがあるので、床に置いて使ったのだろう。

オイノコエ(水差し)
マッティナータの画家に帰される、ギリシア、イタリア南部アプリア《オイノコエ(水差し)》紀元前4世紀末。テラコッタ、赤絵式。館の記録では、縦38.1センチ、横13.9センチ、奥行き13.6センチとされる。番号は1889.88。シカゴ美術館蔵。マッティナータの画家《オイノコエ(水差し)》シカゴ美術館蔵

細長い水差しである。

胴は下部で膨らみ、上へすぼまる。

首は細く長い。

口は三つに分かれた形で、注ぎ口になる。

把手が一本、口から肩へ大きく架かる。

胴の中央に、人物が一人描かれる。

腰かけて、こちらへ体を向ける。

手には、丸い器のようなものを持つ。

その周りに、渦巻きと葉の文様が広がる。

白い点が、飾りとして散らされる。

脚は低く、橙色の縁が出る。

寸法の欄の横の数字は、把手を含む幅である。

寸法の欄が、三つの数字を持つ

十点の寸法の欄を見ると、九点に三つの数字がある。

縦、横、奥行き。

器は立体なので、三つ要る。

残る一点だけは、縦と直径で書かれる。

丸い断面なら、直径のほうが正確だからだ。

同じ部門の中でも、形によって書き方が変わる。

前の回の記事で、彫刻に奥行きが加わることを書いた。

器も同じである。

そして、把手が横へ張り出すぶん、横の数字が大きくなる。

浅い杯では、縦14.2センチに対して横45センチ。

数字の比だけで、形の見当がつく。

用途の語が、括弧に入る

題の括弧に入る語を並べてみる。

酒杯。水瓶。貯蔵壺。小物入れ。水差し。

これらは、その器が何に使われたかを示す。

古代の名だけでは、多くの人に伝わらない。

括弧の中に用途を添えれば、想像がつく。

もっとも、用途は推定であることも多い。

同じ形の器が、別の用途に使われた例もある。

館の記録は、そこには踏み込まない。

慣習として定まった呼び方を、括弧に置くだけである。

前の回の記事で、括弧が二つの粒度を畳む道具だと書いた。

ここでも同じ役目を果たしている。

専門の名と、一般の言い方を、一つの題に収める。

名を先に、意味を後に

十点の題は、いずれも同じ順序で書かれる。

器の名が先、用途が括弧で後。

この順序は変わらない。

主となる情報が先、補足が後。

出所の行でも、作者の欄でも、同じ原則を見てきた。

館の記録は、あらゆる欄でこの順序を守る。

守られているから、読む側は慣れる。

慣れれば、括弧の中を読まなくても済むようになる。

そして、慣れない人には括弧が助けになる。

一つの書き方で、二種類の読者に応えている。

十点の題は、そのための短い工夫である。

古代の器の名を、二千年後の記録がそのまま使っている。

使い続けているから、名が生き残っている。

もし題を「壺」や「杯」だけにしていたら、区別がつかなくなる。

十点のうち三点が「杯」、二点が「壺」になってしまう。

古代の名を使えば、形まで区別できる。

区別できれば、比べられる。

同じ名の器を並べて、産地や時代の違いを見られる。

館の記録が古い名を捨てないのは、そのためだろう。

読みにくくても、精度を取る。

これまでの記事で何度も見た判断が、ここでも働いている。

そして括弧の中の一語が、その読みにくさを和らげている。

二千四百年前に作られた器が、いま同じ棚に十点並ぶ。

一つずつは、酒を飲み、水を運ぶための道具だった。

道具の名が、そのまま作品の題になっている。

作品として作られたわけではないものが、作品として記録される。

その転換を、題の欄が静かに引き受けている。

名を残し、用途を添え、それ以上は言わない。

十点の題は、そこで止まっている。

止まっていることが、この欄の潔さでもある。

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