杖は、先で名が変わる——北斎・ホルツィウス・陳洪綬ほか九点

館の説明は、この画帖の中身を書いている。
二十図の二冊組で、山水、人物、花が含まれる。
女性を描いた一葉もある。
晩年の他の画帖には、それがない。
そして、この画家の晩年の作をこう評する。
古風で、極度に洗練されている。
しかし、浅さや感傷はない。
館はさらに、大きさについて書く。
晩年の画帖では、人物も山水も小さく作られている。
小さな庭や、観賞のための小さな石や古根と似ている。
世界を縮めて見るためのものである。
この縮尺の喪失は、明らかに意図されている。
ここで杖は、筆と対になっている。
歩くための道具と、書くための道具。
どちらも、細い棒である。
長さが違うだけである。
前の回で、書くことについて見た。
そして、この人物は歩いていない。
岩の前に立ち、枝を見上げている。
杖は、地面に突かれたままである。
歩くための道具を持ちながら、止まっている。
前の二点と、同じ形である。
書くことについては、書くは、人がいなくても残るで扱った。
行者の、三つの持ち物
細密画である。
絵の部分は14.7×9.8センチ。
まわりに、広い縁がある。
画面の中央に、男が一人立つ。
横向きに近い。
衣は、白い。
体に、ゆるく巻かれる。
裾は、膝の下まで届く。
足は、裸足である。
頭は、剃られている。
顔に、白い布が掛かる。
口を、覆っている。
左の腕の下に、包みを抱える。
赤い表紙の書物である。
同じ腕に、細い束も挟む。
払子である。
右手に、細長い棒を持つ。
杖である。
背後に、椰子の木が立つ。
下に、水が流れる。

館の説明は、この持ち物を数えている。
白衣の僧は、左腕の下に写本を抱える。
赤い表紙で綴じられている。
それが、この人の知恵を示している。
それ以外は、この宗派の僧の基本の持ち物だけである。
払子、杖、そして鉢。
三つしかない。
館はさらに、この絵の注文主も書く。
皇帝が、この宗派の教えに関心を持っていた。
週ごとの宗論の会に、この宗派の僧も出ていた。
その説明を、皇帝は高く評価したという。
ここで杖は、持ち物の一覧の一つである。
持ち物が少ないほど、一つずつの意味が重くなる。
三つのうち、杖だけが歩くためのものである。
残りは、祈りと清めのためである。
そして、口を布で覆っている。
虫を吸い込まないためだという。
生きものを殺さないという戒めから来ている。
持ち物の少なさも、同じ戒めから来る。
生きものについては、画面のなかの、いきもので扱った。
紙の垂れた、杖を掲げる
錦絵である。
全体で25.6×37.3センチ。
横長である。
画面の右に、建物がある。
高い床と、簾が見える。
その中に、人が座る。
左は、庭である。
人が、六、七人いる。
みな、身を低くする。
平伏している者もいる。
中央に、一人が立つ。
衣は、白い。
両手を、高く上げる。
その手に、棒がある。
棒の先に、白い紙が付く。
紙は、幾重にも折れている。
御幣である。
空に、月が出る。
丸く、白い。
建物の屋根の上に、上がっている。

館の説明は、この場面を読んでいる。
神官が、御幣を掲げている。
白い紙を稲妻形に折って、棒に付けた祭具である。
まわりの人々は、うやうやしく頭を下げている。
月明かりの儀式である。
ある天皇を祀るものだという。
館は、この連作についても書き添える。
もとは百枚の予定だったが、二十七枚しか完成しなかった。
ここで杖は、歩くためのものではない。
掲げるためのものである。
先に紙を付ければ、祭具になる。
棒そのものは、前の五点と同じである。
違うのは、先に何が付くかである。
そして、持ち方である。
地面に突けば、支えになる。
高く掲げれば、印になる。
そして、掲げれば人が見上げる。
見上げる人は、頭を下げにくい。
だからこの絵では、掲げる人だけが立っている。
残りは、みな伏している。
高さの差が、画面の構図になっている。
司教の杖を、設計する
ペンと茶インクの素描である。
紙は38.8×23.2センチ。
縦長である。
画面に、一本の棒の上部が描かれる。
下のほうは、円筒である。
そこに、小さな建築が彫り込まれる。
柱と、アーチが並ぶ。
その上に、節がある。
節から、渦が始まる。
渦は、右へ大きく巻く。
一周して、内側へ入る。
渦の中に、小さな動物がいる。
羊である。
横たわっている。
渦の外側には、葉の飾りが付く。
線は、細い。
下半分には、針で小さな穴が開く。
写し取るための穴である。

館の記録は、短い。
作者と題と年と技法と寸法である。
説明の文はない。
題が、用途を言っている。
司教杖の下絵である。
つまり、これは設計図である。
金属で作るための、形の指定である。
針で開けた穴は、粉を落として写すためのものである。
同じ形を、別の紙や板に移せる。
ここで杖は、まだ物になっていない。
紙の上の線である。
そして、上半分だけが描かれる。
下は、まっすぐな棒でよいからである。
意匠が要るのは、先の部分だけである。
前の一点でも、そうだった。
棒は共通で、先が違う。
この下絵には、羊が彫り込まれている。
羊は、群れを導く者の印である。
杖も、導くための道具である。
意匠と用途が、同じことを言っている。