美術史・技法

杖は、先で名が変わる——北斎・ホルツィウス・陳洪綬ほか九点

畑で杖に寄りかかる農夫、杖と筆を持つ文人、御幣を掲げる神官。杖の九点を数えると、支える杖は三点ともまったく同じ形をしていた。棒は共通で、先に何を付けるかだけが違う。最後に残るのは、いつも先の部分である。

杖を持つ男
オーギュスト・ジロドンの画家《杖を持つ男》クリーヴランド美術館蔵

畑の真ん中で、杖に寄りかかる

写真である。

図の寸法は17.1×11.2センチ。

縦長である。

男が一人、立っている。

全身が入る。

顔は、正面を向く。

髭が、顎を覆う。

頭に、小さな帽子をかぶる。

上着は、丈が短い。

前が、開いている。

中に、白っぽい衣が見える。

下は、膝までの短袴である。

脚には、脚絆が巻かれる。

靴は、重そうである。

そして、右手が杖を握る。

杖は、細く、まっすぐである。

地面に、斜めに突き立つ。

体が、わずかにそちらへ傾く。

背景は、平らな畑である。

遠くに、林が低く見える。

空は、白く飛ぶ。

杖を持つ男
オーギュスト・ジロドンの画家《杖を持つ男》一八七〇年代の終わり。館の記録では、湿板ネガからの鶏卵紙印画。図の寸法は17.1×11.2センチ。番号は2010.7。クリーヴランド美術館蔵。オーギュスト・ジロドンの画家《杖を持つ男》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この写真の用途を書いている。

ジロドンは、巴里の重要な写真出版者だった。

一八七〇年代に、一人か複数の画家に仕事を頼んだ。

おそらく、名を伏せたいと考えた仏蘭西の画家である。

農民の写真を作らせるためだった。

いまはジロドンの画家と呼ばれる。

十九世紀に、画家のための農村の人物習作を専門にした数少ない写真家である。

撮影地は、画家たちに人気の村の近くだろうという。

光の使い方、風景の中に人物を置く手際、人の尊厳の捉え方。

そこに、この写真の芸術性がある、と館は書く。

つまり、この男は絵の材料として撮られた。

杖は、立ち姿を安定させる。

長く同じ姿勢でいるために、杖がいる。

九点の最初に、これを置く理由である。

杖は、体を支える三本目の脚である。

二本では、前後に倒れる。

三本目があれば、三角ができる。

三角は、倒れない。

だから、長く立っていられる。

写真の露光には、時間がかかる。

杖は、その時間を支えてもいる。

青い紙に、杖を持つ若者

木版画である。

青く染めた紙に刷られている。

男が一人、立っている。

上体は、こちらを向く。

顔は、右下を向く。

髪と髭が、長く乱れる。

衣は、大きく波打つ。

肩から胸に、布が斜めに掛かる。

腰のあたりで、布が巻かれる。

裾は、膝の下まで届く。

脚は、太い。

足は、裸足に見える。

そして、左手が杖を握る。

杖は、体の前で斜めに立つ。

先が、地面に突く。

背後に、階段のような段がある。

足元には、大きな葉が茂る。

線は、太く、彫りが深い。

白い線が、暗い地の上を走る。

杖を持って立つ若者
ヘンドリック・ホルツィウス《杖を持って立つ若者》1598年ごろ。館の記録では、青い紙への木版。館の記録に寸法の欄はない。番号は1926.459。クリーヴランド美術館蔵。ヘンドリック・ホルツィウス《杖を持って立つ若者》クリーヴランド美術館蔵

館の記録は、短い。

作者と題と年と技法だけである。

説明の文も、寸法もない。

題が、姿勢と持ち物を言っている。

杖を持って立つ若者。

前の一点と、構図がよく似ている。

三百年近く離れた作品である。

それでも、片手に杖、片足に重心、という形は同じである。

杖を持つ人物は、この形で描かれることが多い。

理由は、杖の使い方にある。

歩くときは、前へ出す。

止まっているときは、横に突く。

絵は、止まっている姿を描く。

だから、杖は斜めに立つ。

そして、斜めの線は画面をよく締める。

体の縦の線に、もう一本が交わる。

交わるところが、腰の高さになる。

画面の重心が、そこで決まる。

杖は、構図の道具でもある。

素描帳の中の、杖

きわめて小さな素描である。

9.8×9.5センチ。

ほぼ正方形である。

一枚に、いくつもの場面が並ぶ。

上のほうに、人が七、八人いる。

馬に乗った者もいる。

地面に、何かが転がる。

下のほうは、二つに分かれる。

左に、男が一人座る。

帽子をかぶり、脚を組む。

右手を、前へ出す。

右には、別の男が立つ。

こちらは、細い棒を持つ。

棒は、地面に突く。

体が、その上に預けられる。

帽子のつばが、広い。

線は、ペンと鉛筆である。

速く、細い。

杖を持つ男(素描帳より)
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《杖を持つ男(素描帳より)》1854年から1855年。館の記録では、黒インクと黒鉛・淡黄の織目紙。9.8×9.5センチ。番号は1970.121.5。メトロポリタン美術館蔵。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《杖を持つ男(素描帳より)》メトロポリタン美術館蔵

館の札は「動物」と「男性たち」の二つである。

杖の札はない。

しかし題に、杖を持つ男という語が入る。

前の回でも、この素描帳の一枚を見た。

煙草をくわえて立つ男の一枚である。

同じ帳面の、同じころの線である。

そして、題の付け方も同じである。

人物が何を持っているかで、呼ばれている。

素描帳の中の人物には、名がない。

名がなければ、持ち物が題になる。

前の回で、顔と髪について同じことを見た。

名のない人は、外から見えるもので呼ばれる。

杖も、その一つである。

素描帳の中の人物は、名がないだけではない。

顔も、ほとんど描かれていない。

輪郭と、帽子と、杖しかない。

それだけで、人がいるとわかる。

持ち物は、体より少ない線で描ける。

杖と筆を、両方持つ

画帖の一葉である。

全体で30.2×26.7センチ。

絹に描かれる。

画面の上から、木の枝が垂れる。

葉は、細く長い。

墨の濃淡で、束になって描かれる。

その下に、岩がある。

大きく、縦に裂ける。

岩の前に、男が一人立つ。

衣は、淡い色である。

袖が、長い。

頭に、布を巻く。

顔は、小さい。

髭が、ある。

右手に、細い棒を持つ。

杖である。

棒は、体より長い。

左手にも、何かを持つ。

筆である。

杖と筆を持つ文人(古人に倣う画より)
陳洪綬《杖と筆を持つ文人(古人に倣う画より)》1598年から1652年のあいだ。館の記録では、画帖の一葉・絹本着色。全体で30.2×26.7センチ。番号は1979.27.2.19。クリーヴランド美術館蔵。陳洪綬《杖と筆を持つ文人(古人に倣う画より)》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この画帖の中身を書いている。

二十図の二冊組で、山水、人物、花が含まれる。

女性を描いた一葉もある。

晩年の他の画帖には、それがない。

そして、この画家の晩年の作をこう評する。

古風で、極度に洗練されている。

しかし、浅さや感傷はない。

館はさらに、大きさについて書く。

晩年の画帖では、人物も山水も小さく作られている。

小さな庭や、観賞のための小さな石や古根と似ている。

世界を縮めて見るためのものである。

この縮尺の喪失は、明らかに意図されている。

ここで杖は、筆と対になっている。

歩くための道具と、書くための道具。

どちらも、細い棒である。

長さが違うだけである。

前の回で、書くことについて見た。

そして、この人物は歩いていない。

岩の前に立ち、枝を見上げている。

杖は、地面に突かれたままである。

歩くための道具を持ちながら、止まっている。

前の二点と、同じ形である。

書くことについては、書くは、人がいなくても残るで扱った。

行者の、三つの持ち物

細密画である。

絵の部分は14.7×9.8センチ。

まわりに、広い縁がある。

画面の中央に、男が一人立つ。

横向きに近い。

衣は、白い。

体に、ゆるく巻かれる。

裾は、膝の下まで届く。

足は、裸足である。

頭は、剃られている。

顔に、白い布が掛かる。

口を、覆っている。

左の腕の下に、包みを抱える。

赤い表紙の書物である。

同じ腕に、細い束も挟む。

払子である。

右手に、細長い棒を持つ。

杖である。

背後に、椰子の木が立つ。

下に、水が流れる。

川辺を歩くジャイナ教の行者
バサヴァナ《川辺を歩くジャイナ教の行者》1600年ごろ。館の記録では、樹脂テンペラ・墨・金・紙。絵の部分は14.7×9.8センチ。番号は1967.244。クリーヴランド美術館蔵。バサヴァナ《川辺を歩くジャイナ教の行者》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この持ち物を数えている。

白衣の僧は、左腕の下に写本を抱える。

赤い表紙で綴じられている。

それが、この人の知恵を示している。

それ以外は、この宗派の僧の基本の持ち物だけである。

払子、杖、そして鉢。

三つしかない。

館はさらに、この絵の注文主も書く。

皇帝が、この宗派の教えに関心を持っていた。

週ごとの宗論の会に、この宗派の僧も出ていた。

その説明を、皇帝は高く評価したという。

ここで杖は、持ち物の一覧の一つである。

持ち物が少ないほど、一つずつの意味が重くなる。

三つのうち、杖だけが歩くためのものである。

残りは、祈りと清めのためである。

そして、口を布で覆っている。

虫を吸い込まないためだという。

生きものを殺さないという戒めから来ている。

持ち物の少なさも、同じ戒めから来る。

生きものについては、画面のなかの、いきもので扱った。

紙の垂れた、杖を掲げる

錦絵である。

全体で25.6×37.3センチ。

横長である。

画面の右に、建物がある。

高い床と、簾が見える。

その中に、人が座る。

左は、庭である。

人が、六、七人いる。

みな、身を低くする。

平伏している者もいる。

中央に、一人が立つ。

衣は、白い。

両手を、高く上げる。

その手に、棒がある。

棒の先に、白い紙が付く。

紙は、幾重にも折れている。

御幣である。

空に、月が出る。

丸く、白い。

建物の屋根の上に、上がっている。

三条院(百人一首乳母が絵解きより)
葛飾北斎《三条院(百人一首乳母が絵解きより)》一八三五年から翌年。館の記録では、木版多色摺。全体で25.6×37.3センチ。番号は1985.326。クリーヴランド美術館蔵。葛飾北斎《三条院(百人一首乳母が絵解きより)》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この場面を読んでいる。

神官が、御幣を掲げている。

白い紙を稲妻形に折って、棒に付けた祭具である。

まわりの人々は、うやうやしく頭を下げている。

月明かりの儀式である。

ある天皇を祀るものだという。

館は、この連作についても書き添える。

もとは百枚の予定だったが、二十七枚しか完成しなかった。

ここで杖は、歩くためのものではない。

掲げるためのものである。

先に紙を付ければ、祭具になる。

棒そのものは、前の五点と同じである。

違うのは、先に何が付くかである。

そして、持ち方である。

地面に突けば、支えになる。

高く掲げれば、印になる。

そして、掲げれば人が見上げる。

見上げる人は、頭を下げにくい。

だからこの絵では、掲げる人だけが立っている。

残りは、みな伏している。

高さの差が、画面の構図になっている。

司教の杖を、設計する

ペンと茶インクの素描である。

紙は38.8×23.2センチ。

縦長である。

画面に、一本の棒の上部が描かれる。

下のほうは、円筒である。

そこに、小さな建築が彫り込まれる。

柱と、アーチが並ぶ。

その上に、節がある。

節から、渦が始まる。

渦は、右へ大きく巻く。

一周して、内側へ入る。

渦の中に、小さな動物がいる。

羊である。

横たわっている。

渦の外側には、葉の飾りが付く。

線は、細い。

下半分には、針で小さな穴が開く。

写し取るための穴である。

司教杖の下絵
ルツィオ・ロマーノ《司教杖の下絵》一五〇〇年代なかば。館の記録では、ペンと茶インク、筆と茶の淡彩、下半分に針穴。紙の寸法は38.8×23.2センチ。番号は1924.588。クリーヴランド美術館蔵。ルツィオ・ロマーノ《司教杖の下絵》クリーヴランド美術館蔵

館の記録は、短い。

作者と題と年と技法と寸法である。

説明の文はない。

題が、用途を言っている。

司教杖の下絵である。

つまり、これは設計図である。

金属で作るための、形の指定である。

針で開けた穴は、粉を落として写すためのものである。

同じ形を、別の紙や板に移せる。

ここで杖は、まだ物になっていない。

紙の上の線である。

そして、上半分だけが描かれる。

下は、まっすぐな棒でよいからである。

意匠が要るのは、先の部分だけである。

前の一点でも、そうだった。

棒は共通で、先が違う。

この下絵には、羊が彫り込まれている。

羊は、群れを導く者の印である。

杖も、導くための道具である。

意匠と用途が、同じことを言っている。

権威の杖は、卓の上にある

大きな油彩である。

額を外すと245×154センチ。

人の背丈を超える。

男が一人、立っている。

白い鬘をかぶる。

巻き毛が、肩まで垂れる。

顔は、正面を向く。

衣は、黒地に金の縁取りである。

袖と裾に、金の帯が幾重にも走る。

両手は、体の前にある。

右に、卓がある。

卓の上に、金色の物が載る。

冠のような形の上部が見える。

権標である。

卓に立てかけて、袋がある。

天鵞絨と繻子でできている。

紋章が、刺繍されている。

背後に、赤い帳が垂れる。

フィッツギボン男爵
ギルバート・スチュアート《フィッツギボン男爵》1789年。館の記録では、油彩・カンヴァス。額を外して245×154センチ。番号は1919.910。クリーヴランド美術館蔵。ギルバート・スチュアート《フィッツギボン男爵》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この人物の職を書いている。

愛蘭を英蘭と合同させる法を仕組んだ、恐れを知らぬ政治家である。

この肖像が描かれたとき、愛蘭の大法官に任じられたばかりだった。

その職務には、最高位の裁判官の役も含まれる。

そして、こう書かれている。

権標、すなわち儀礼用の杖の、冠のような上部が右の卓に見える。

卓に立てかけた袋は、繻子と天鵞絨で作られ、王家の紋章が刺繍されている。

首から前垂れのように掛けて、演説の正文を入れておくものである。

館は、画家の事情にも触れる。

このころ、画家は都伯林に住んでいた。

その前の十二年は、倫敦にいた。

ここで杖は、手に持たれていない。

卓の上に置かれている。

そして、上部しか見えない。

冠の形をした先端だけで、権標だとわかる。

先が違えば、名が変わる。

そして、持たれていない杖は職を示す。

持っていれば、歩いている人になる。

卓に置けば、その職にある人になる。

置き方が、意味を変えている。

この一枚は、卓布らしい厚い麻に描かれている。

大きな画面を作るために、あるものを使った。

杖の握りだけが、残る

磁器の小さな部品である。

高さ5.4センチ。

親指ほどしかない。

形は、釣鐘に近い。

下が広く、上がすぼまる。

上の端は、丸く閉じる。

表面に、縦の筋がある。

うねが、何本も走る。

地は、白い。

そこに、青で文様が描かれる。

上のほうに、細かい網目がある。

その下に、垂れ下がる形が並ぶ。

花綱である。

弧を描いて、つながる。

いちばん下の縁にも、青い帯が回る。

下の面は、開いている。

そこに、棒が差し込まれる。

杖の握り
サン=クルー磁器工場《杖の握り》1700年から1720年のあいだ。館の記録では、釉下青彩の軟質磁器。全体で高さ5.4センチ。番号は1964.510。クリーヴランド美術館蔵。サン=クルー磁器工場《杖の握り》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この部品の位置づけを書いている。

うねと、釉の下の青で描いた花綱の意匠。

この握りは、この工場で最初に作られたものの一つらしい。

流行の装身具としての磁器の杖の握りは、ここが最初かもしれない。

しかし人気が出たので、まもなく他の工場でも作られた。

十八世紀前半の仏蘭西のことである。

館はさらに、こう書き添える。

杖は、貴族の男にも、女にも、子供にも、流行の小物だった。

つまり、歩くためのものではない。

持つためのものである。

九点の最後に、これを置いた理由である。

杖は、支える道具として始まった。

そして、掲げる道具になり、権威の印になった。

最後に、握りだけが残った。

棒の部分は、失われている。

残ったのは、いちばん役に立たない部分である。

役に立たない部分ほど、丈夫な材料で作られる。

磁器は、割れるが朽ちない。

木の棒は、朽ちる。

だから、握りだけが残る。

前の回で見た甲冑の肩当と、同じ理屈である。

数えてみると

九点を数え直す。

人が杖を持っているのは、六点である。

農夫、若者、素描帳の男、文人、行者、神官。

持っていないのが、三点。

司教杖の下絵、卓の上の権標、磁器の握りである。

持っている六点を、用途で分ける。

体を支えるのが、三点。

持ち物の一つとしてあるのが、二点。

掲げるのが、一点。

支える三点は、どれも同じ形をしている。

細い棒を、斜めに地面へ突く。

体が、わずかにそちらへ傾く。

三点とも、止まっている姿である。

歩いている途中の杖は、一点もなかった。

持っていない三点は、先の部分に意匠がある。

渦と羊、冠の形、花綱の握り。

どれも、棒そのものではない。

言えることと、言えないこと

言えるのは、杖が棒の一種だということである。

棒は、細長くて、まっすぐで、硬い。

それだけのものである。

そこに何を付けるかで、名が変わる。

紙を折って付ければ、祭具になる。

渦と羊を付ければ、司教の杖になる。

冠を付ければ、権標になる。

磁器の握りを付ければ、流行の小物になる。

何も付けなければ、歩くための杖である。

先の意匠が、その棒の身分を決めている。

言えないことも、いくつかある。

まず、支えるための杖は記録が薄い。

農夫の写真も、素描帳の一枚も、説明の文が短い。

意匠のある杖のほうが、長く書かれる。

作った人の名も、そちらにだけ残る。

道具として使われただけの棒は、誰が作ったかわからない。

次に、九点のうち二点は、棒の部分が失われていた。

下絵には、まだ棒がない。

磁器の握りには、もう棒がない。

残るのは、いつも先の部分である。

材料が違うからでもある。

木は朽ち、磁器と金属は残る。

最後に、掲げる杖と支える杖は、向きが逆である。

支えるときは、下へ押す。

掲げるときは、上へ差し上げる。

同じ棒で、力の向きが反対になる。

そして、向きが変わると意味も変わる。

下へ向ければ、体のため。

上へ向ければ、人に見せるためである。

そして、杖は持つ人の身長を示す。

肩までの長さか、腰までの長さか。

九点のうち、腰までのものが三点あった。

短い杖は、体重をあまり預けられない。

長い杖は、寄りかかれる。

長さが、その杖の役割を決めている。

そして、杖は歩く人の道具でありながら、止まった姿でしか描かれない。

歩けば、杖は宙にある。

宙にある棒は、絵では読み取りにくい。

地面に突いてはじめて、杖だとわかる。

九点とも、先が何かに触れていた。

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