杖は、先で名が変わる——北斎・ホルツィウス・陳洪綬ほか九点
権威の杖は、卓の上にある
大きな油彩である。
額を外すと245×154センチ。
人の背丈を超える。
男が一人、立っている。
白い鬘をかぶる。
巻き毛が、肩まで垂れる。
顔は、正面を向く。
衣は、黒地に金の縁取りである。
袖と裾に、金の帯が幾重にも走る。
両手は、体の前にある。
右に、卓がある。
卓の上に、金色の物が載る。
冠のような形の上部が見える。
権標である。
卓に立てかけて、袋がある。
天鵞絨と繻子でできている。
紋章が、刺繍されている。
背後に、赤い帳が垂れる。

館の説明は、この人物の職を書いている。
愛蘭を英蘭と合同させる法を仕組んだ、恐れを知らぬ政治家である。
この肖像が描かれたとき、愛蘭の大法官に任じられたばかりだった。
その職務には、最高位の裁判官の役も含まれる。
そして、こう書かれている。
権標、すなわち儀礼用の杖の、冠のような上部が右の卓に見える。
卓に立てかけた袋は、繻子と天鵞絨で作られ、王家の紋章が刺繍されている。
首から前垂れのように掛けて、演説の正文を入れておくものである。
館は、画家の事情にも触れる。
このころ、画家は都伯林に住んでいた。
その前の十二年は、倫敦にいた。
ここで杖は、手に持たれていない。
卓の上に置かれている。
そして、上部しか見えない。
冠の形をした先端だけで、権標だとわかる。
先が違えば、名が変わる。
そして、持たれていない杖は職を示す。
持っていれば、歩いている人になる。
卓に置けば、その職にある人になる。
置き方が、意味を変えている。
この一枚は、卓布らしい厚い麻に描かれている。
大きな画面を作るために、あるものを使った。
杖の握りだけが、残る
磁器の小さな部品である。
高さ5.4センチ。
親指ほどしかない。
形は、釣鐘に近い。
下が広く、上がすぼまる。
上の端は、丸く閉じる。
表面に、縦の筋がある。
うねが、何本も走る。
地は、白い。
そこに、青で文様が描かれる。
上のほうに、細かい網目がある。
その下に、垂れ下がる形が並ぶ。
花綱である。
弧を描いて、つながる。
いちばん下の縁にも、青い帯が回る。
下の面は、開いている。
そこに、棒が差し込まれる。

館の説明は、この部品の位置づけを書いている。
うねと、釉の下の青で描いた花綱の意匠。
この握りは、この工場で最初に作られたものの一つらしい。
流行の装身具としての磁器の杖の握りは、ここが最初かもしれない。
しかし人気が出たので、まもなく他の工場でも作られた。
十八世紀前半の仏蘭西のことである。
館はさらに、こう書き添える。
杖は、貴族の男にも、女にも、子供にも、流行の小物だった。
つまり、歩くためのものではない。
持つためのものである。
九点の最後に、これを置いた理由である。
杖は、支える道具として始まった。
そして、掲げる道具になり、権威の印になった。
最後に、握りだけが残った。
棒の部分は、失われている。
残ったのは、いちばん役に立たない部分である。
役に立たない部分ほど、丈夫な材料で作られる。
磁器は、割れるが朽ちない。
木の棒は、朽ちる。
だから、握りだけが残る。
前の回で見た甲冑の肩当と、同じ理屈である。
数えてみると
九点を数え直す。
人が杖を持っているのは、六点である。
農夫、若者、素描帳の男、文人、行者、神官。
持っていないのが、三点。
司教杖の下絵、卓の上の権標、磁器の握りである。
持っている六点を、用途で分ける。
体を支えるのが、三点。
持ち物の一つとしてあるのが、二点。
掲げるのが、一点。
支える三点は、どれも同じ形をしている。
細い棒を、斜めに地面へ突く。
体が、わずかにそちらへ傾く。
三点とも、止まっている姿である。
歩いている途中の杖は、一点もなかった。
持っていない三点は、先の部分に意匠がある。
渦と羊、冠の形、花綱の握り。
どれも、棒そのものではない。
言えることと、言えないこと
言えるのは、杖が棒の一種だということである。
棒は、細長くて、まっすぐで、硬い。
それだけのものである。
そこに何を付けるかで、名が変わる。
紙を折って付ければ、祭具になる。
渦と羊を付ければ、司教の杖になる。
冠を付ければ、権標になる。
磁器の握りを付ければ、流行の小物になる。
何も付けなければ、歩くための杖である。
先の意匠が、その棒の身分を決めている。
言えないことも、いくつかある。
まず、支えるための杖は記録が薄い。
農夫の写真も、素描帳の一枚も、説明の文が短い。
意匠のある杖のほうが、長く書かれる。
作った人の名も、そちらにだけ残る。
道具として使われただけの棒は、誰が作ったかわからない。
次に、九点のうち二点は、棒の部分が失われていた。
下絵には、まだ棒がない。
磁器の握りには、もう棒がない。
残るのは、いつも先の部分である。
材料が違うからでもある。
木は朽ち、磁器と金属は残る。
最後に、掲げる杖と支える杖は、向きが逆である。
支えるときは、下へ押す。
掲げるときは、上へ差し上げる。
同じ棒で、力の向きが反対になる。
そして、向きが変わると意味も変わる。
下へ向ければ、体のため。
上へ向ければ、人に見せるためである。
そして、杖は持つ人の身長を示す。
肩までの長さか、腰までの長さか。
九点のうち、腰までのものが三点あった。
短い杖は、体重をあまり預けられない。
長い杖は、寄りかかれる。
長さが、その杖の役割を決めている。
そして、杖は歩く人の道具でありながら、止まった姿でしか描かれない。
歩けば、杖は宙にある。
宙にある棒は、絵では読み取りにくい。
地面に突いてはじめて、杖だとわかる。
九点とも、先が何かに触れていた。









