泉の語が、春を連れてきた——ルグロ・コルベ・カランザほか九点
英語では、湧き出る水と季節の春が同じ語である。九点で数えると、水の出る場所は三点しかなく、春を主題にしたものが五点混じった。花があるのは五点、泉の三点にはいずれも花がない。語の重なりが、水と季節を一つの棚に並べてしまう。

噴水の口から、水が落ちている
一枚の素描に、噴水がある。
紙は27×28センチ。
ほぼ正方形である。
緑がかった淡彩と、黒鉛だけで描かれている。
画面の中央に、二人の子どもがいる。
いずれも衣を着ておらず、丸みのある体つきである。
一人は左を、一人は右を向く。
二人の下に、大きな魚のような形がある。
館の記録の題によれば、それは海豚である。
子どもたちは、その背に乗っている。
魚の口から、水が落ちている。
水は二筋、下へ細く伸びる。
その下には、水盤の縁がある。
背景には、四角い壁の枠が見える。
線は速く、輪郭が重なっている。
淡彩は、影の部分にだけ置かれる。
館の記録によれば、右下に署名がある。
ただし、紙の縁で切れているという。
裏には、青いクレヨンで数字が書かれている。

泉と井戸は、水の出る場所である。
町にとって、いちばん大事な場所でもある。
そして、そこには人が集まる。
九点を並べて、その扱いを数えたい。
「泉」の語が、春を連れてきた
集めかたは、館の記録の題によっている。
泉、井戸、清水、噴水にあたる語が入るものを拾った。
英語の題では、泉を意味する語である。
ところが、その語には別の意味がある。
季節の春である。
英語では、湧き出る水と春が同じ綴りになる。
その結果、春を主題にした作品が四点混じった。
九点のうち、水の出る場所が描かれているのは三点。
春を主題にしたものが、四点。
そして、人名の綴りによる一致が一点ある。
残る一点は、後で扱う。
つまり、今回は外れのほうが多い。
泉のある三点
水の出る場所の三点を見たい。
一点目は、いま見た素描である。
二点目は、銅版画である。
画面は38.7×51.1センチ。
版の面は40.7×52.9センチ、紙は45.7×59.7センチある。
横長の画面である。
画面のほとんどを、巨大な草が占めている。
葉は細長く、幾重にも重なる。
その一枚ずつが、細かい線で描かれている。
上のほうには、木の枝が広がる。
画面の左に、石造りの構築物がある。
門か、泉の装置らしい。
その手前に、二人の人物が座っている。
一人は楽器を抱え、弦をつま弾く。
もう一人は、身を寄せて聞いている。
二人の上半身だけに、光が当たる。
館の記述によれば、この画家は巨大な草を描いた版画で知られる。
そして、その形式に名が付いている。
下生えの神秘を体験させる画面だという。
館は、遠近が歪んでいるとも書いている。
草が拡大されているためである。

三点目は、写真である。
画面は16.8×23.3センチ。
台紙まで含めると40.6×50.8センチになる。
画面の中央に、大きな屋根の建物がある。
屋根は深く張り出し、四隅が反り上がる。
その上に、小さな丸屋根が四つ載る。
いちばん上には、細い尖塔がある。
建物の壁には、格子の入った窓が並ぶ。
壁の面には、細かい装飾が刻まれている。
手前は、白く乾いた道である。
左のほうに、低い建物と木が見える。
人は、ほとんど写っていない。
館の記録の題によれば、これは泉である。
つまり、水を汲むための建物である。
館の記述によれば、撮影者は工場の技師だった。
そして、独学で写真を学んだという。
蝋を引いた紙の陰画を使い、材料も自分で作った。
定着液も自分で調合し、黒がやや灰色になったという。
そのおかげで、影の部分が透けて見えると館は書く。

春を表す四点
語の外れに移りたい。
いずれも、春を主題にした作品である。
一点目は、磁器の浮き彫りである。
全体で40.6×55.9センチ。
白一色で、彩色がない。
画面には、人物が十数人いる。
いずれも衣が渦を巻き、体をひねる。
中央には、花を持つ人物が座る。
上のほうには、翼のある子どもが飛ぶ。
下には、獣が数頭いる。
館の記述によれば、獅子と犬と鷲が見つかるという。
館の記録の題は、春である。
四季を表す浮き彫りの一つだという。
館の記述によれば、この工房は彫刻家の型を買い取った。
そして、その型から磁器で作った。
つまり、これは彫刻の複製である。
もとの浮き彫りは、十八世紀初めに作られた。

二点目は、油彩である。
91.4×73センチ。
九点のなかで、いちばん大きい。
画面の中央に、若い女性が座っている。
大きなつばの帽子をかぶる。
帽子は淡い黄色で、白い紐が垂れる。
白い衣を着て、膝の上に布を広げる。
布には、花の模様が描かれる。
手には、花の輪を持っている。
背後の左に、石の壺が置かれている。
右には、緑の茂みがある。
館の記録の題は、春である。
つまり、季節を人の姿で表している。
館の記録に、記述の欄はない。