画家を知る

見上げる絵の設計——ティエポロの天井画

下絵は、どこまで拘束するのか

下絵と完成作が一致しない例も多い。

現地で足場を組み、実際の光の中で見れば、修正が必要になる。

窓の位置、天井の高さ、部屋の使い方。図面では分からない条件がある。

だから下絵は決定ではなく、出発点として扱われた。

構図の骨格は守り、人物の数や配置は現場で調整する。

当サイトの公開分でも、下絵と同じ主題の完成作が別の館にある例がある。

両方を並べれば違いが読めるが、公開の範囲が違うため難しい。

比較できる材料が揃っているかどうかで、書ける内容が変わってしまう。

縁を重く、中央を軽く

カルロス三世治下のスペイン王国の富と恵み
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《カルロス三世治下のスペイン王国の富と恵み》1762年。油彩・画布。縦181.8センチ、横104.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《カルロス三世治下のスペイン王国の富と恵み》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらは縦長の下絵である。縦181.8センチ、横104.3センチ。

構成は先の一枚と同じ考え方である。

四辺に人物と建築の枠が集まり、中央に明るい空が開く。

下辺には人が群れ、旗と武具が並ぶ。

左右の辺には、雲に乗った人物が斜めに配置されている。

上辺の中央あたりに、光を放つ一群がある。

つまり視線は縁から中へ、下から上へ動く。

天井の絵では、この動きが空間の高さとして感じられる。

床から見上げると、縁の人物が近く、中央の空が遠く見える。

この下絵は、スペインの王宮の天井のために作られた。

つまり画家はヴェネツィアからマドリードへ渡り、現地で制作している。

同じ形式の仕事を、国を越えて請け負っていたことになる。

装飾画家は、建築とともに移動する職業だった。

作品の所在地が散らばるのは、この移動の結果でもある。

天井は、長方形ではない

形の話に移りたい。

スペイン王国の栄光
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《スペイン王国の栄光》1760年代。油彩・画布。楕円の描画面は縦84.1センチ、横68.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《スペイン王国の栄光》メトロポリタン美術館蔵

この下絵の描画面は楕円である。

黄土色の地の上に、楕円形の絵が描かれている。

内容は、雲に乗る人々と、上方の金色の光である。

下部には楯や柱の断片、うずくまる人物が置かれている。

楕円なのは、天井の開口部が楕円だからである。

宮殿の広間では、天井の中央に楕円や円の枠が設けられることが多い。

そこに絵を嵌めるので、下絵も同じ形で作る。

黄土色の地が残っていることにも注意したい。

楕円の外側は、下地のまま塗られていない。

つまり画家は、必要な範囲だけを描いている。

四角い画布に楕円を描き、外は放置する。

作業の合理性が、そのまま画面に残っている。

バルバロ家の栄光
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《バルバロ家の栄光》1750年ごろ。油彩・画布。不整形の楕円で、縦243.8センチ、横466.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《バルバロ家の栄光》メトロポリタン美術館蔵

こちらは下絵ではない。実際の天井画である。

横466.7センチ。4メートル半を超える。

形は不整形の楕円で、四方の縁が波打っている。

金色の縁飾りが付き、天井の枠にそのまま嵌まる形になっている。

内容は、雲の上に集まる人々である。

中央に喇叭を吹く有翼の人物。左手前に女性が跪き、右に老人が座る。

雲は下辺で厚く、上へ薄くなる。

床から見上げれば、人物が斜め上に浮いて見える構成である。

この一点は、天井から外されて美術館に入った。

つまり本来の高さと角度を失っている。

私たちは、見上げるための絵を、正面から見ていることになる。

縁飾りの扱いも見ておきたい。

金色の枠は、絵の一部として作られている。

つまり額は選ばれたものではなく、最初から設計に入っている。

板絵の枠が板と一体だった例と、考え方が近い。

装飾画では、絵と建具の境目が曖昧である。

額と絵の関係については別のコラムで扱った。

壁から剥がされた絵

移設の話を続けたい。

「形而上学」の擬人像
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《「形而上学」の擬人像》1760年。フレスコを画布に移したもの。縦370.8センチ、横147センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《「形而上学」の擬人像》メトロポリタン美術館蔵

縦370センチ。3メートル半を超える細長い画面である。

描かれているのは、台座の上に立つ女性像である。

しかし色が乏しい。灰と白と淡い褐色だけで描かれている。

彫刻を模した描き方である。石像に見せるための単色の技法だ。

左右には柱と壁の面が描かれ、人物は壁の窪みに収まっている。

つまりこれは、実在しない彫刻を壁に描いたものである。

宮殿の広間では、こうした模造の彫刻が並んでいた。

技法の欄を見てほしい。「フレスコを画布に移したもの」とある。

漆喰の上に描かれた絵を、壁から剥がして画布に貼り替えている。

建物が壊されるときや、売却されるときに行われる作業である。

「節制」の擬人像
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《「節制」の擬人像》1760年。フレスコを画布に移したもの。楕円で縦141.9センチ、横121.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。公開されている画像は白黒写真である。ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《「節制」の擬人像》メトロポリタン美術館蔵

同じ年の、同じ手法の一点である。

楕円の画面に、女性像が座っている。

布を巻いた体をひねり、手に器のような物を持つ。

こちらも彫刻を模した単色の描き方である。

公開画像は白黒写真で、色の情報は分からない。

古い記録写真だけが公開されている例である。

画像の質と鑑賞の関係は別のコラムで扱った。