見上げる絵の設計——ティエポロの天井画
壁のための大画面
天井以外の装飾も見ておきたい。

縦5.6メートル。当サイトの公開作品でも最大級の大きさである。
上辺の中央が山形に盛り上がり、そこに文字を記した板が描かれている。
内容は古代ローマの凱旋の場面である。
画面下方に群衆と馬。捕らわれた人物が引かれていく。
旗と槍が林立し、奥に建物と空が見える。
視点は低い。人物を見上げる角度で描かれている。
これも壁に嵌め込むための絵である。
上辺の形は、部屋の装飾の枠に合わせて決められている。
祭壇画の下絵もある

こちらは祭壇画のための下絵である。
縦81.3センチ、横44.8センチ。細長い縦の画面である。
下方に、倒れた人々が描かれている。疫病の犠牲者である。
中央に女性が跪き、両手を組んで天を見上げている。
その上に雲があり、有翼の人物と老人が浮かんでいる。
背後には町の建物と、川に架かる橋。
上下に二つの世界を置き、視線を下から上へ通す構成である。
祭壇画は、立って見上げる位置に掛けられる。
天井ほど急な角度ではないが、目線より高い。
だから下方の人物は近く、上方の人物は遠くなる。
雲を境に空間を二段に分ける方法は、この角度に合っている。
同じ画家が、天井と祭壇の両方で同じ設計を使っていることになる。
天井画で使った方法が、垂直の祭壇画にも応用されている。
天井画の需要は、いつ消えたのか
装飾の注文にも歴史がある。
18世紀の宮殿と教会では、天井画が標準の装備だった。
しかし19世紀に入ると、その需要は縮む。
新しい建築では天井が低くなり、装飾も簡素になる。
そして絵画の市場は、壁に掛ける独立した絵へ移っていく。
つまり天井画は、建築様式の変化とともに衰えた。
大画面の装飾を請け負う画家という職業も、それにつれて減る。
いま美術館に並ぶ下絵は、その職業が存在した時代の記録である。
見立て——天井画は、建築の一部である
まとめておきたい。
この画家の仕事は、絵単体ではなく建築の装飾だった。
形は建築が決める。楕円、不整形、山形の上辺。
構成は視線が決める。縁を重く、中央を軽く。
そして下絵は、その二つを事前に確認する道具だった。
美術館に入ると、この前提が失われる。
天井から外され、壁から剥がされ、正面から見る絵になる。
見上げる角度も、部屋の広さも、周囲の装飾も消える。
だから天井画の断片を見るときは、条件を補って想像したい。
上を見上げる姿勢と、遠い高さを頭に置くだけで、絵の作りが読めてくる。
移されることは、珍しくない
支持体を移す作業は、絵の歴史では珍しくない。
板絵が画布に移された例は別のコラムで扱った。
日本の絵も、扇から掛軸へ、下絵から屏風へと形を変えてきた。
その経緯はこちらのコラムにまとめた。
洋の東西を問わず、作品は運ぶために形を変えられている。
フレスコを剥がすのは、その最も大がかりな例である。
剥がす方法にも触れておきたい。
漆喰の表面に布を貼り、絵具の層ごと引き剥がす。
裏を薄く削り、新しい支持体に貼り替える。
技術としては可能だが、絵具に負担がかかる。
そして何より、壁という文脈が失われる。
隣にどんな絵があり、どの窓から光が入っていたか。
その情報は、剥がした時点で絵から切り離される。
美術館の壁に並ぶ断片は、その切断のあとの姿である。
公開分の構成
最後に数を確かめておきたい。
26点のうち、下絵と装飾の断片が中心である。
天井画そのものは動かせないため、公開分には入りにくい。
つまり私たちが見られるのは、準備の段階と剥がされた部分である。
完成作は建物の中にあり、その場所へ行かなければ見られない。
公開画像で見られる範囲には、こうした限界がある。
暮らしへ——天井を、見上げてみる
最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。
家の天井を、部屋の中央で仰向けに見上げてみてほしい。
四隅が斜めに縮み、中央が広く見える。
その歪みが、天井画の構図が前提にしていた条件である。
写真を撮るなら、絵や本を床に置いて、真上から少しずらして撮ってみる。
短縮された形が、どう見えるかが分かる。
見上げる角度が身体の比率をどう変えるかは別のコラムでも扱った。
角度を変えるだけで、絵の作り方が変わる。
もう一つ。部屋の照明を下から当ててみるのも面白い。
天井の隅に影が寄り、中央が明るくなる。
天井画が縁を暗く、中央を明るく作った理由が体で分かる。
絵の設計は、置かれる場所の光と一続きになっている。
そして、天井の隅と中央で写真を撮り比べてほしい。
隅は斜めに縮み、中央は広く見える。
その差が、天井画の構図が前提にしていた条件である。
群として見ると、工程が見える
最後に、見方をまとめておきたい。
26点を寸法で並べると、小さな下絵から大画面までが連続する。
27センチの習作と、5メートルを超える画布が同じ画家の仕事である。
寸法の幅そのものが、装飾画の工程を示している。
数字を並べる作業が、制作の順序を教えてくれる。









