原作と模作——ヴァン・ダイクの名で残る絵
鑑定書が、二通ある
この一点には、面白い記録が残っている。
所蔵館の来歴記録によれば、寄贈時の資料に鑑定書が二通付いていた。
一通はウィレム・ヴァレンティナーによる1914年6月30日付。もう一通はガブリエル・デ・テレイによる1925年2月12日付である。
いずれも当時の美術史家である。つまり専門家が、作品の帰属を証明する書類を発行していた。
その書類が、売買の材料として使われた。所蔵館の記録は、書類に画商の名がないことも書いている。
現在の記録では、この作品は「倣う」と分類されている。鑑定書があっても、判断は後年に変わりうる。
誰の目を信じるか
鑑定という仕事にも触れておきたい。20世紀初めには、美術史家が個人の名で鑑定書を出していた。
その署名が、市場での価格を左右した。つまり学問と商売が、直接つながっていた。
現在の美術館は、複数の資料と技術調査を組み合わせて判断する。顔料の分析、下層の画像、来歴の照合。
一人の目に頼る方式からは、離れつつある。それでも、最終的な判断には解釈が残る。
帰属は、更新される
ここは重要な点である。帰属とは、誰が描いたかの判断である。
判断は、資料と技術と研究の水準に依存する。だから時代が変われば、結論も変わる。
同じ問題は、他の画家でも起きる。フェルメールの帰属については、
別のコラムで扱った。
「ヴァン・ダイク作」と「ヴァン・ダイクに倣う」の差は、絵の中ではなく記録の中にある。
本人の作は、どう描かれているか
比較のため、本人の作を見たい。

老人の頭部だけが描かれている。縦66センチ、横51.4センチ。
白い髭が胸元まで垂れ、量感がある。髪は薄く、額が広い。
目は伏せ気味で、右下を見る。黒い衣の襟だけが、下端に見える。
背景は暗褐色で、何も描かれていない。髭の白と、背景の暗さの対比が強い。
筆は速い。髭の一房ごとに、筆を置いた跡が残る。
習作頭部とは、何か
題名にある「習作頭部」に触れたい。これは、完成作のために描かれた頭部の研究である。
依頼された肖像ではない。特定の人物を記録するためでもない。
老人、若い女性、若い男。さまざまな顔を描きためておく。
そして大きな絵を描くとき、その中から適した顔を選んで使う。つまり工房の資産である。
型を蓄えておく仕組みは、別のコラムで扱った狩野派の粉本と似ている。
若い時期の作である
制作年にも注目したい。三点の習作頭部は、1617年から1620年ごろに集まる。
ヴァン・ダイクは1599年の生まれである。つまり十八歳から二十一歳ごろの仕事にあたる。
この時期、彼はルーベンスの工房と関わりがあったとされる。頭部の習作を大量に描く習慣も、その環境と無縁ではない。
ただし、どこまで指導を受けたかについては説が分かれる。ここは断定を避けたい。
紙に描いて、板に貼る
材料にも注目したい。

所蔵館の記録は、材料を「板に貼った紙に油彩」と書いている。
つまり最初は紙に描かれ、あとから板に貼られた。紙は安く、扱いが軽い。
習作を紙に描くのは、費用の面でも理にかなう。しかし紙は傷みやすい。
だから、残す価値があると判断された時点で、板に貼られる。材料の変更は、評価の変化の跡でもある。
画面には、長い巻毛の若い女性が描かれる。顔は右を向き、口元がわずかに開く。
黒い衣に白い襟。髪は金褐色で、光が当たる部分が明るい。
もう一点の頭部
同じ形式の一点が、別の館にもある。

こちらも紙に描き、板に貼った作である。寸法も近い。
若い男が正面を向く。巻毛が額の上で膨らみ、頬が赤い。
首元に白い襟が細く覗く。衣は黒い。
背景の下部には、絵具の剥落が見える。褐色の下地が露出している箇所がある。
紙に描いた作品が抱える弱さが、そのまま残っている。
肖像画家としての仕事
一方、注文を受けた肖像は性格が違う。

大きい。縦242.9センチ。等身を超える全身像である。
女性が黒い衣で立つ。襟は白い襞襟で、首の周りを丸く囲む。
右手に花を持ち、裾を引いて歩き出す姿勢を取る。背後に太い柱が二本立ち、その奥に空が広がる。
画面の右に、赤い日傘を差し掛ける人物がいる。肌の色が濃く、金色の衣を着ている。
所蔵館の記録は、この人物について何も書いていない。名前も立場も記されていない。
日傘という小道具
画面の道具も見ておきたい。赤い日傘は、この時代の肖像では珍しい。
屋外で日差しを遮る道具であり、地位を示す品でもある。持つのは本人ではなく、従者である。
つまり道具は、持つ人と持たせる人の関係を示している。何が描かれているかだけでなく、
誰が誰のために何をしているかを見たい。