体は、どこで切られるか——ヴェロッキオ・コルディエ・ドラクロワほか九点の胸像
材料が、切る位置を決めている
九点の材料を並べたい。
焼いた土が二点、大理石が一点、金属が二点。
紙が四点である。
紙の四点のうち、版画が一点、素描が二点、油彩が一点。
材料ごとに、切る位置が違っていた。
焼いた土と大理石は、胸で切る。
金属も、胸で切る。
紙は、腰まで、肩まで、と揃わない。
材料の性質を考えると、理由が見える。
土や石は重い。
高さを増すほど、下にかかる力が大きくなる。
胸から下を作れば、その分だけ支えが要る。
だから、切って、台に載せる。
金属の像は、内側が空になっている場合が多い。
それでも、外側の面積が増えれば重さは増す。
紙には、この問題がない。
紙の上では、腰まで描いても、全身を描いても、重さは変わらない。
変わるのは、紙の大きさだけである。
ホイッスラーの一葉は、横14.1センチしかない。
その中に全身の男を描くと、身長は数センチになる。
大きく描きたければ、切るしかない。
紙の場合、切る理由は重さではなく、面積である。
胸像は、どこに置かれたか
九点の彫刻四点は、置かれる場所が違ったはずである。
大理石の一点は、二世紀のローマで作られた。
この種の像は、家や公共の場に置かれたことが知られている。
ただし、この一点がどこにあったかは記録にない。
館の記録は、購入の経緯だけを書いている。
キリストの胸像は、宗教の像である。
館の記録によれば、工房で複製が作られていたという。
売るために作られた品ということになる。
置き場所は、教会か、個人の家か。
そのどちらかだろうと想像はできる。
だが、記録は書いていない。
十九世紀の三点は、事情が違う。
台座を持ち、室内に置くために作られている。
そして、そのうち二点は同じ基金で館に入った。
置かれる場所が、家から館へ移った例である。
胸像は、置かれる場所によって高さが変わる。
台の上に置くなら、顔が見る人の目の高さに来るとよい。
床に近い場所なら、顔をやや上に向ける。
コルディエの二点は、どちらも顔が少し上を向いていた。
見上げられることを想定した角度に見える。
ただし、これはこちらの見立てである。
館の記録には、置き方についての記述がない。
九点で、切る位置を数えた
首で切るものは、九点に一つもなかった。
胸で切るものが五点である。
ヴェロッキオ、ローマの大理石、カリエ=ベルーズ、コルディエの二点。
すべて彫刻である。
腰で切るものが二点。
イェーヘルの版画と、ドラクロワの習作である。
肩の少し下で切るものが一点。
メンツェルの素描である。
そして、一枚に三通り入るものが一点。
ホイッスラーの素描帳である。
彫刻は胸で切り、平面はもっと下で切る。
九点だけの数だが、傾向としては読める。
理由も想像がつく。
彫刻は立てなければならない。
倒れない形が、胸のあたりで決まる。
平面には、その制約がない。
だから、どこで切ってもよい。
首から上だけの像は、なぜ選ばれなかったか
九点に、頭だけの像は入らなかった。
これは、選び方のせいでもある。
館の記録で「胸像」「半身」の語を含むものを拾ったからだ。
頭部だけの像は、別の語で呼ばれる。
英語でも日本語でも、頭部像と胸像は区別される。
その区別は、どこで生まれるのか。
首で切ると、切り口が細くなる。
細い断面で立たせるのは難しい。
だから、頭部像には別の支えが要る。
棒に載せるか、平たい板に置くか。
胸で切れば、断面が広い。
そのまま置いても倒れない。
つまり、頭部像と胸像の区別は、支え方の区別でもある。
そして、伝わる情報も違う。
頭だけなら、顔と髪型が分かる。
胸まであれば、衣と、身につけたものが分かる。
九点のうち、衣が見えないものは一つもなかった。
ローマの一点は肩に布を掛ける。
コルディエの二点も、布をまとう。
カリエ=ベルーズの一点は、胸に花を置く。
衣は、その人の立場を示す材料である。
胸まで切るのは、そこまでを見せたいからでもある。
記録の書き方も、切り方で変わる
彫刻四点の記録には、奥行きの欄がある。
平面五点の記録には、縦と横しかない。
そして彫刻のうち二点は、台を含めた寸法を書く。
含めない寸法は、書かれていない。
つまり、像そのものの高さは記録から分からない。
台と像を分けて測るかどうかは、館の判断である。
第十三回で、寸法の欄の書き方を並べた。
同じ「高さ」という語が、指すものを変える。
平面の五点にも、似たずれがある。
版画は紙全体を測る。
素描の一点は、紙と台紙の二つを測る。
油彩の一点は、画面だけを測る。
何を一点の範囲とみなすかが、揃っていない。
そして、この回で並べた九点には、共通する不自然さがある。
どれも、体の途中で終わっている。
それなのに、見ていて落ち着かない感じがしない。
見慣れているからだ、という説明はできる。
だが、慣れだけではないと思う。
切る位置が、体の作りの節目に合っているからではないか。
胸の下は、肋骨が終わるあたりである。
腰は、体が折れるところである。
肩は、腕が始まるところである。
九点の切り口は、いずれもそのどれかに当たっていた。
体の途中で、区切りのある場所を選んで切る。
そうすると、切られたことが目立たなくなる。
これは数えて確かめたことではない。
九点を見比べて、そう思った、というだけである。
記録に書かれていないこと
館の記録は、どこで切ったかを書かない。
題に「胸像」「半身」と入る場合があるだけである。
九点のうち、題に切り方の語が入るのは六点だった。
残りの三点は、画像を見なければ分からない。
そして、切った理由は、どの記録にも書かれていない。
置く場所の都合か、注文の内容か、紙の大きさか。
そのどれかだろうと想像はできる。
だが、記録は理由を残さない。
残るのは、切られた結果の寸法だけである。
切る位置は、作品ごとに違っていた。
それでも、記録の欄には現れない。
九点の切り口は、いずれも記録の外にある。
それを知るには、画像を見て、位置を測るしかない。
次の回は、作者が自分の顔を描いた例を集める。
切り方も、視線も、そこでは別の意味を持つ。










