美術史・技法

酒は写らず、酔いだけが写る——マンテーニャ・馬遠・木米ほか九点

銀の水差しに、画家が映っている

四点目は、豪華な卓である。

銀の水差しとハムと果物
アブラハム・ファン・ベイエレン《銀の水差しとハムと果物》1660年から66年ごろ。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで99.7×82.6センチ。額を含めて124.5×108×8.5センチ。番号は1960.80。クリーヴランド美術館蔵。アブラハム・ファン・ベイエレン《銀の水差しとハムと果物》クリーヴランド美術館蔵

青い布と白い布が、卓の上で乱れている。

その上に、銀の大きな水差しが立つ。

胴は光を受けて白く輝き、影は青く沈む。

右には、切り分けたハムの塊。

奥には、背の高いガラスの杯がある。

手前の皿には、葡萄と桃と柑橘。

青と白の磁器の鉢には、赤い果実が盛られる。

金の懐中時計らしいものも、布の上に置かれている。

館の記録では、ファン・ベイエレンの豪華な静物は大きく作られている。

少し離れて見るために描かれた、と記録は読む。

暖炉の上あたりに掛けられたのだろうという。

近くで見ると、銀の水差しの筆は荒く、ほとんど形をなしていない。

だが離れると、複雑な反射を持つ器として立ち上がる。

そして豆知識の欄が、その反射の中身を教えてくれる。

銀の胴に、画架に向かう画家の姿が映り込んでいるという。

言われて探すと、たしかに小さな影が浮かんでいる。

自分の姿を、酒器の腹に忍ばせたことになる。

ところで、この画面に酒はない。

水差しの中身は見えず、杯も空である。

酒の器だけが、これだけの光を集めている。

そして、卓の上のものは食べるものばかりである。

ハムと、果物と、菓子らしい塊。

酒器は一つだけで、そのぶん背が高い。

食べ物の山の中で、いちばん高いところに酒がある。

この配置は、たぶん偶然ではない。

酒には、鍵が掛かる

五点目は、家具である。

サイドボードと酒瓶入れ
ダンカン・ファイフ父子《サイドボードと酒瓶入れ》1840年ごろ。館の記録では、主にローズウッドの化粧板、松とポプラを下地に用いる。番号は2000.72。クリーヴランド美術館蔵。ダンカン・ファイフ父子《サイドボードと酒瓶入れ》クリーヴランド美術館蔵

濃い赤褐色の、木目の大きな板が使われている。

上には白い石の天板がのる。

脚は太く、外へ張り出す形である。

その下に、もう一つ小さな箱形の家具が置かれている。

こちらは蓋が段になり、脚には彫りがある。

館の記録では、上が食器棚で、下が酒瓶入れである。

19世紀の部屋を飾った一組だという。

そして記録は、引き出しの鍵穴に注目させる。

どちらの家具にも、鍵穴が付いている。

高価な銀の食器は食器棚に、葡萄酒は酒瓶入れに、鍵をかけてしまわれた。

つまり酒は、家の中で管理される財産だった。

九点のうち、酒を隠すために作られた物は、この一点だけである。

飲む器でも注ぐ器でもなく、開けさせないための家具である。

木目の美しさは、そのまま中身の値段を語っている。

材はローズウッドの化粧板で、下地には松とポプラを使う。

見えるところに高い木を、見えないところに安い木を。

家具の作りは、そこを正直に分けている。

寸法の欄は空のままで、大きさは記録に書かれていない。

卓の絵で献立が読めるかを数えた前の回では、卓の上ばかりを見た。

酒は、卓の下にも仕舞われていたのである。

居酒屋は、庭のような小屋だった

六点目は、酒を売る場所である。

モスクワの居酒屋
ジャン=バティスト・ル・プランス《モスクワの居酒屋》1773年ごろ。館の記録では、白い簀の目紙にペンと茶インク、筆と茶と灰の淡彩。紙は19.5×24.2センチ。番号は2008.355。クリーヴランド美術館蔵。ジャン=バティスト・ル・プランス《モスクワの居酒屋》クリーヴランド美術館蔵

茶色いインクだけの素描である。

右手に、塔のような高い小屋が立つ。

板と柱で組まれ、屋根には旗のようなものが立つ。

そこから左へ、低い建物と塀が続く。

手前は広い空き地で、人々が小さく散らばっている。

腰を下ろす者、寄り集まって話す者、犬まで描かれている。

木立が、建物の上に大きくかぶさっている。

館の記録では、これは屋外の遊興と飲酒のための、素朴な建物である。

18世紀のフランスでは、遠い異国への関心が絵によく表れた。

トルコや中国のような、宗教も習慣も違う土地が好まれたという。

多くの画家が空想で異国を描いたのに対し、ル・プランスは違った。

1758年から1763年まで、実際にロシアに滞在した。

その見聞をもとに、パリへ戻ってからも描き続けたと記録は書く。

版画の技法にも触れられている。

淡彩の広がりを版で再現するアクアチントを育てた人でもあるという。

酒場の絵というと、屋根の下の暗がりを思い浮かべる。

居酒屋と衛兵所を描き続けた画家の回の、あの暗い部屋である。

ところがこの酒場には、屋根も壁もほとんどない。

空き地と、木立と、櫓のような小屋。

酒を飲む場所は、土地ごとに形が違う。

そして、この紙には酒器が一つも描かれていない。

杯も樽も、豆粒ほどの人の手には見分けられない。

それでも、記録が飲む場所だと書けば、酒の絵になる。

建物の形が、酒場だと告げているのである。

紙の余白には、鉛筆や茶インクの書き込みが何行も残る。

売り立ての番号や、値らしき数字まで並んでいると記録は書く。

素描は、絵の裏にも来歴を貯めていく。

月と、酒と、机の上の筆

七点目は、酒を飲んでいる人である。