作品を知る

食卓の絵で、献立はほとんど読めない——デューラー・ゴッツォリ・コールテほか九点

最後の晩餐から江戸の宴、卓上の静物、実物の卓と食器揃まで九点を並べ、何を食べているか読めるかを試した。宴の絵で献立の読めたものは一点だけ、種類まで分かる食べ物は無人の静物にしかない。食卓の絵が本当に写しているものを、卓の位置と器の中身から数える。

最後の晩餐
アルブレヒト・デューラー《最後の晩餐》クリーヴランド美術館蔵

白い布の上に、何が載っているか

石造りの部屋に、白い布を掛けた食卓がある。

まわりを、十人余りの男たちが囲んでいる。

中央の一人の頭から、細い線が放射状に走る。

卓の上を見る。

大皿が一枚あり、何かの塊が載っている。

丸いパンが一つ。

ガラスの杯が一つ。

右手の卓のふちにも、小さなパンが見える。

手前の床には、大きな水差しと杯。

左端の男は、腰をかがめて器に何かを注いでいる。

最後の晩餐
アルブレヒト・デューラー《最後の晩餐》1510年。館の記録では、木版。紙は40×28.8センチ。番号は1926.112。クリーヴランド美術館蔵。アルブレヒト・デューラー《最後の晩餐》クリーヴランド美術館蔵

中央の人物の頭上には、壁に丸い穴が黒く開いている。

手前右の男は、腰掛けに座り、こちらに背を向けている。

囲む顔は、ささやき合い、問いかけ、うつむく。

卓を囲む場面の緊張が、身ぶりだけで伝わってくる。

キリストと十二人の弟子の、最後の食事である。

西洋でいちばん描かれてきた食卓と言ってよい。

館の記録では、この場面はパンと葡萄酒の儀式の始まりとして読まれてきた。

葡萄酒が注がれるまさにその時に、キリストが自らの運命を告げる。

デューラーは縦長の画面に人を寄せ、その瞬間の近さを彫った、とある。

頭のまわりの光の線は、そのまま外へ延びて、天井の影の線になる。

版画の白黒だからできる芸である。

豆知識の欄は、卓そのものにも触れている。

これは質素で頑丈な、食堂の組み立て式の卓だという。

脚の横木には1510年の年記が彫られている。

豪華な卓なら紋章を飾る場所だ、と記録は付け加える。

家紋の代わりに年号を彫るのは、版画家らしい署名の作法である。

この紙は、クリーヴランドの版画愛好会が1926年に館へ贈った。

会員だったラルフ・キングという人の、追悼の寄贈だとある。

版画で名を成した人の板絵を見た回でも扱った画家である。

さて、この食卓の献立は読めるだろうか。

パンと杯は、はっきり見える。

だが大皿の上の塊が何かは、目を凝らしても決められない。

物語に従えば、祝いの膳の子羊かもしれない。

しかし、版の白黒がそう言っているわけではない。

読めているのは、絵からではなく、物語からである。

そこで、今回の問いが立つ。

食卓の絵から、何を食べているかは読めるのか。

読めないとしたら、食卓の絵はいったい何を写しているのか。

九点を並べて、卓の上を一つずつのぞいてみたい。

なお、九点には絵だけでなく、実物の卓と器も混ぜてある。

絵に描かれた食卓と、現物の食卓を、突き合わせるためである。

饗宴の卓は、遠くにある

次も、名の知られた食事の場面である。

ヘロデの饗宴と洗礼者聖ヨハネの斬首
ベノッツォ・ゴッツォリ《ヘロデの饗宴と洗礼者聖ヨハネの斬首》1461年から62年。館の記録では、テンペラ・ポプラ板。23.8×34.5センチ。番号は1952.2.3。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ベノッツォ・ゴッツォリ《ヘロデの饗宴と洗礼者聖ヨハネの斬首》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

赤い床の広間の右手に、白い布の長い卓が置かれている。

卓の奥に、緑や赤の衣の男たちが肩を並べて立っている。

中央あたりの帽子の男が、この宴のあるじだろう。

青い衣の娘が、床の中央で身をひるがえして踊る。

左の壁の向こうでは、題のとおり、斬首が行われている。

手を合わせてひざまずくのは、洗礼者ヨハネである。

奥の間では、皿に載せられた首が、座る女に差し出される。

祝いの膳と、むごい一皿が、一枚の板の上に同居する。

板の大きさは、縦23.8センチしかない。

大きな祭壇画の下段に並んだ、物語の一こまと考えられる。

天井は格子模様に塗り分けられ、部屋の奥行きを測らせる。

遠近法の稽古台のような、整いすぎた広間である。

その整いが、かえって場面の恐ろしさを引き立てる。

では、卓の上には何があるか。

ガラスの小瓶がいくつか、白い椀が一つ、丸く平たいものが数枚。

平たいものはパンに見えるが、確言はできない。

ここでも、献立は読めない。

卓に着いている人が一人もいない、という点も面白い。

男たちは卓の奥に立ち並び、食べても飲んでもいない。

物語の見せ場は踊りと斬首で、食事は口実にすぎないのである。

宴の絵は、人と部屋を描くのに忙しく、卓の上は後回しになる。

卓が白い布で覆われているのは、デューラーと同じである。

布の白は、ごちそうの印であり、同時に画面の光でもある。

宴に、卓がないことも

三点目は、江戸の宴である。

女郎屋の宴
菱川師宣《女郎屋の宴》1680年ごろ。館の記録では、木版単色摺・紙。25.7×38.6センチ。番号はJP811。メトロポリタン美術館蔵。菱川師宣《女郎屋の宴》メトロポリタン美術館蔵

座敷を斜め上から見下ろす。

男と女が車座になり、真ん中に小さな器が置かれている。

手前の板の間では、扇を持った女が一人、立って踊っている。

右手には、格子の向こうに道具置き場が見える。

前回の台所の回で見た《女郎屋の台所》と対になる一枚である。

収蔵番号は一つ違いで、同じ人の遺贈により、同じ1914年に館へ入った。

台所と座敷、支度と宴が、二枚組で残ったことになる。

墨の線だけの、単色の摺りである。

色を摺り重ねる錦絵より、まだずっと前の作りだ。

師宣は、浮世絵の祖と呼ばれることの多い絵師である。

この宴に、食卓はない。

畳の上に、めいめいの小さな器が直に置かれるだけである。

酒器らしきものはあるが、肴の中身までは線が語らない。

大きな一つの卓を囲む西洋の宴と、器を散らす江戸の宴。

食事の絵の作りが、家具の違いで根本から変わっている。

そして、器の中身はやはり読めない。

線だけの摺りでは、椀の中は白いままである。

色が付いても、中身は読めない

四点目も、江戸の宴である。

ただし、百二十年ほどあとの、色刷りになる。