窯に、委ねる——アメリカの美術陶器
一点物の値段
商売の面も考えたい。一点ずつ違う器は、同じものを補充できない。
だから食器の揃いには向かない。
売れるのは、飾るための器である。花瓶や鉢が多いのは、その事情による。
つまり、作り方が商品の種類を決めている。
署名と、窯印
記録の手がかりも見ておきたい。手工の陶器には、底に印や署名が入ることが多い。
窯の名、作者の頭文字、年号。いずれも小さく刻まれる。
公開画像では、底面が写っていないことが多い。
つまり、最も確実な情報が画像からは読めない。
所蔵館の記録も、印の内容までは書いていない場合がある。
展覧会と、評価
流通についても補いたい。19世紀末の万国博覧会では、各国の工芸が展示された。
そこで賞を受けると、評価と販路が一気に広がる。
つまり、展示は営業の場でもあった。
同じ構造は、別のコラムでも扱った。
賞と評価の関係は、単純ではない。
日本の陶器との関係
参照についても書いておきたい。19世紀後半の欧米では、日本の陶磁器が広く紹介された。
不均一な形、流れる釉、素朴な肌。それらが「新しい」ものとして受け取られた。
つまり、東アジアの器が西洋の実験を後押ししている。
ただし、受け取り方には誤解も含まれる。
型を借りることと、理解することは別である。
使うか、飾るか
用途についても考えたい。薄く挽いた器は、日常には扱いにくい。
縁を潰した鉢には、何を盛るのか。
つまり、実用より造形が優先されている。
その意味で、これらは器の形をした彫刻に近い。
分類の境目は、いつも曖昧である。
誰が作ったのか
最後に、作り手について書いておきたい。窯によって、記録の粒度が違う。
個人の名が残る窯と、会社名だけの窯がある。
一人で轆轤を挽き、焼き、売る作り手もいた。
つまり、同じ「美術陶器」でも制作の体制はさまざまである。
一括りにせず、記録を一点ずつ確かめたい。
土という材料
材料の基礎も確かめておきたい。記録には「陶器」と「炻器」が使い分けられている。
陶器は比較的低い温度で焼き、吸水性が残る。だから釉を掛けて使う。
炻器はより高い温度で焼き、緻密になる。水を通しにくい。
つまり、材料の名前が焼成温度を示している。
同じ形の器でも、材料が違えば性質が違う。
轆轤と、型
成形についても補いたい。轆轤で挽けば、断面は円になる。
型に押し当てれば、円でない形も作れる。
公開分には、両方の方法で作られた器がある。
つまり、手工の窯でも型を使うことがある。
方法の選択は、形と数によって決まる。
底に、印がある
記録の手がかりも見ておきたい。多くの器には、底に印や刻銘がある。
窯の名、作者の頭文字、番号。
しかし公開画像は、たいてい側面からの一枚である。
つまり、底面の情報は画像から得られない。
見えていない部分があることは、いつも意識しておきたい。
収集と、寄託
収蔵の経緯にも触れておきたい。公開分の記録には、寄託を示す番号が含まれる。
つまり、館の所蔵ではなく、個人からの預かりである場合がある。
寄託品は、返還されることもある。
公開されている状態が、恒久的とは限らない。
美術と工芸のあいだ
分類についても書いておきたい。器は道具であり、装飾でもある。
美術館では、工芸や装飾美術の部門に置かれることが多い。
つまり、絵画や彫刻とは別の枠に入る。
その枠組み自体が、19世紀以降に作られたものである。
分類は、作品の性質ではなく制度の産物でもある。
手で作ることの意味
最後に、方法の意味を整理したい。手で作れば、時間がかかる。
失敗も多い。同じものは二つとできない。
その非効率を、価値として売るのが美術陶器である。
つまり、効率の否定が商品になっている。
同じ構造は、現代の手工芸にも続いている。
器の重さと厚み
最後に、手の感覚についても書いておきたい。薄く挽いた器は、持てば軽い。
厚く作った器は、安定するが重い。
つまり、厚みは用途の選択でもある。
公開画像からは、厚みが読み取りにくい。
寸法と形から推測するしかない。実物に触れる機会があれば、そこを確かめたい。
三つの窯の、その後
最後に、窯のたどった道も書いておきたい。手工の窯は、経営が安定しにくい。
一点ずつ作れば、生産量は限られる。
事業として続けるには、量産品と並行するか、
高い値で売れる市場を確保する必要がある。
公開分の三つの窯も、操業の期間はそれぞれ違う。
記録の制作年の幅が、そのまま操業の目安になる。
暮らしへ——手に取って、底を見る
家でできることを、もう一つ書いておきたい。器を手に取ったら、底を見てほしい。
釉の掛かっていない部分がある。そこに土の色が出ている。
赤みのある土か、白い土か。産地によって違う。
そして印や刻銘があれば、作り手が分かる。
側面だけを見ていては、分からない情報がそこにある。
そして、確かめた内容は書き留めておきたい。窯の名と釉の種類は、覚えにくい。
一行の記録が、次に見るときの足場になる。器の名前は、あとから調べ直すのが難しい。
見た日と、印象に残った一点だけでも書いておけば、記憶は戻ってくる。
記録は、あとから読む自分のために残すものである。
細かく書く必要はない。日付と、気づいた一点だけでよい。
そして次に見るときは、その一行から始めればよい。
器は手に取れないことが多い。だからこそ、見た記録が効いてくる。
手元の器と比べてみるのも、有効な方法である。同じ用途の道具なら、差がすぐ分かる。
焼き物は、写真では質感が伝わりにくい。実物に触れる機会があれば、重さと手触りを確かめたい。










