作品を知る

青銅は、いつ作られたのか——ロダン・セント=ゴーデンズ・ルドンほか九点

青銅の上に、金がかぶさる

八点目では、青銅は見えない。

剣の柄
アルベール・エルネスト・カリエ=ベルーズ《剣の柄》1881年から82年。館の記録では、ブロンズ・金。高さ16.5センチ、幅13.2センチ、奥行き11.4センチ。重さ799.5グラム。メトロポリタン美術館蔵。アルベール・エルネスト・カリエ=ベルーズ《剣の柄》メトロポリタン美術館蔵

剣の握りの部分である。

高さ16.5センチ、幅13.2センチ、奥行き11.4センチしかない。

重さは799.5グラムある。

全体が金色に光る。

形は、下へ向かって膨らむ。

表面には、人物が何人も彫られている。

上のほうに、冠をかぶった人物がいる。

その下に、翼のある人物が続く。

さらに下には、横たわる人物がある。

人物のあいだは、渦巻く布と葉で埋まる。

空いている面が、ほとんどない。

面の凹凸は深く、影が濃く落ちる。

光る部分と暗い部分の差が大きい。

いちばん下は、細い柄に接する。

館の記録では、材料はブロンズと金の二つである。

館の札には、人の名が二つ挙がる。

つまり青銅は、金の下にある。

見えているのは金の層だけである。

重さの799.5グラムは、ほとんどが青銅の重さである。

金は、ごく薄い。

厚く付ければ、彫りの細かい線が埋まる。

だから薄くする必要がある。

形を残すことと、色を変えることが、同時に求められている。

九点のうち、青銅が見えないのは、この一点である。

青銅は、題の中にある

最後の一点で、青銅は言葉になる。

彼は青銅の壺を掲げる
オディロン・ルドン《彼は青銅の壺を掲げる》1888年。館の記録では、リトグラフ。画面は27.4×19.6センチ。番号は1927.477.5。クリーヴランド美術館蔵。オディロン・ルドン《彼は青銅の壺を掲げる》クリーヴランド美術館蔵

縦長の版画である。

画面は27.4×19.6センチしかない。

画面の大部分は、黒で埋まっている。

黒は一様ではなく、細かい線が重なる。

中央より左に、白い人物が立つ。

衣が足元まで届き、縦の襞がある。

顔は小さく、表情は分からない。

その右に、もう一人いる。

こちらは暗く、輪郭だけが浮かぶ。

手を高く上げ、何かを掲げる。

掲げているものは、丸い器の形をしている。

画面の上のほうは、白く抜ける。

光が差し込んでいるように見える。

下のほうは、ほとんど真っ黒である。

黒の中に、わずかに濃淡がある。

線を重ねた回数の差である。

館の記録では、この連作は、ある小説から着想を得ている。

作者は、木炭素描のもつ濃い黒さを版画で引き出そうとした。

そして本文の内容そのものより、その暗く想像力に満ちた調子にもとづいて作られた。

架空の怪物や人物が、この世ならぬ場所に置かれ、明暗が激しく変わるという。

館の記録は、そう説明している。

題は、画面の下に刷り込まれた文にもとづく。

つまり青銅の壺は、文の中にある。

版画は、石と紙とインクでできている。

金属は、どこにも使われていない。

掲げられた器も、黒い線で示されるだけである。

形は丸く、口が広い。

それが青銅であることは、題が言っている。

この画家の版画については、輪郭のない花で扱った。

数えてみると

九点を並べ直す。

青銅そのものでできているのは、六点である。

メダル、ドアノッカー、胸像、カリアティード、浮き彫り、立像。

剣の柄も青銅だが、表面は金である。

つまり七点が青銅でできている。

残る二点は、陶と紙である。

もう一つ数える。

九点のうち、作られた年が一つに決まらないのは五点である。

十九世紀に十六世紀の様式で作られたもの。

古代の像の十九世紀の複製。

門のために作られ、独立して何度も鋳られたもの。

二十点ほど作られたうちの一点。

そして原型から十年後に鋳られたもの。

さらに数える。

九点のうち、複数の同じものが存在すると分かるのは三点である。

浮き彫りが二十点、カリアティードが大理石と青銅で複数。

ドアノッカーも、様式を写した作の一つである。

言えることと、言えないこと

言えるのは、青銅が「一点物になりにくい材料だ」ということである。

型を作れば、同じものが何度でも出る。

原型は残るので、後の世紀にも鋳られる。

だから館の記録は、年を二つに分けて書く。

原型の年と、鋳造の年である。

九点のうち二点で、その二つが並んでいた。

言えないのは、複製だから価値が低いという話である。

古代の胸像の複製は、館に入って百年以上たっている。

十九世紀に作られたドアノッカーも、館の所蔵品である。

館の記録は、それが十六世紀のものでないことを明記している。

隠さずに書いたうえで、所蔵している。

複製であることは、材料と作り方の記録である。

記録として残す価値と、原作かどうかは別の話である。

最後に、はじめの一枚へ戻る。

メダルは、そもそも複数作られる物である。

一枚だけのメダルには、意味がない。

配ることが目的だからである。

何枚作られたかは、館の記録に書かれていない。

しかし一枚でなかったことだけは確かである。

青銅が選ばれるのは、そのためでもある。

九点を数え終えて残るのは、同じものが複数あることを引き受けた材料の姿である。

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