美術史・技法

彫るは、深さで語られる——北斎・ギボンズ・ピサーノほか九点

朝
エラスタス・ダウ・パーマー《朝》1850年ごろ。館の記録では、大理石。直径53.3センチ、額を含めて72.5センチ。番号は1977.10.2。クリーヴランド美術館蔵。エラスタス・ダウ・パーマー《》クリーヴランド美術館蔵

円い浮き彫りである。

直径は53.3センチある。

額を含めると72.5センチになる。

額は木で、明るい黄褐色である。

額の内側の縁に、金の線が回る。

中央に、女性の顔がある。

顔は横を向く。

目は開いている。

視線は、やや上を向く。

髪は後ろへ流れ、束になる。

髪には、細い飾りがある。

頭の後ろから、翼が出る。

翼は上へ広がる。

羽根は、細かく彫り分けられる。

顔の下には、雲がある。

雲は丸く、いくつも重なる。

浮き彫りの高さは、低い。

いちばん高いところで、一センチほどに見える。

背景は平らである。

鑿の跡は、どこにも残っていない。

磨いて消してある。

浅い彫りほど、面を整える手数が増える。

館の記録では、この作者は経歴の初めにカメオの肖像を作っていた。

宝石や貝を低い浮き彫りに彫ったものであるという。

そして館は、こう書いている。

朝と夕べを表すこの大理石の繊細な彫りは、おそらく初期のカメオの経験によるという。

館の記録は、そう説明している。

つまり材料が変わっても、彫りの深さは変わらない。

貝は薄いので、深く彫れない。

その制約が、大理石でも続いている。

貝は層になっていて、色が変わる。

大理石は、どこまで彫っても同じ色である。

色の助けがないぶん、影だけで形を出す。

九点のうち、対になる作がもう一点あるのは、この一点である。

彫りの硬さが、年代を決める

最後の一点で、彫りは判断の根拠になる。

ユベール・ロベールの肖像
オーギュスタン・パジュー《ユベール・ロベールの肖像》二十世紀初め。館の記録では、テラコッタ。全体は71×49×27.3センチ。番号は1987.8。クリーヴランド美術館蔵。オーギュスタン・パジュー《ユベール・ロベールの肖像》クリーヴランド美術館蔵

胸から上の像である。

全体は71×49×27.3センチある。

台を除くと54.6センチである。

顔はやや右を向く。

額は広く、髪が後退する。

髪は短く、耳の上で巻く。

目は細く、視線が横へ向く。

鼻は高く、先が丸い。

口は結ばれ、口角が上がる。

頬には、浅い皺がある。

首には、布が巻かれる。

上着は前を開く。

胸元に、襞の寄った布が重なる。

肩の線で、像は切れる。

その下に、円い台がある。

台は褐色で、像より色が濃い。

材の色は、淡い褐色である。

面には、細かい傷がある。

傷は浅く、方向がそろわない。

扱われた跡らしい。

館の記録では、この作品は十九世紀の写しとして発表された。

もとの像は別の都市にあり、写しはいくつも作られたという。

そして館は、その根拠を書いている。

この胸像の彫りがやや硬いこと、そして心理の深さが原作に及ばないことである。

さらに館は、試験について書いている。

焼いた陶の年代を、粘土の小さな試料から決める試験が行われた。

その結果、この作は十九世紀の終わりより前ではありえないと分かった。

二十世紀の作である可能性も十分にあるという。

館の記録は、そう説明している。

つまり彫りの硬さが、まず疑いを生んだ。

そして試験が、それを確かめた。

見た目の判断が先にあり、科学が後から来る。

館の記録は、その順序をそのまま書いている。

そして、この写しは写しの中でも出来のよいほうだという。

否定と評価が、同じ段落に並んでいる。

写しであることと、優れていることは別である。

館の記録は、その二つを切り離して書く。

数えてみると

九点を並べ直す。

彫っている場面は、三点である。

金属を彫る人、木を彫る少年、そして鑿を持つ人。

ただし三点目では、手は止まっている。

彫られた物は、四点である。

象牙の立像、木の房、石の頭部、そして大理石の浮き彫り。

彫りを真似た版画が、一点。

彫りが年代の根拠になるのが、一点である。

もう一つ数える。

九点のうち、彫りの手法が記録で論じられるのは三点である。

穿たれた髭、カメオ由来の浅さ、そして硬い彫り。

三点とも、彫りの深さか固さが問題になっている。

さらに数える。

九点のうち、彫る道具が写るのは三点である。

鏨と槌、刃物、そして鑿。

どれも、手に握られている。

置かれた道具は、九点の中にない。

道具が写るときは、必ず使われている。

言えることと、言えないこと

言えるのは、彫ることが「深さで語られる」ということである。

深く彫れば、影が濃くなる。

浅く彫れば、面が平らに見える。

館の記録は、その深さを様式の証拠にする。

九点のうち三点で、深さが判断の根拠だった。

そして版画は、線の密度でその深さを真似ていた。

言えないのは、彫る場面が動いて見えるという話である。

金属を彫る人は、鏨を当てたまま止まっている。

少年は、刃を像に当てたまま止まっている。

鑿を持つ人は、そもそも手を止めている。

彫ることは、少しずつしか進まない。

その一回分は、絵にすると止まって見える。

動きを描くなら、屑が飛ぶところを描くしかない。

九点のうち、屑が描かれているのは一点だけである。

少年の卓の上に、木屑が散っている。

それが、進んだ量の唯一の証拠である。

屑の量は、少ない。

始めたばかりらしい。

像はまだ、十字の形になったところである。

顔も手も、これから彫られる。

つまり画面は、仕事の始まりを写している。

終わりは、描かれていない。

最後に、はじめの一枚へ戻る。

台の上の物は、親指ほどしかない。

そこに、細い鏨が当てられている。

削られる量は、目に見えないほど小さい。

九点を数え終えて残るのは、その小ささのほうである。

一回で削れる量は、粉ほどしかない。

それを何千回も繰り返す。

織ることと、同じ形の仕事である。

違うのは、足すか減らすかだけである。

織れば布が増え、彫れば材が減る。

どちらも、終わりは作る人が決める。

どこで止めるかが、形になる。

止めた跡は、面に残る。

磨けば、その跡も消える。

九点のうち、鑿の跡が残るのは石の頭部だけである。

穿たれた穴が、そのまま道具の太さを示す。

道具の寸法が、作品に残っている。

錐の直径は、数ミリである。

七百年たっても、その数字は測れる。

形は変わっても、穴は変わらない。

彫った跡だけが、道具を伝える。

道具そのものは、残っていない。

九点のうち、道具が館にあるものは一つもない。

あるのは、道具が作った形だけである。

描かれた道具も、絵の中にしかない。

三点の手が、それを握っている。

握られた道具だけが、絵に残る。

使われていない道具は、描かれない。

RELATEDあわせて読みたい

美術史・技法の記事一覧