銅は、下にある——プラクシテレス・カラッチ・モリゾほか九点
銅の地に、七宝を焼き付ける
八点目も、銅は地である。

菱形に近い形の飾りである。
高さ19.8センチ、幅17センチある。
中央に、円形の七宝板がはまる。
青の地に、玉座の聖母と幼子が描かれる。
聖母の衣は緑と白、幼子は小さく膝の上にいる。
まわりを囲む枠は、金色である。
上下左右の四つの張り出しにも、七宝板がある。
それぞれに、翼のある人物が描かれる。
外側の縁には、丸い石が並ぶ。
石は赤、白、緑と色が異なる。
上には、吊り下げるための環がある。
環は小さく、金色である。
紐を通して、首から下げたらしい。
館の記録では、この飾りはある地域で作られた。
そこは金工、とくに七宝で知られていたという。
中央の板には、玉座の聖母と幼子が描かれる。
周囲の四枚は、徳を表す天使である。
謙遜、処女性、敬虔、慈悲の四つで、それぞれ銘がある。
そして館は、外側の張り出しにある石について書いている。
丸く磨かれた石で、上が丸く底が平らである。
材料は柘榴石、硝子、石英であるという。
館の記録は、そう説明している。
シャンルヴェとは、地金を彫りくぼめる技法である。
くぼみに硝子の粉を詰め、火にかける。
その地金が銅である。
銅はやわらかいので、彫りやすい。
そして熱に耐えるので、硝子を焼き付けても歪みにくい。
七宝の地に選ばれるのは、この二つの性質による。
そして表面には金めっきをかける。
だからここでも、見えているのは金である。
九点のうち、銅が地として隠れているのは、この一点で三点目になる。
三点に共通するのは、銅が平らな板であることである。
彫像だけが、板ではなく立体だった。
板の銅は、上に何かを乗せるためにある。
絵の具、七宝、あるいは針の線。
乗せるものが違うだけで、板の役目は同じである。
銅は、人の呼び名になる
最後の一点で、銅は名前になる。

横長の紙に、楕円の枠が描かれている。
枠の外側は、灰色がかった台紙である。
枠の中は、平らな草原である。
地面は黄土色で、奥へ行くほど薄くなる。
空は白と緑がかった灰色である。
中央に、三人の人物が立つ。
左の人物は、赤い上着に羽根の飾りを付ける。
手には、細長い道具を持つ。
その右には、赤い布をまとった人物がいる。
背には、小さな子どもを負う。
さらに右にも、赤い布の人物が立つ。
足元には、犬らしい小さな影がある。
地平線は低く、画面のほぼ中央にある。
三人の背丈は、画面のごく一部を占めるにすぎない。
空と地面のほうが、はるかに広い。
楕円の枠は、絵の具ではなく紙の縁で作られている。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
題にある銅という語は、この首長の呼び名の一部である。
つまり画面の中に、銅の物はない。
赤い布はあるが、それは布である。
館の記録も、材料の欄に銅を書いていない。
銅は題の中だけにある。
この画家の題の付け方については、二つの名前で扱った。
数えてみると
九点を並べ直す。
銅そのものが赤い色で見えるのは、二点である。
鍔の象嵌と、箱の側面。
彫像では、銅は青銅の中の別の色として差されている。
見えないのは三点で、油彩の支持体、版の板、そして七宝の地である。
一点では、銅は釉の中の色である。
もう一点では、銅は人の呼び名である。
もう一つ数える。
九点のうち、銅の上に別の金属がかぶせてあるのは二点である。
ロケットの枠と、七宝の地。
どちらも金めっきである。
銅は安く、金は高い。
安い金属を土台にして、高い金属を薄くかける。
その順序は、九点のうち二点で共通している。
さらに数える。
九点のうち、館の記録に銅という語が出るのは八点である。
残る一点は、題にだけ出る。
記録の中の銅と、題の中の銅は、別のものである。
記録の銅は、手で触れる材料である。
題の銅は、人を呼ぶための言葉である。
言えることと、言えないこと
言えるのは、銅が「見せる金属ではなく、支える金属になりやすい」ということである。
やわらかいので、彫れるし、延びるし、削れる。
だから針も入るし、彫りくぼめもできる。
そして目が詰まっているので、絵の具の下地にもなる。
九点のうち五点で、銅は表面ではなく下にあった。
言えないのは、銅がつねに赤いという話である。
釉の中では、焼き方によって赤にも紫にもなった。
青銅の中では、錫の割合で色が変わる。
そして緑青が出れば、緑になる。
彫像の表面が緑なのは、そのためである。
つまり銅の色は、一つに定まらない。
赤、緑、紫、そして合金になれば黄色。
同じ金属が、条件しだいで別の色に見える。
最後に、はじめの一枚へ戻る。
鉄の輪の中で、銅は二つの小さな片でしかない。
面積で言えば、全体の一割に満たない。
しかし目は、まずそこへ行く。
黒い鉄の中で、赤いものが一つだけ光っている。
銅の役目は、量ではなく位置で決まっている。
九点を通しても、同じことが言える。
面積の大きい銅ほど、見えないところにあった。
見える銅は、いつも小さかった。
鍔の二つの片が、その端にある。
合わせても一センチに満たない赤が、九点の入口になった。









