画家を知る

描くに値するものは、誰が決めるのか——ギュスターヴ・クールベ

大画面の挑発と、小さな海

ここで、一つの疑問が出てくる。

《グレゴワール小母さん》のような挑発的な大作と、《凪いだ海》のような静かな小品。同じ画家の仕事として、どうつながるのか。

私は、つながっていると考えたい。

どちらも「目の前にあるものを、そのまま画面にする」という同じ態度から出ている。

大作では、その対象がたまたま社会的に低いとされる人物だった。だから挑発になった。

海の絵では、対象が海だった。海には身分が無いので、挑発にならない。

態度は同じで、対象が違うだけである。

政治と、その代償

彼の経歴で避けて通れないのが、1871年のことである。

普仏戦争のあと、パリで市民の自治政府が短期間成立した。パリ・コミューンである。

クールベはそこで美術関係の役職に就いた。芸術家の組合を作り、美術館の保護を訴えている。

問題になったのは、ヴァンドーム広場に立っていた記念柱の解体である。

この柱はナポレオン一世の戦勝を記念するもので、コミューンによって倒された。

クールベは以前から柱の撤去を主張していた。そのため、倒壊の責任者と見なされた。

コミューンが鎮圧されたあと、彼は逮捕され、数か月の禁錮刑を受ける。

さらにその後、柱の再建費用の支払いを命じられた。とうてい払える額ではない。

1873年、彼はスイスへ亡命した。そして1877年、帰国できないまま現地で没している。五十八歳だった。

川と岩
ギュスターヴ・クールベ《川と岩》1873〜1877年。油彩・画布。縦49.8センチ、横60.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。ギュスターヴ・クールベ《川と岩》メトロポリタン美術館蔵

年記が亡命の期間と重なる一枚である。

切り立った岩壁が両側から迫り、その底を細い流れが通っている。

岩は灰色で、面の割れ目に暗い影が入る。上部と斜面に緑の茂み。

水は暗い緑で、動きがほとんど見えない。

空は左上のわずかな隙間にしかない。

大画面で世に挑んだ画家の晩年に、こういう狭い画面が並ぶ。

主題の大きさと、画面の大きさは、必ずしも一致しない。

主張は、値段を持つ

この経緯から、ひとつのことが分かる。

主張には代償がある。

彼は生涯にわたって挑発を続けた。それは名声を生み、同時に敵も作った。

コミューンへの関与は、政治的な信念からのものだっただろう。だがその立場は、彼が長年演じてきた「反抗する画家」という役柄と地続きでもある。

役柄が、最後に現実の判決を呼び込んだ。

もちろん、これは後から見た整理である。当人にとっては、その都度の選択の積み重ねだったはずだ。

見立て——描くに値するものは、誰が決めるのか

ここからは書き手の見方である。

クールベの仕事を、私は「主題の許可証を書き換えた」と読みたい。

それ以前、何を大画面で描いてよいかは、事実上決まっていた。歴史、神話、聖書、王侯。

その順序は、絵画の分野の序列として制度化されていた。静物画が末席に置かれていたことは別のコラムで扱っている。

クールベはその序列を、正面から無視した。村の葬式を歴史画の大きさで描き、酒場の女主人を等身大で描いた。

技法を変えたのではない。寸法という制度を使って、主題の格を書き換えた

これは思いつくのは簡単だが、実行するには度胸が要る。落選し、嘲笑され、政治的な敵を作る。

その代償を、彼は実際に払っている。

ただし、擁護しすぎるのも公平ではない。

彼には自己宣伝の才があり、挑発が商売として機能することも承知していたはずである。自前の小屋で入場料を取ったのは、抗議であると同時に興行でもあった。

信念と商売は、たいてい混ざっている。どちらか一方に還元しないほうがよい。

見せられない絵も、描いていた

もうひとつ、触れておくべきことがある。

彼は、公の場に出せない絵も注文で描いている。個人の収集家のための、きわめて露骨な主題の作品である。

そうした作品は長く人目に触れず、二十世紀の後半になってから公開された。

当サイトでは扱わない。ただ、「見たものを描く」という主張が、こういう領域まで及んでいたことは記しておきたい。

主張は、都合のよいところだけで止まらない。

「見たものを描く」という原則は、それ自体では善でも悪でもない。何を見に行くかで、行き先が変わる。

彼の場合、その原則は村の葬式にも、労働者にも、海にも向かったし、私的な注文にも向かった。

原則の一貫性と、作品の質や妥当性は、別の問題である。

暮らしへ——「絵になる」を疑ってみる

最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。

写真を撮るとき、私たちは無意識に「絵になるもの」を選んでいる。

きれいな空、整った料理、良い表情。選ばれなかったものは、画面に入らない。

その選別の基準は、どこから来ているのか。

クールベがやったのは、その基準を疑うことだった。死んだ野兎も、名所でない谷も、太った女主人も、彼にとっては同じ資格を持っていた。

一度、意識して「絵にならないもの」を撮ってみるとよい。

配線の束、雨上がりの駐車場、洗い物の途中の流し。

たいていは失敗する。だが、ときどき妙に良いものが撮れる。そのとき、自分の基準が少し動いている。

飾る絵を選ぶときも同じだ。万人受けする一枚より、なぜか気になる一枚のほうが、長く飽きない。

飾る場所と光についてはこちらのコラムで扱っている。クールベの暗い風景は、光の入る場所に掛けたほうがよい。絵具の凹凸が、斜めの光でよく見える。

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