画家を知る

同じ景色が、二つある——クロプシーの大小

産業が、風景に入ってくる

内容に注目したい。左奥の煙は、工場のものである。

つまり自然の風景の中に、産業の設備が描かれている。

19世紀後半のアメリカでは、風景の中に鉄道や工場が入り込む。

それを描くか、避けるかは、画家の選択である。

この一点では、避けずに描いている。ただし遠景に置き、主役にはしていない。

素描の帖

紙の作品も見ておきたい。

人物のいる村の広場、スコットランドのドゥーン(クロプシー・アルバムより)
ジャスパー・フランシス・クロプシー《人物のいる村の広場、スコットランドのドゥーン(クロプシー・アルバムより)》1847年。オフホワイトのブリストル紙に黒鉛。縦15.2センチ、横21.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジャスパー・フランシス・クロプシー《人物のいる村の広場、スコットランドのドゥーン(クロプシー・アルバムより)》メトロポリタン美術館蔵

小さな素描である。縦15.2センチ、横21.6センチ。

建物が密集している。切妻の屋根、階段、煙突が重なる。

線は細く、鉛筆だけで描かれている。窓の桟まで引かれている。

手前に人物が数人と、荷車が一台。

右下に文字がある。地名と日付らしきものが読める。

つまり、旅の途中で描かれた記録である。

日付が、旅程を示す

日付にも注目したい。この一点には、1847年7月の日付が書かれている。

同じアルバムの別の頁には、1849年、1853年の年記がある。

つまり、複数年にわたる旅の記録がまとまっている。

日付と地名を書き添える意味は、
別のコラムでも扱った。

暗い紙に、白を置く

材料の工夫も見ておきたい。

スキアーヴィの塔、ローマ近郊の平原(クロプシー・アルバムより)
ジャスパー・フランシス・クロプシー《スキアーヴィの塔、ローマ近郊の平原(クロプシー・アルバムより)》1853年。濃い淡黄色の紙に黒鉛、白のグワッシュ、褐色と灰色のインク淡彩。メトロポリタン美術館蔵。ジャスパー・フランシス・クロプシー《スキアーヴィの塔、ローマ近郊の平原(クロプシー・アルバムより)》メトロポリタン美術館蔵

古代の建造物の遺構が、画面の中央に立つ。

円筒形の壁が崩れ、内部の空洞が見える。

その周りに人と動物が小さく描かれる。牛を追う人がいる。

右上に月が出ている。小さな円で、周囲がわずかに明るい。

紙の色は濃い淡黄色である。その上に、白いグワッシュで明るい部分が置かれる。

つまり、紙の色を中間の明るさとして使っている。

三色で、立体を作る

技法を整理したい。暗い紙に、黒鉛で影を描く。

そして白い絵具で光を置く。紙の色は、そのまま中間になる。

三つの明るさで立体が作れる。中間色を毎回作る必要がない。

同じ方法は、別のコラムでも扱った。

旅先の素描では、この方法が効率的である。

インクの素描

もう一点、紙の作品を見たい。

木と遠くの村のある風景(クロプシー・アルバムより)
ジャスパー・フランシス・クロプシー《木と遠くの村のある風景(クロプシー・アルバムより)》1847年。ペンと没食子インク、白のグワッシュ、黒鉛。メトロポリタン美術館蔵。ジャスパー・フランシス・クロプシー《木と遠くの村のある風景(クロプシー・アルバムより)》メトロポリタン美術館蔵

大きな木が一本、画面の右を占める。

葉は細かい線の集合で描かれる。輪郭を引き、内部を斜線で埋める。

幹は太く、樹皮の割れ目まで描かれる。

左には草地が広がり、遠くに村の建物が小さく見える。

空には鳥が数羽、点で示される。

つまり、鉛筆ではなくインクで描かれている。

版画の訓練が、線に出る

線の性質にも触れておきたい。インクの線は、消せない。

だから、引く前に形を決める必要がある。

この画家は、若い頃に建築の製図を学んだと伝えられる。

建物の線が正確なのは、その訓練と無関係ではないだろう。

ただし、経歴と作風を直結させるのは慎重にしたい。

薄い素描もある

もう一点、対照的な紙を見たい。

風景(クロプシー・アルバムより)
ジャスパー・フランシス・クロプシー《風景(クロプシー・アルバムより)》1849年。濃い淡黄色の織紙に黒鉛。縦10.5センチ、横14.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジャスパー・フランシス・クロプシー《風景(クロプシー・アルバムより)》メトロポリタン美術館蔵

きわめて小さい。縦10.5センチ、横14.4センチ。

線は薄く、輪郭だけである。丘の稜線と、木立の塊が示される。

細部は描かれていない。紙の大部分は空白である。

つまり、形を素早く取った段階で止まっている。

同じアルバムに、詳細な素描と粗い素描が混在している。

アルバムという形式

まとまり方についても書いておきたい。公開分の紙作品には、
「クロプシー・アルバムより」と題名に入るものが複数ある。

つまり、素描が一冊にまとめられていた。

紙が綴じられていれば、散逸しにくい。制作年も並びで分かる。

綴じられていることが記録を守る点は、
別のコラムでも扱った。

見立て——同じ構図を、二度描く理由

ここまでを整理したい。小さな画面で構図を決め、大きな画面で仕上げる。

この二段階には、実務上の理由がある。

大画面は費用も時間もかかる。失敗すれば損失が大きい。

だから、先に小さく試す。注文主に見せて確認することもできる。

つまり二点の関係は、制作の慎重さの表れである。

小さいほうも、作品である

もう一点、補っておきたい。準備の一点も、完成した絵として成立している。

署名があり、細部も仕上げられている。

つまり「習作」と「完成作」を、はっきり分けられない場合がある。

その曖昧さは、別のコラムでも扱った。

二十点の内訳

公開分の構成も確かめておきたい。20点のうち、油彩が数点、
水彩が一点、残りはアルバムの素描である。

制作年は1847年から1890年に及ぶ。四十年以上の幅がある。

つまり、旅の素描から晩年の水彩まで、活動の全体が薄く含まれている。

暮らしへ——小さく試してから、大きく作る

家でできることを書いておきたい。何かを大きく作る前に、小さく試してみる。

写真なら、まず小さく印刷して壁に貼る。

大きさが変われば、印象は変わる。小さいうちに気づけば、やり直しが軽い。

クロプシーが二枚描いた理由も、そこにある。