画家を知る

彫って、描いて——A・B・デュランドの三つの職

線が、彫版に似ている

線の性質を見たい。この素描では、細い線が並んで陰影を作る。

面を塗るのではなく、線の密度で暗さを表す。

これは、エングレーヴィングの方法に近い。

つまり、最初の職業で身につけた手つきが、素描に残っている。

技術は職業を変えても残る。

森の内部を描く

素描と対応する油彩を見たい。

森の中で
アッシャー・ブラウン・デュランド《森の中で》1855年。油彩・画布。縦154.3センチ、横121.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。アッシャー・ブラウン・デュランド《森の中で》メトロポリタン美術館蔵

縦の大画面である。縦154.3センチ、横121.9センチ。

森の内部が描かれる。左右に太い木が立ち、上部で枝が交わる。

奥に光が差し、細い道が続く。

手前には倒木があり、苔と羊歯が生える。

地面は暗く、水たまりが光を映す。

つまり、見晴らしのない場所を主題にしている。

見晴らしを、捨てる

主題の選択を考えたい。眺めのよい場所を描けば、広がりが出る。

しかし森の中では、視界は数十メートルで閉じる。

その閉じた空間を、あえて大きな画面で描いている。

つまり、遠景ではなく近景を主題にする選択である。

もう一点、森の内部

同じ系統の作品を見たい。

朝の光の森
アッシャー・ブラウン・デュランド《朝の光の森》1855年ごろ。油彩・画布。縦61.5センチ、横46.2センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アッシャー・ブラウン・デュランド《朝の光の森》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらは小さい。縦61.5センチ、横46.2センチ。

構成は似ている。左右に木が立ち、奥に光が差す。

幹には苔が付き、緑がかって見える。

手前の地面には枯枝と落葉が重なる。

つまり、同じ主題を大小で作っている。

大画面と小品の関係は、別のコラムでも扱った。

広い眺めも、描いている

主題の幅も見ておきたい。

ニュージャージーから見たニューヨークの眺め
アッシャー・ブラウン・デュランド《ニュージャージーから見たニューヨークの眺め》1850年ごろ。油彩・画布。縦38.1センチ、横68.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。アッシャー・ブラウン・デュランド《ニュージャージーから見たニューヨークの眺め》メトロポリタン美術館蔵

横長の画面である。縦38.1センチ、横68.8センチ。

手前に岩と草地があり、右に細い木が数本立つ。

その先に、広い平地と水面が霞む。遠くに都市の輪郭がわずかに見える。

空は画面の半分以上を占める。雲が薄く広がる。

この一点の公開画像は白黒である。色は分からない。

つまり、森の内部とは正反対の構図である。

晩年の一点

年代の幅も見たい。

夏の午後
アッシャー・ブラウン・デュランド《夏の午後》1865年。油彩・画布。縦57.2センチ、横88.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。アッシャー・ブラウン・デュランド《夏の午後》メトロポリタン美術館蔵

横長の画面である。縦57.2センチ、横88.9センチ。

中央に川が広がり、水面が光る。

右に木立があり、その手前の草地に牛が数頭いる。

左には低い岸が続き、遠くに水平線が見える。

空には夕方の光が差す。太陽が雲の切れ間に見える。

つまり、穏やかな農地の風景である。

三つの仕事を、並べる

ここで整理したい。1833年の版画、1835年の肖像、1845年以降の風景。

つまり十年ごとに、仕事の中心が移っている。

版画は注文に応じて図を写す仕事である。肖像も注文仕事である。

風景画は、自分で主題を選べる。

職を変えられた理由

移行の条件も考えたい。版画で名を得れば、収入の基盤ができる。

肖像で顧客を得れば、注文が続く。

そのうえで風景に移るなら、生活の不安は小さい。

つまり、順番には意味がある。

売れる仕事と描きたい主題の関係は、
別のコラムでも扱った。

教室の紙に、戻る

最初の紙をもう一度見たい。名簿には、複数の画家の名が並ぶ。

そのうちの一つは、この作者自身の姓である。

つまり、主催者ではなく参加者の一人として記載されている。

画家たちが横に並んで学ぶ場が、当時のニューヨークにあった。

その事実が、小さな紙一枚に残っている。

記録は、作品でなくてもよい

資料の価値についても書いておきたい。この紙は、鑑賞のための作品ではない。

しかし、収蔵され、公開されている。

もし捨てられていれば、教室の費用も、参加者の名も分からなかった。

つまり、何を残すかの判断が、あとの理解を決める。

二十四点の内訳

公開分の構成も確かめておきたい。24点のうち、風景画が中心である。

肖像が数点、版画が一点、画帖の頁が数点含まれる。

制作年は1830年代から1860年代に及ぶ。三十年以上の幅である。

つまり、三つの職の時期が、いずれも含まれている。

大画面と、小品

寸法も整理したい。森の大画面は縦150センチを超える。

一方、素描は縦35センチ、教室の紙は縦11.7センチである。

つまり、面積では百倍以上の差がある。

大きな絵の背後に、小さな紙が積み重なっている。

見立て——技術は、職を変えても残る

ここまでを整理したい。版画の訓練は、線で陰影を作る技術である。

その技術は、素描にそのまま現れる。

そして素描で得た観察が、森の油彩を支える。

つまり、三つの職はつながっている。転職ではなく、積み重ねである。

何を主題に選ぶか

もう一点、書いておきたい。この画家は、名所ではなく森の中を選んだ。

眺めのよい場所ではなく、木の根元を選んだ。

つまり、主題の選択そのものが方針である。

名所ではない場所を描く選択については、
別のコラムでも扱った。

暮らしへ——木を一本、描いてみる

家でできることを書いておきたい。近所の木を一本選び、根元だけを描いてみる。

葉も枝も入れない。地面から一メートルの範囲だけを見る。

すると、樹皮の模様や根の形が見えてくる。

デュランドの素描がしていたのは、その観察である。