羽根は、頭へ行く——ホワイト・コーツ・デューラーほか九点
羽根が、遠い土地のしるしになる
八点目では、羽根は記号である。

小さな磁器の像である。
全体は24.6×18.9×16.9センチしかない。
二人の人物が、絡み合って立つ。
左の人物は、白い肌である。
頭に、金の冠をかぶる。
手には、丸い球を持つ。
腰には、紫の布を巻く。
右の人物は、褐色の肌である。
頭に、羽根の飾りを付ける。
羽根は放射状に立つ。
色は赤と黄である。
腰には、赤と金の布を巻く。
足元には、弓と矢がある。
台は、緑と金の岩の形である。
岩の上には、小さな花が付く。
花は白と桃色である。
館の記録では、この種の像は、植民地の拡大から利を得た裕福な商人が集めることが多かった。
食卓の凝った飾りの一部として、富と世界への支配を示すために置かれたという。
そして館は、こう続けている。
ここでは、一方が球を持ち冠をかぶり、世界の女王として表される。
それは、ほかの大陸に対する優位を示している。
もう一方は羽根を身につけ、足元に弓と矢がある。
この表し方は、遠い土地についての、まったく想像上の理解を示しているという。
館の記録は、そう説明している。
つまり羽根は、ここでは記号として使われている。
館の記録は、その記号が想像の産物だと明記している。
羽根の形も、色も、実際のものではない。
作り手は、その土地を見ていない。
記号だけが、先に伝わっていた。
館の記録が、それを断っている。
断らなければ、記号は記録として読まれてしまう。
書き方が、読み方を変える。
羽根が、人の名になる
最後の一点で、羽根は呼び名である。

縦長の小さな肖像である。
32×24.9センチしかない。
胸から上が描かれる。
体は正面を向き、顔もこちらを向く。
顔の下半分は、赤く塗られている。
髪は黒く、後ろでまとめられる。
頭には、羽根の飾りが立つ。
羽根は幅が広く、先が黒い。
根元は白く、そこに赤い房が付く。
飾りは頭の後ろへ、扇のように広がる。
衣は、淡い黄褐色の皮である。
胸には、細かい飾りが縦に並ぶ。
腕は前で組まれる。
背景は暗い褐色である。
背景には、何も描かれていない。
人物だけを見せるための地である。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
題は、名を音で写し、続けて意味を添えている。
意味のほうに、赤い羽根飾りという語が入る。
つまり画面の飾りが、そのまま名になっている。
九点のうち、題と画面が一致しているのは、この一点である。
ほかの八点では、題と画面がずれる。
題にあって見えないもの、画面にあって題にないもの。
羽根は、そのどちらにもなる。
形がはっきりしているので、題に選ばれやすい。
しかし面積は、いつも小さい。
数えてみると
九点を並べ直す。
羽根が身につけられているのは、四点である。
髪の白い羽根、被り物の飾り、磁器の像、そして肖像の飾り。
羽根が手に持たれているのが、一点。
鳥の尾として描かれているのが、一点。
翼の一部が、一点。
遊びの道具が、一点。
題にあって見つけにくいものが、一点である。
もう一つ数える。
九点のうち、羽根が頭にあるのは四点である。
手にあるのは一点、道具が一点。
つまり羽根は、頭に付けられることが多い。
軽いので、頭でも重くならない。
さらに数える。
九点のうち、羽根が白いのは二点である。
色が付いているのは三点、墨だけが一点。
写真の一点は、灰色である。
残る二点では、羽根の色が分からない。
木版の一点と、題だけの一点である。
言えることと、言えないこと
言えるのは、羽根が「軽さゆえに頭へ行く材料だ」ということである。
金属や石なら、頭に載せると重い。
羽根は、風で揺れるほど軽い。
そして高さが出る。
一本で、頭の高さの半分ほど伸びる。
同じ高さを金属で作れば、首が痛む。
背を高く見せるには、都合がよい。
九点のうち四点で、羽根は頭にあった。
手に持たれた一点を加えれば、五点になる。
どれも、体の上の高い位置である。
足元にある羽根は、九点の中にない。
落ちた羽根も、描かれていない。
言えないのは、羽根が飾りにすぎないという話である。
翼の羽根には、遠征の名が書かれていた。
磁器の像では、遠い土地のしるしになっていた。
そして一点では、人の名そのものだった。
軽い材料が、重い意味を負っている。
そして意味は、材料の性質から来ていない。
付けた人の側から来ている。
羽根は、その意味をただ載せている。
載せられる側に、選ぶ力はない。
軽いものほど、何でも載せられる。
九点を通して、羽根は運ばれ続けていた。
鳥から人へ、人から絵へ。
そのたびに、意味が付け替えられている。
羽根そのものは、何も変わっていない。
最後に、はじめの一枚へ戻る。
女性の手の中で、孔雀の羽根が立っている。
写真は灰色だけでできている。
だから、あの青緑は写らない。
館の記録も、色に触れていない。
九点を数え終えて残るのは、写らなかった色のほうである。
孔雀の青緑は、顔料ではない。
羽根の構造が、光を分けて作る色である。
だから、削っても色は取れない。
粉にすれば、褐色になる。
写真も、絵の具も、その色を持てない。









