作品を知る

指すのは、犬である——プラクシテレス・ティエポロ・バリーほか九点

何かを握ったまま折れた青銅の手、引き伸ばされた聖職者の指、そして指を持たない猟犬。指の九点を数えると、人の指が写るのは四点だけで、三点は犬、二点は水指という器の名だった。触れずに届かせるために、指は一本だけ伸びる。

クリーヴランドのアポロン(蜥蜴を殺すアポロン)の分離した左前腕と手
プラクシテレス《クリーヴランドのアポロン(蜥蜴を殺すアポロン)の分離した左前腕と手》クリーヴランド美術館蔵

手首の上で、折れている

青銅の断片である。

全体で25.9×8.8×8.7センチ。

左の前腕と、手がある。

腕は、手首のかなり上で切れている。

切り口は、ぎざぎざである。

折れた面が、そのまま残っている。

表面は、緑がかっている。

土に埋まっていた色である。

ところどころ、地の金色が出る。

手は、軽く握る形をしている。

親指は、人差し指のほうへ寄る。

四本の指は、ゆるく曲がる。

指先は、手のひらに触れていない。

指と手のひらのあいだに、隙間がある。

爪が、一本ずつ彫られている。

爪の根もとの半月まで、かたちが出ている。

手のひらの皺も、彫られている。

関節の膨らみが、ある。

腕の筋は、細く隆起する。

クリーヴランドのアポロン(蜥蜴を殺すアポロン)の分離した左前腕と手
プラクシテレス《クリーヴランドのアポロンの分離した左前腕と手》紀元前350年から200年のあいだ。館の記録では、青銅に銅と石の象嵌。全体で25.9×8.8×8.7センチ。番号は2004.30.b。クリーヴランド美術館蔵。プラクシテレス《クリーヴランドのアポロン(蜥蜴を殺すアポロン)の分離した左前腕と手》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この隙間について書いている。

指と親指の位置から、何かを握っていたと考えられる。

おそらく、細い木の枝である。

その木は、いまはない。

つまり、握られていたものが失われて、握る形だけが残った。

前の回では、体のない手を見た。

ここでは、握るものを失った指がある。

指は、何かに触れることで意味が決まる。

触れる相手がなくなると、指は形だけになる。

形だけになった指は、それでも何かを待っている。

待っている姿勢が、そのまま残っている。

青銅は、姿勢を長く保つ材料である。

材料については、青銅は、混ぜてできているで扱った。

それでも館は、その形から相手を推測する。

指の開き具合が、枝の太さを示している。

指は、失われたものの寸法を保存している。

館はこれを、クリーヴランドのアポロンの一部とする。

蜥蜴を殺すアポロン、または大蛇を殺すアポロンと呼ばれる像である。

腕は、手首のずっと上で本体から離れた。

離れた腕のほうが、先に見つかることもある。

指が、細く長く伸ばされる

油彩の肖像である。

額を外した寸法は140.4×108センチ。

等身よりやや小さい。

男が一人、立っている。

黒い帽子をかぶる。

顔は、細長い。

髭は、短く刈られている。

首に、白い襟が立つ。

上半身は、白い薄物に覆われる。

その上に、黒い外套を羽織る。

外套の裏は、赤い。

赤い帯が、胸から斜めに下りる。

右手は、腰の高さで小さな本を持つ。

本の表紙に、字が見える。

左手は、体の脇に垂れている。

その手の指が、異様に長い。

四本の指が、ほとんど平行に伸びる。

第一関節で、わずかに曲がる。

指のあいだは、ほとんど開いていない。

手の甲に、骨の筋が浮く。

爪は、小さく丸い。

高位聖職者の肖像
ジローラモ・ダ・カルピ《高位聖職者の肖像》一五〇〇年代なかば。館の記録では、油彩・カンヴァス。額を外して140.4×108センチ。番号は1947.210。クリーヴランド美術館蔵。ジローラモ・ダ・カルピ《高位聖職者の肖像》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この指を様式として説明する。

この画家は、フェラーラの宮廷で働いた。

イタリアのマニエリスムの影響を受けている。

その特徴は、優美さと知的な作為である。

衣の流れる曲線に、それが出ている。

そして、繊細で引き伸ばされた指にも出ている。

つまり館は、指の長さを描き方の問題として扱う。

この人物の指が長かった、とは書いていない。

肖像は、似ていることを求められる。

しかし、どこまで似せるかは決まっていない。

顔は似せ、指は様式に合わせる。

そういう分業が、この一枚には見える。

前の一点では、指は寸法の記録だった。

ここでは、指は様式の記録である。

同じ指でも、何を記録しているかが違う。

衣の見分けで、館はこの人物を高位聖職者だとする。

黒い外套の裏は赤く、下に薄い白衣を着ている。

その組み合わせが、位を示す。

顔よりも、衣と指のほうが多くを語っている。

衣の見分け方については、身支度は、後ろから描かれるで扱った。

指されて、次の王になる

細密画である。

紙の寸法は12.9×9.7センチ。

上が丸く、下が四角い。

窓の形をしている。

画面の右に、玉座がある。

老人が座る。

冠をかぶり、白い髭がある。

ローマ皇帝クラウディウスである。

その前に、若い男が膝をつく。

こちらは冠をかぶらない。

ネロである。

老人は、右手を前へ出す。

人差し指が、若い男のほうを向く。

左には、人が十人ほど立つ。

青と緑の衣が並ぶ。

奥には、金の文様の壁がある。

床は、緑と白の市松である。

天井は、青く塗られる。

『歴史の鏡』の細密画:クラウディウスがネロを後継者に指名する
ジュヴネル・デ・ジュルサンの画家《クラウディウスがネロを後継者に指名する》一四四七年から六〇年のあいだ。館の記録では、インク・テンペラ・金・犢皮紙。紙の寸法は12.9×9.7センチ。番号は1987.4。クリーヴランド美術館蔵。『歴史の鏡』の細密画:クラウディウスがネロを後継者に指名する》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この場面の出どころを書く。

十三世紀の修道士が書いた『歴史の鏡』である。

天地創造から著者の時代までを扱う。

ここでは、皇帝が後継者を定めている。

ネロは、大甥であり、養子でもあった。

館はさらに、古代の出来事なのに服装が当時のものだと書く。

十五世紀のフランスの衣で、ローマ人が描かれている。

日本語の題は「指名する」である。

名を指す、と書く。

しかし画面では、名は聞こえない。

見えるのは、伸ばされた人差し指だけである。

指が、言葉の代わりをしている。

この場面は、口で言えば一行で済む。

お前を後継者にする、と言えばよい。

しかし絵は、声を写せない。

写せるのは、口の開き方と指の向きだけである。

画家は、指のほうを選んだ。

これが、この九点の中心にある事柄である。

指は、触れずに何かを決められる。

触れてしまえば、それは押すか掴むかになる。

離れているから、選ぶという意味になる。

距離が、意味を作っている。