指すのは、犬である——プラクシテレス・ティエポロ・バリーほか九点
何かを握ったまま折れた青銅の手、引き伸ばされた聖職者の指、そして指を持たない猟犬。指の九点を数えると、人の指が写るのは四点だけで、三点は犬、二点は水指という器の名だった。触れずに届かせるために、指は一本だけ伸びる。

手首の上で、折れている
青銅の断片である。
全体で25.9×8.8×8.7センチ。
左の前腕と、手がある。
腕は、手首のかなり上で切れている。
切り口は、ぎざぎざである。
折れた面が、そのまま残っている。
表面は、緑がかっている。
土に埋まっていた色である。
ところどころ、地の金色が出る。
手は、軽く握る形をしている。
親指は、人差し指のほうへ寄る。
四本の指は、ゆるく曲がる。
指先は、手のひらに触れていない。
指と手のひらのあいだに、隙間がある。
爪が、一本ずつ彫られている。
爪の根もとの半月まで、かたちが出ている。
手のひらの皺も、彫られている。
関節の膨らみが、ある。
腕の筋は、細く隆起する。

館の説明は、この隙間について書いている。
指と親指の位置から、何かを握っていたと考えられる。
おそらく、細い木の枝である。
その木は、いまはない。
つまり、握られていたものが失われて、握る形だけが残った。
前の回では、体のない手を見た。
ここでは、握るものを失った指がある。
指は、何かに触れることで意味が決まる。
触れる相手がなくなると、指は形だけになる。
形だけになった指は、それでも何かを待っている。
待っている姿勢が、そのまま残っている。
青銅は、姿勢を長く保つ材料である。
材料については、青銅は、混ぜてできているで扱った。
それでも館は、その形から相手を推測する。
指の開き具合が、枝の太さを示している。
指は、失われたものの寸法を保存している。
館はこれを、クリーヴランドのアポロンの一部とする。
蜥蜴を殺すアポロン、または大蛇を殺すアポロンと呼ばれる像である。
腕は、手首のずっと上で本体から離れた。
離れた腕のほうが、先に見つかることもある。
指が、細く長く伸ばされる
油彩の肖像である。
額を外した寸法は140.4×108センチ。
等身よりやや小さい。
男が一人、立っている。
黒い帽子をかぶる。
顔は、細長い。
髭は、短く刈られている。
首に、白い襟が立つ。
上半身は、白い薄物に覆われる。
その上に、黒い外套を羽織る。
外套の裏は、赤い。
赤い帯が、胸から斜めに下りる。
右手は、腰の高さで小さな本を持つ。
本の表紙に、字が見える。
左手は、体の脇に垂れている。
その手の指が、異様に長い。
四本の指が、ほとんど平行に伸びる。
第一関節で、わずかに曲がる。
指のあいだは、ほとんど開いていない。
手の甲に、骨の筋が浮く。
爪は、小さく丸い。

館の説明は、この指を様式として説明する。
この画家は、フェラーラの宮廷で働いた。
イタリアのマニエリスムの影響を受けている。
その特徴は、優美さと知的な作為である。
衣の流れる曲線に、それが出ている。
そして、繊細で引き伸ばされた指にも出ている。
つまり館は、指の長さを描き方の問題として扱う。
この人物の指が長かった、とは書いていない。
肖像は、似ていることを求められる。
しかし、どこまで似せるかは決まっていない。
顔は似せ、指は様式に合わせる。
そういう分業が、この一枚には見える。
前の一点では、指は寸法の記録だった。
ここでは、指は様式の記録である。
同じ指でも、何を記録しているかが違う。
衣の見分けで、館はこの人物を高位聖職者だとする。
黒い外套の裏は赤く、下に薄い白衣を着ている。
その組み合わせが、位を示す。
顔よりも、衣と指のほうが多くを語っている。
衣の見分け方については、身支度は、後ろから描かれるで扱った。
指されて、次の王になる
細密画である。
紙の寸法は12.9×9.7センチ。
上が丸く、下が四角い。
窓の形をしている。
画面の右に、玉座がある。
老人が座る。
冠をかぶり、白い髭がある。
ローマ皇帝クラウディウスである。
その前に、若い男が膝をつく。
こちらは冠をかぶらない。
ネロである。
老人は、右手を前へ出す。
人差し指が、若い男のほうを向く。
左には、人が十人ほど立つ。
青と緑の衣が並ぶ。
奥には、金の文様の壁がある。
床は、緑と白の市松である。
天井は、青く塗られる。

館の説明は、この場面の出どころを書く。
十三世紀の修道士が書いた『歴史の鏡』である。
天地創造から著者の時代までを扱う。
ここでは、皇帝が後継者を定めている。
ネロは、大甥であり、養子でもあった。
館はさらに、古代の出来事なのに服装が当時のものだと書く。
十五世紀のフランスの衣で、ローマ人が描かれている。
日本語の題は「指名する」である。
名を指す、と書く。
しかし画面では、名は聞こえない。
見えるのは、伸ばされた人差し指だけである。
指が、言葉の代わりをしている。
この場面は、口で言えば一行で済む。
お前を後継者にする、と言えばよい。
しかし絵は、声を写せない。
写せるのは、口の開き方と指の向きだけである。
画家は、指のほうを選んだ。
これが、この九点の中心にある事柄である。
指は、触れずに何かを決められる。
触れてしまえば、それは押すか掴むかになる。
離れているから、選ぶという意味になる。
距離が、意味を作っている。