画家を知る

速さという趣味——フラゴナールの装飾画

もう一組も、同じ関係にある

見張りをする愛
ジャン=オノレ・フラゴナール《見張りをする愛》1773〜1776年ごろ。油彩・画布。楕円で縦55.9センチ、横46.7センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン=オノレ・フラゴナール《見張りをする愛》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらは別の主題である。

翼のある幼児が、薔薇の茂みの中に立っている。

口元に指を当て、静かにするよう合図している。

背後の空は橙色に染まり、右上に鳩が一羽。

足元には赤い布と、青い小さな物が落ちている。

見張りをする愛
ジャン=オノレ・フラゴナール《見張りをする愛》1773〜1776年ごろ。油彩・画布。楕円で縦56.2センチ、横47.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン=オノレ・フラゴナール《見張りをする愛》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

そして、その二点目である。

同じ幼児、同じ仕草、同じ薔薇。

違いは空と花の配置である。

空はより青く、雲が桃色に光る。鳩は二羽になっている。

薔薇の茂みは左右に広がり、花の数が増えている。

先の一点より、画面が明るく開けて見える。

主題の読み方にも触れておきたい。

翼のある幼児は、愛の擬人像である。

一点では騒がしく踊り、もう一点では黙るよう合図する。

つまり愛の二つの側面を、二枚で示している。

対の絵は、主題の上でも一組として意味を持つ。

片方だけを見ると、この関係が読めなくなる。

いま二組が同じ館にあるのは、対を保って伝わった幸運な例である。

二組そろって、対になっている

寸法を並べてみたい。

一組目は55.9×46.4と56.2×47.3センチ。

二組目は55.9×46.7と56.2×47.3センチ。

つまり四点はほぼ同じ大きさで、二点ずつが対になっている。

内容も対になっている。踊る愛と、黙らせる愛。

にぎやかな主題と、静かな主題。

こうした対は、部屋の装飾で使われた。

扉の上に一点、向かいの扉の上にもう一点。左右で釣り合う。

楕円という形も、扉の上の枠に合わせたものである。

つまりこれらは、絵として独立して作られたのではない。

部屋の設備として作られた絵である。

寸法の意味も確かめておきたい。

縦56センチの楕円は、扉の上の壁面にちょうど収まる大きさである。

高い位置に掛かるので、細部は見えない。

だから雲と花を大きく置き、輪郭を柔らかくしている。

見る距離が遠いことを前提にした描き方である。

見上げる位置に置く絵の作りについては、
別のコラムでも扱った。

装飾画では、置かれる高さが筆の細かさを決める。

なぜ二組あるのか

では、なぜ同じ対が二組あるのか。

考えられる理由は二つある。

一つは、別の部屋のために同じ意匠を注文されたこと。

もう一つは、評判の良い意匠を工房で繰り返し作ったことである。

どちらであるかは、公開されている記録からは判断できない。

所蔵館の記録も、制作年を同じ範囲としか書いていない。

はっきり言えるのは、同じ画家が同じ構図を二度描いたという事実である。

そして二度目には、色を変えているという事実である。

大画面も、対で作られた

対の仕事は、小さな絵に限らない。

ぶらんこ
ジャン=オノレ・フラゴナール《ぶらんこ》1775〜1780年ごろ。油彩・画布。縦215.9センチ、横185.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン=オノレ・フラゴナール《ぶらんこ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦2メートルを超える大画面である。

画面の大部分が樹と空である。

左に太い樹が立ち、枝が上方へ広がる。中央は明るい空で、白い雲が積み上がる。

人物は小さい。画面の下方に集まっている。

左の樹から縄が下がり、桃色の服の女性がぶらんこに乗っている。

その下に人が座り、右手前にも三、四人の姿がある。

遠景には低い山と、緑の平野が霞んでいる。

つまり主役は人ではなく、樹と空である。

目隠し鬼
ジャン=オノレ・フラゴナール《目隠し鬼》1775〜1780年ごろ。油彩・画布。縦216.2センチ、横197.8センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン=オノレ・フラゴナール《目隠し鬼》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

同じ寸法の対である。縦216.2センチ、横197.8センチ。

こちらも樹が主役である。

中央に細長い糸杉が二本、まっすぐ立つ。

左に噴水があり、白い水が上がる。石の彫刻も見える。

人物は下方に散り、目隠しをした遊びの場面が展開する。

背後には低い塀と、幾何学的に刈られた庭が続く。

二点は、同じ部屋の向かい合う壁に掛けるために作られたと考えられる。

同じ寸法、同じ主題の系統、同じ構成の型。

装飾画では、この揃え方が基本になる。

人物の小ささにも注目したい。

高さ2メートルの画面で、人物は20センチ程度しかない。

つまりこれは風景画である。人物は場面を示す添え物にすぎない。

18世紀後半のフランスでは、庭と自然の主題が流行した。

整えられた庭ではなく、伸び放題の樹と雲が好まれた。

同じ時期に、イギリスでも風景式の庭園が広まっている。

絵の主題と庭の趣味が、同時に動いていたことになる。

室内の場面も描いている

恋文
ジャン=オノレ・フラゴナール《恋文》1770年代前半。油彩・画布。縦83.2センチ、横67センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジャン=オノレ・フラゴナール《恋文》メトロポリタン美術館蔵

室内の場面である。

若い女性が机に肘をつき、こちらを見ている。

手には小さな花束と、白い紙。紙には文字が書かれている。

服は淡い青灰色の絹で、袖に襞飾りが並ぶ。

頭には白い帽子と桃色のリボン。

机の上には開いた本。傍らに小さな白い犬が伏せている。

背後には黄色い垂れ布と、暗い壁。

こちらも筆が速い。絹の光沢は、白と灰の短い筆触で作られている。

犬の毛も、数回の筆で示されている。

主題は恋文である。

花束と手紙、そして見る側へ向けられた視線。

秘密を共有する構図で、当時よく使われた型である。

肖像として注文された可能性も指摘されているが、
所蔵館の公開記録では人物の特定に触れていない。

顔と名前が結びつかない肖像の例は、他の画家にもある。

その事情は別のコラムでも触れた。