速さという趣味——フラゴナールの装飾画
もう一組も、同じ関係にある

こちらは別の主題である。
翼のある幼児が、薔薇の茂みの中に立っている。
口元に指を当て、静かにするよう合図している。
背後の空は橙色に染まり、右上に鳩が一羽。
足元には赤い布と、青い小さな物が落ちている。

そして、その二点目である。
同じ幼児、同じ仕草、同じ薔薇。
違いは空と花の配置である。
空はより青く、雲が桃色に光る。鳩は二羽になっている。
薔薇の茂みは左右に広がり、花の数が増えている。
先の一点より、画面が明るく開けて見える。
主題の読み方にも触れておきたい。
翼のある幼児は、愛の擬人像である。
一点では騒がしく踊り、もう一点では黙るよう合図する。
つまり愛の二つの側面を、二枚で示している。
対の絵は、主題の上でも一組として意味を持つ。
片方だけを見ると、この関係が読めなくなる。
いま二組が同じ館にあるのは、対を保って伝わった幸運な例である。
二組そろって、対になっている
寸法を並べてみたい。
一組目は55.9×46.4と56.2×47.3センチ。
二組目は55.9×46.7と56.2×47.3センチ。
つまり四点はほぼ同じ大きさで、二点ずつが対になっている。
内容も対になっている。踊る愛と、黙らせる愛。
にぎやかな主題と、静かな主題。
こうした対は、部屋の装飾で使われた。
扉の上に一点、向かいの扉の上にもう一点。左右で釣り合う。
楕円という形も、扉の上の枠に合わせたものである。
つまりこれらは、絵として独立して作られたのではない。
部屋の設備として作られた絵である。
寸法の意味も確かめておきたい。
縦56センチの楕円は、扉の上の壁面にちょうど収まる大きさである。
高い位置に掛かるので、細部は見えない。
だから雲と花を大きく置き、輪郭を柔らかくしている。
見る距離が遠いことを前提にした描き方である。
見上げる位置に置く絵の作りについては、
別のコラムでも扱った。
装飾画では、置かれる高さが筆の細かさを決める。
なぜ二組あるのか
では、なぜ同じ対が二組あるのか。
考えられる理由は二つある。
一つは、別の部屋のために同じ意匠を注文されたこと。
もう一つは、評判の良い意匠を工房で繰り返し作ったことである。
どちらであるかは、公開されている記録からは判断できない。
所蔵館の記録も、制作年を同じ範囲としか書いていない。
はっきり言えるのは、同じ画家が同じ構図を二度描いたという事実である。
そして二度目には、色を変えているという事実である。
大画面も、対で作られた
対の仕事は、小さな絵に限らない。

縦2メートルを超える大画面である。
画面の大部分が樹と空である。
左に太い樹が立ち、枝が上方へ広がる。中央は明るい空で、白い雲が積み上がる。
人物は小さい。画面の下方に集まっている。
左の樹から縄が下がり、桃色の服の女性がぶらんこに乗っている。
その下に人が座り、右手前にも三、四人の姿がある。
遠景には低い山と、緑の平野が霞んでいる。
つまり主役は人ではなく、樹と空である。

同じ寸法の対である。縦216.2センチ、横197.8センチ。
こちらも樹が主役である。
中央に細長い糸杉が二本、まっすぐ立つ。
左に噴水があり、白い水が上がる。石の彫刻も見える。
人物は下方に散り、目隠しをした遊びの場面が展開する。
背後には低い塀と、幾何学的に刈られた庭が続く。
二点は、同じ部屋の向かい合う壁に掛けるために作られたと考えられる。
同じ寸法、同じ主題の系統、同じ構成の型。
装飾画では、この揃え方が基本になる。
人物の小ささにも注目したい。
高さ2メートルの画面で、人物は20センチ程度しかない。
つまりこれは風景画である。人物は場面を示す添え物にすぎない。
18世紀後半のフランスでは、庭と自然の主題が流行した。
整えられた庭ではなく、伸び放題の樹と雲が好まれた。
同じ時期に、イギリスでも風景式の庭園が広まっている。
絵の主題と庭の趣味が、同時に動いていたことになる。
室内の場面も描いている

室内の場面である。
若い女性が机に肘をつき、こちらを見ている。
手には小さな花束と、白い紙。紙には文字が書かれている。
服は淡い青灰色の絹で、袖に襞飾りが並ぶ。
頭には白い帽子と桃色のリボン。
机の上には開いた本。傍らに小さな白い犬が伏せている。
背後には黄色い垂れ布と、暗い壁。
こちらも筆が速い。絹の光沢は、白と灰の短い筆触で作られている。
犬の毛も、数回の筆で示されている。
主題は恋文である。
花束と手紙、そして見る側へ向けられた視線。
秘密を共有する構図で、当時よく使われた型である。
肖像として注文された可能性も指摘されているが、
所蔵館の公開記録では人物の特定に触れていない。
顔と名前が結びつかない肖像の例は、他の画家にもある。
その事情は別のコラムでも触れた。