画家を知る

速さという趣味——フラゴナールの装飾画

暗い庭の絵もある

滝
ジャン=オノレ・フラゴナール《滝》1775年ごろ。油彩・画布。縦29.2センチ、横24.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジャン=オノレ・フラゴナール《》メトロポリタン美術館蔵

こちらは暗い画面である。

中央に高い樹の塊があり、その葉が黒い雲のように広がる。

左に柱の並ぶ建物。右に石の記念物のような形。

下方に人が数人、小さく描かれている。

水が石段を落ち、白い筋になっている。

イタリアの庭を思わせる主題である。

寸法は小さい。縦29.2センチ、横24.1センチである。

掌に載る大きさの画面に、高い樹と落ちる水を収めている。

小さいほど、筆は速くなる。細部を描く余地がないからだ。

だから塊で捉える技術が要求される。

留学中に見た庭の記憶から作られた絵と考えられている。

ただし特定の場所を写した記録ではないと説明されることが多い。

大小の落差

当サイトの公開分で、寸法を並べてみると落差が大きい。

最大は縦216センチの大画面。最小は縦29センチの小品である。

七倍以上の差がある。

同じ画家が、部屋の壁一面の絵と、手に載る絵の両方を作っていた。

装飾の仕事は、規模の幅が広い。

扉の上、羽目板の中、暖炉の上、小部屋の壁。

場所ごとに寸法が違うため、画家は寸法の変換に慣れる必要がある。

同じ主題を大小で作り分ける技術も、そこから育ったと考えられる。

革命のあとで、注文が消える

晩年の事情にも触れておきたい。

この画家の顧客は、貴族と富裕な市民だった。

1789年に革命が起きると、その層が消える。

邸宅の装飾の注文も止まる。

以後、画家は美術館の運営に関わる仕事に就いたと伝えられる。

つまり装飾画家としての仕事は、政治の変化で終わった。

様式が古びたのではなく、客がいなくなったのである。

美術史では「ロココの終わり」と語られることが多い。

しかし実際に起きたのは、市場の消滅だった。

見立て——装飾画は、組で考える

まとめておきたい。

この画家の仕事は、絵単体ではなく組で成立していた。

対の楕円、対の大画面、部屋ごとの一式。

だから同じ構図が二度現れても、それは複製ではない。

別の部屋のための別の一点である。

そして速い筆は、その生産を支える技術だった。

速さがなければ、部屋一式の注文をこなせない。

装飾画の速さは、質の低さではなく仕事の条件である。

反復は、他の分野にもある

同じ構図を繰り返す仕事は、他の分野にも見られる。

工房で型を共有した例は別のコラムで扱った。

肖像画家が自作を写して売った例はこちらのコラムにある。

版画では、同じ主題を組ごと作り直すことが商売の基本だった。

その事情はこちらのコラムで扱っている。

反復は、美術の歴史の中でむしろ普通のことである。

一点物であることを価値とする見方は、後の時代のものである。

もう一点、記録の側からも言えることがある。

同じ題名の作品が二点ある場合、どちらが「先」かは決めにくい。

制作年の記録が「1773〜1776年ごろ」と幅を持つのは、その難しさを示している。

様式から順序を推定する研究もあるが、確定は容易でない。

当サイトでは、所蔵館の記録に従って両方を同じ制作年の範囲で扱っている。

素描も多く残っている

素描にも触れておきたい。

この画家は、赤チョークや淡彩の素描を多数残した。

旅行中の風景、人物の習作、庭の眺め。

素描では線が主役になり、油彩の速さがそのまま現れる。

つまり油彩と素描の距離が近い画家である。

下絵として使う素描と、作品として売る素描の両方がある。

速さを売りにした画家にとって、素描は商品でもあった。

暮らしへ——同じ構図を、二度作ってみる

最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。

同じ場所で、同じ構図の写真を二度撮ってみてほしい。

一度目と二度目のあいだに、時間を空ける。

同じ枠に収めても、光と色が変わる。

二枚を並べると、変わったものと変わらないものが分かる。

これがフラゴナールの二組の対で起きていることである。

構図は器で、色は中身である。

飾るなら、対になる二枚は同じ高さで左右に並べるとよい。

並べ方の原則は別のコラムにまとめた。

そして、二枚のうち一枚だけ色を変えて仕上げてみてほしい。

構図が同じでも、色で印象が変わる。

対の絵で色を変えていた画家の判断が、体で分かる。

群として見ると、組が見える

最後に、見方をまとめておきたい。

19点を寸法と形で並べると、対になる組が浮かんでくる。

楕円の二点、大画面の二点。

寸法が近く、主題が対応する作品を探す作業である。

装飾画を読むには、この作業が不可欠になる。

公開画像は、そのための道具である。

離れて所蔵されている対の絵を、並べて比べられる。

本来は同じ部屋に掛かっていた二点である。

分散した装飾画を仮に組み直す作業は、画像の側でできる。

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