額装込みの寸法が、併記される——シカゴ美術館の絵画九点
出所の行が、五つに分かれる
九点の出所の行を並べてみる。
ある夫妻の寄贈が三点。
基金による購入が三点。
別の寄贈が一点。
そして、複数の基金を合わせた購入が二点。
受入の年は、1928年から2005年まで。
七十七年の幅がある。
そして、1933年に入った三点は、同じ寄贈である。
前の回の記事で、群でまとまって入る作品を何度も見た。
こちらでも、同じ形が見える。
三点は、いずれも十五世紀から十九世紀初めの小品だ。
つまり、一人の収集家の好みが揃っている。

縦長の板である。
中央に、女性が座る。
赤い衣に、青い外套を重ねる。
外套の裏は緑である。
顔は下を向き、目を伏せる。
膝の上に、裸の幼児が座る。
幼児は右手を上げ、指を立てる。
その左に、もう一人の幼児がいる。
こちらは青い衣を着て、背を向ける。
背後の左に、木の枝が茂る。
枝に、丸い果実が実る。
右には、遠い山と空が見える。
額のない一点
九点のうち一点だけ、額装込みの数字がない。
祭壇の背障と前障の一点である。
もとから、額に入る品ではない。
建物の一部として作られている。
だから、二段目が書けない。
寸法の欄の段数が、その品の性格を示している。
前の回の記事で、欄の顔ぶれが性格を示す話を何度も書いてきた。
書かれていないことが、情報になる。
そして、書かれていない理由は、記録には書かれない。
読む側が、ほかの欄から推測するしかない。
品名の欄と、大きさの数字が、その手がかりになる。
金が、技法の欄に入る一点
九点の技法の欄で、金が書かれているのは一点だけである。
板にテンペラと金。
金箔を地に貼り、その上に描く技法だ。
九点でいちばん古い一点である。
十四世紀の終わりにあたる。
そのあとの八点には、金がない。
油彩に変わり、地は絵具で塗られる。
前の回の記事で、支持体の移り変わりについて書いた。
地の作りも、同じ時期に変わっている。
技法の欄の語が、その変化を記録している。
年の欄が、六百年に散らばる
九点の年の欄を並べてみる。
1396年。1460年から1464年。1490年から1495年。
1504年から1507年。1515年ごろ。1614年。
1639年から1642年ごろ。1806年ごろ。1899年。
五百年の幅がある。
そして、一年に定まるのが二点。
幅を持つものが五点、ごろが付くものが二点。
前の回の記事で、年の欄の精度について何度も書いてきた。
古い作品ほど、幅が広くなるのがふつうだ。
ところが、いちばん古い一点は一年に定まっている。
祭壇には、寄進の年が記されるからだろう。
年の精度は、時代の古さでは決まらない。
記載が残っているかどうかで決まる。
額を測るということ
九点を並べ終えて、二段目の数字に戻ってみたい。
額は、絵そのものではない。
多くは、後から付けられたものである。
作られた当時の額が残る例は、少ない。
それでも、館は測る。
なぜか。
展示のために、その数字が要るからだ。
壁に掛けるには、額込みの大きさが必要になる。
そして、運ぶための箱を作るにも要る。
前の回の記事で、実務のための数字が欄に混じる話を書いた。
寸法の欄は、鑑賞のためだけにあるのではない。
題の長さが、揃わない
九点の題を、字数で比べてみる。
いちばん短いのが、受胎告知という一語。
いちばん長いのは、二十字を超える。
馬が逃げるなかで人を撃つ場面、という説明である。
なぜ、長さが違うのか。
よく知られた場面には、決まった呼び名がある。
一語で通じる。
知られていない場面には、名がない。
だから、何が起きているかを説明するしかない。
前の回の記事で、題が説明になる例を何度も見た。
主題の知られ方が、題の長さを決めている。
そして、長い題ほど、記録した人の判断が入っている。
一枚に、何人が関わったか
九点の作者の欄には、八つの名がある。
うち一つは、国の名だけである。
そして、いずれも一人ずつだ。
しかし、絵画も一人では完成しない。
板を作る人、下地を塗る人。
絵具を練る人、絵具の材料を売る人。
カンヴァスを織る人、枠に張る人。
そして、額を作る人がいる。
寸法の欄の二段目は、その額を測っている。
測っているのに、作った人の名はない。
前の回の記事で、同じことを何度も書いてきた。
支えの部分を作る人は、記録に残らない。
最後に、九点の額の差をまとめておく。
縦で比べると、十センチから四十センチまで。
平均すれば、二十センチ前後になる。
つまり、上下に十センチずつの枠が回る。
その十センチが、絵と壁を分けている。
額があるから、絵は壁から独立して見える。
独立して見えるから、持ち運べる作品になる。
前の回の記事で、壁画の断片について書いた。
あちらは、額を持たない絵だった。
額のある絵と、ない絵。
その差が、寸法の欄の段数に出ている。
九点の写真は、いずれも額を外した状態で写されている。
画面だけが、白い地の上に置かれる。
つまり、寸法の欄の二段目は、写真では確かめられない。
数字だけが、額の存在を伝えている。
前の回の記事で、記録と画像の役割分担について何度も書いてきた。
ここでは、記録のほうが多くを伝えている。
画像は、絵だけを見せる。
記録は、絵と額の両方を測る。
どちらが正しいということはない。
見せたいものと、記録すべきものが違うだけである。










