画家を知る

肖像が、風景を運ぶ——ゲインズバラ

光の時刻

空の色も見ておきたい。この画面の空は、淡い黄と桃色である。

つまり、朝か夕方の光である。真昼の白い光ではない。

一日の端の時刻を選ぶと、影が長くなり、色が豊かになる。

風景画では、この時刻がよく選ばれる。理由は、見た目の効果である。

この風景は、どこか

場所について確かめたい。題名に地名は入っていない。

画面にも、特定の土地を示す目印はない。

つまり、実景の記録ではない。組み立てられた風景である。

実在の要素を組み替えて作る方法は、
別のコラムで扱った。

同じ時期のヨーロッパで、広く行われていた。

海辺の一点

もう一点、風景を見たい。

漁師のいる海辺
トマス・ゲインズバラ《漁師のいる海辺》1781〜1782年ごろ。油彩・画布。縦101.9センチ、横127.6センチ。額を含めて縦124.5センチ、横149.9センチ、厚さ7センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。トマス・ゲインズバラ《漁師のいる海辺》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

海の場面である。中央から右に、白い波が押し寄せる。

波頭が砕け、泡が広がる。水面は灰緑色である。

左に岩と崖が立ち上がる。上部に樹木が茂る。

手前の砂浜に、漁師が数人。舟を引き、網を扱う。

沖には帆船が二艘。白い帆が小さく見える。

空は明るく、雲が大きく広がる。

岩と波の描き方

海の画面をもう一度見たい。波は、白い絵具を厚く置いて作られている。

一方、岩は薄い絵具で、下地の色が透ける。

つまり同じ画面の中で、絵具の厚さが場所ごとに違う。

厚い部分は光を反射し、薄い部分は沈む。物理的な差が、そのまま質感の差になる。

風景は、売れたのか

売れ行きについて触れておきたい。この画家が風景画を好んだことは、
書簡や同時代の証言で伝えられている。

一方、収入の中心は肖像だった。これも同時代の記録による。

つまり、描きたい主題と、売れる主題が一致していなかった。

ただし当サイトの公開分には、価格や取引の記録は含まれていない。

だから、ここは伝えられている範囲にとどめたい。

背景の風景が、練習になる

二つの仕事の関係を考えたい。肖像の背景には、木立と空が描かれる。

つまり肖像を描きながら、風景を描いていることになる。

先に見たシェリダン夫人の肖像では、背景の面積が人物を上回る。

風景画としても成立する画面である。

依頼された仕事の中に、自分の関心を入れる。両立の一つの形である。

筆の速さ

技法にも触れておきたい。この画家の筆は、輪郭を追わない。

衣の襞は長い刷きで置かれ、髪は細い線が散る。

近づくと、形が崩れて見える箇所もある。しかし離れると、質感として読める。

同じ効果を狙った画家として、別のコラムでハルスを扱った。

速い筆は、注文をこなす速度にも関わる。

十八点の内訳

公開分の構成も確かめておきたい。18点のうち、肖像が16点を占める。

風景は2点である。制作年は1770年代から1780年代に集まる。

つまり公開分は、肖像画家としての時期を強く反映している。

実際には、この画家は生涯にわたって風景を描いた。公開分の偏りは、意識しておきたい。

額の記録が、詳しい

記録の細かさにも触れておきたい。公開分の多くに、額を含む寸法が併記されている。

そして一点には、額込みの重量まで記されている。

つまり所蔵館は、作品を扱うための情報として記録している。

美術館の記録は、鑑賞のためだけではない。運搬と保管のためでもある。

額の厚さ

記録の細部をもう一つ。額の厚さは、8.3センチから14.6センチまで幅がある。

大きな絵ほど、額も厚い。重量を支える必要があるためである。

つまり額の寸法は、装飾の都合だけで決まっていない。構造の要請でもある。

額の役割については、別のコラムで扱った。

見立て——肖像は、風景を運ぶ器でもあった

ここまでを整理したい。この画家の肖像には、必ずと言ってよいほど風景が入る。

木立、空、遠くの丘。人物の背後で、それらが丁寧に描かれる。

つまり肖像の注文が、風景を描く機会を運んでいた。

売れる仕事と、描きたい主題。二つが同じ画面に同居している。

依頼主にとっての風景

依頼主の側からも考えたい。屋外に立つ肖像は、土地との結びつきを示す。

背後の風景が自分の所有地であれば、その意味はさらに強くなる。

つまり風景は、画家の関心であると同時に、依頼主の要求でもあった可能性がある。

どちらが優先されたかは、作品ごとに違うだろう。

暮らしへ——人を、背景ごと撮る

家でできることを書いておきたい。人を撮るとき、背景を三分の二入れてみてほしい。

木立でも、建物でも、空でもよい。人物は画面の三分の一に収める。

すると写真は、人物の記録であると同時に、その場所の記録になる。

ゲインズバラの肖像が持っている二重性が、体で分かる。

群として見ると、等級が見える

最後に、見方をまとめておきたい。18点を寸法で並べ替えてみる。

縦220センチ前後の全身像、縦127センチ前後の四分の三身、縦90センチ前後の半身。

三つの群に分かれる。等級がそのまま数字に出ている。

公開画像は、そのための道具である。寸法を並べる作業は、画面の上でできる。

そして、気づいた点は書き留めておきたい。額の寸法が一致する対は、見落としやすい。

一行の記録が、次に見るときの足場になる。

額の重さを、記録する意味

最後に、書き添えておきたい。額込みの重量が記録されている作品は多くない。

その一行があるだけで、扱いの難しさが伝わる。

記録は、鑑賞のためだけではない。運ぶ人のためでもある。

RELATEDあわせて読みたい

画家を知るの記事一覧