画家を知る

実景と、空想の景——グアルディのヴェネツィア

グアルディは実在のヴェネツィアを描き、同じ手つきで空想の景も描いた。画面からは区別がつかず、判別できるのは記録の題名だけである。八点を並べ、記録と商品と装飾という三つの役目を確かめる。一日限りの仮設建築を描いた一点にも触れる。不定形の画面も見ておく。

リアルト橋のある大運河、ヴェネツィア
フランチェスコ・グアルディ《リアルト橋のある大運河、ヴェネツィア》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

橋の下を、舟が通っている

一枚の絵から始めたい。

リアルト橋のある大運河、ヴェネツィア
フランチェスコ・グアルディ《リアルト橋のある大運河、ヴェネツィア》おそらく1780年ごろ。油彩・画布。縦68.5センチ、横91.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランチェスコ・グアルディ《リアルト橋のある大運河、ヴェネツィア》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。縦68.5センチ、横91.5センチ。

中央の奥に、石造りの橋が架かる。一つの大きなアーチが水面を跨ぐ。

橋の上には屋根の列があり、その中央が高く開く。リアルト橋である。

橋の手前は水面である。ゴンドラが十艘以上浮かび、船頭が立って櫂を操る。

左手前には荷を積んだ舟が並ぶ。白い日除けが張られ、その下で人が働く。

左右には建物が連なる。窓が等間隔に並び、壁は白、黄土、桃色に塗り分けられる。

空は画面の上三分の一を占める。灰色の雲が、右上から左へ流れる。

眺望画という商品

この種の絵を、眺望画と呼ぶ。都市の実景を描いた絵である。

18世紀のヴェネツィアには、この形式の需要があった。旅行者が土産として買ったのである。

当時、ヨーロッパの上流階級の子弟は、イタリアを巡る長い旅に出た。その旅の記念に、都市の絵を買う。

つまり眺望画は、旅の商品だった。旅を売る絵の話は、
別のコラムでも扱った。海を挟んだ同じ時期の話である。

描いたのは、誰か

作者はフランチェスコ・グアルディである。1712年にヴェネツィアで生まれ、1793年に没した。

一族に画家が多く、兄も画家だった。工房として仕事を受けていたとされる。

同じ都市には、先行する眺望画の画家がいた。カナレットの名で知られる画家である。

グアルディは、その後の世代にあたる。同じ主題を扱いながら、筆づかいは大きく違う。

輪郭を明確に描く方法と、色の面で示す方法。同じ都市が、別の手つきで描かれている。

問い——実景と、空想の景は、どこで分かれるのか

ここで問いを立てたい。この画家の作品には、実在の場所を描いたものと、
実在しない景色を描いたものが混じっている。

後者を、カプリッチョと呼ぶ。空想の景という意味である。

両者は、画面の上でどう違うのか。あるいは、違わないのか。

当サイトにはグアルディの作品が15点公開されている。両方の型が含まれている。

並べて確かめたい。

同じ橋を、別の位置から

まず、実景の絵を続けて見たい。

リアルトより上流の大運河
フランチェスコ・グアルディ《リアルトより上流の大運河》1760年代後半。油彩・画布。縦53.3センチ、横85.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。フランチェスコ・グアルディ《リアルトより上流の大運河》メトロポリタン美術館蔵

同じ橋を、別の位置から描いている。

画面の左手前に、桃色の壁の建物が大きく入る。窓と煙突が近くに見える。

その向こうに運河が広がり、奥にリアルト橋が小さく架かる。

右には、アーチの連なる長い建物が並ぶ。倉庫のような規則的な構造である。

水面には舟が散り、人が乗る。人物は数センチの大きさで、色の点として置かれる。

先の一点と比べると、視点が高い。二階か三階の窓から見下ろした位置である。

建物の輪郭は、定規で引かれていない

線の性質も見ておきたい。眺望画では、建物の直線をきちんと引く方法がある。

補助の道具を使い、窓や柱を整然と並べる。図面に近い正確さが出る。

しかしこの画家の建物は、線が揺れている。窓枠は少し歪み、屋根の線も一定ではない。

正確さより、光と空気の感じが優先されている。どちらが優れているという話ではない。

求められた性質が違う、と考えるほうが正確である。

視点の高さが、絵の性格を決める

視点を比べておきたい。先の一点は、水面に近い低い位置から描かれている。

こちらは高い位置から俯瞰している。同じ場所でも、印象がまるで違う。

低い視点では、舟と人が主役になる。高い視点では、都市の構造が主役になる。

どちらを選ぶかは、注文と用途による。旅の記念なら、名所が分かることが優先される。

生活の運河も描く

有名な場所ばかりではない。

カンナレージョ運河の眺め、ヴェネツィア
フランチェスコ・グアルディ《カンナレージョ運河の眺め、ヴェネツィア》1775〜1780年ごろ。油彩・画布。縦50センチ、横76.8センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランチェスコ・グアルディ《カンナレージョ運河の眺め、ヴェネツィア》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

中央に、三つのアーチを持つ石橋が架かる。両脇に階段が付く。

橋の手前に、ゴンドラが数艘。人が立ち、櫂を操る。

左右の建物は、先の二点より簡素である。壁の色が剥げ、木の桟が見える箇所もある。

人物には、赤や白の点で衣服の色が置かれる。橋の上にも人が並ぶ。

水は青緑で、空は明るい。雲が右上に集まる。

つまり、日常の場所も商品になっていた。

人物は、色の点である

人物の描き方も確かめたい。運河の絵に描かれた人は、いずれも数センチの大きさである。

顔は描かれず、体は数筆で示される。赤、白、黒の点が、衣服の色を示す。

しかし、その点があることで画面が動く。人がいなければ、建物だけの静止した図になる。

つまり人物は、都市を生きた場所に見せるための要素である。

同じ役目は、別のコラムで見た風景画の人物にもあった。

一日限りの建物を、記録する

主題の幅を見ておきたい。

サン・ザニポーロ広場の仮設壇、ヴェネツィア
フランチェスコ・グアルディ《サン・ザニポーロ広場の仮設壇、ヴェネツィア》1782年以降。油彩・画布。縦37.5センチ、横31.5センチ。額を含めて縦51.1センチ、横44.7センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランチェスコ・グアルディ《サン・ザニポーロ広場の仮設壇、ヴェネツィア》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

これは縦長の小品である。縦37.5センチ、横31.5センチ。

画面の中央に、大きな構造物が立つ。半円形の屋根、柱、階段が幾重にも重なる。

石造りに見えるが、これは仮設の建造物である。祝祭のために組まれ、終われば解体される。

その周りに人が集まる。広場を埋めるほどの群衆で、色とりどりの衣服が点として並ぶ。

左には既存の建物の壁が、暗く立ち上がる。