美術史・技法

金は、厚みで語られる——メソニエ・ロッセリーノ・イーゼンブラントほか九点

金を量る男
アドリアーン・イーゼンブラント《金を量る男》1515年から20年ごろ。館の記録では、板に油彩。画面は50.8×30.5センチ。番号は32.100.36。メトロポリタン美術館蔵。アドリアーン・イーゼンブラント《金を量る男》メトロポリタン美術館蔵

縦長の小さな板絵である。

背景は緑の壁で、右に赤い布が垂れる。

中央に、男がひとり立っている。

黒い帽子をかぶり、黒い上着を着ている。

襟には毛皮が付く。

顔は正面をやや外れ、こちらを見ている。

両手は胸の前にある。

右手の指が、細い糸のようなものをつまむ。

その糸の下に、小さな皿が二つ下がっている。

天秤である。

手前には、木の台がある。

台の上に、丸く平たいものがいくつか置かれている。

金貨である。

一枚は縁が光り、一枚は裏を見せている。

館の札は「男性」「肖像」「硬貨」「金銭」「天秤」の五つである。

つまり館は、この画面を人と金と道具の絵として登録している。

そして題は「金を量る男」である。

数えるのではなく、量る。

金貨は枚数ではなく、重さで扱われている。

九点のうち、金が重さとして現れるのは、この一点だけである。

夢の中に、金の延べ棒が現れる

八点目は、風刺の石版である。

金の延べ棒を当てた夢を見て
オノレ・ドーミエ《金の延べ棒を当てた夢を見て》1851年。館の記録では、石版。図は20.6×27.7センチ。番号は1946.208。クリーヴランド美術館蔵。オノレ・ドーミエ《金の延べ棒を当てた夢を見て》クリーヴランド美術館蔵

横長の画面である。

下半分の左に、寝台がある。

寝台の上に、人がひとり横たわる。

頭巾をかぶり、体を丸めている。

目は閉じている。

その上、画面の中央から右にかけて、大きな雲がわく。

雲は白く、輪郭が渦を巻く。

雲の中には、別の場面が描かれている。

馬車が走り、犬が跳ね、建物が並ぶ。

馬車の中には、人が座っている。

その人は、寝ている人と同じ顔をしている。

つまり夢の中の自分である。

画面の上には、印刷された表題がある。

下にも、文が刷り込まれている。

館の記録では、この一枚は1851年10月27日の新聞に載った。

「今日の出来事」という連作の二百三十八枚目にあたる。

館の記録は、それだけを書いている。

見えるのは、金そのものが描かれていないことである。

延べ棒は題にあるだけで、画面にはない。

あるのは、当たったあとの暮らしのほうである。

この画家の絵については、ドーミエの絵でも扱った。

金は、賞の名になる

最後の一点で、金は言葉になる。

ミソサザイと熊
アーサー・ラッカム《ミソサザイと熊》1902年。館の記録では、紙に筆とペンの黒インク、水彩。紙は36.7×25.8センチ。番号は1946.8。クリーヴランド美術館蔵。アーサー・ラッカム《ミソサザイと熊》クリーヴランド美術館蔵

黒い影だけで描かれた画面である。

画面の下半分に、地面がある。

地面の上を、四つ足の獣が走る。

熊、狐、猪らしい影が並ぶ。

どれも黒く塗りつぶされ、輪郭しか分からない。

上半分は空である。

空には、鳥が何十羽も飛んでいる。

翼を広げたもの、急降下するもの。

小さな鳥が、大きな獣の頭に群がっている。

右のほうには、渦を巻く煙のようなものがある。

すべて黒一色で、灰色の階調はない。

館の記録では、この場面はある童話の戦いである。

熊が鳥の王を侮辱し、そこから戦争になる。

館の記録は、そう説明している。

そして、この画家の知られた挿絵の多くは、入り組んだ線と繊細な彩色を組み合わせている。

しかしこの一枚のような影絵の挿絵も作った。

豪華版の童話集のために描かれたものだという。

そして館は、最後に一行を添えている。

この挿絵は、1906年のある国際博覧会で金の賞を受けた。

そのとき、別の題で展示されたという。

つまりここでの金は、賞の名である。

画面に金はなく、材料にも金はない。

館の記録の中にだけ、金という語がある。

数えてみると

九点を並べ直す。

金が物質としてある点は、六点である。

まるごと金の箱、鋼に焼き付けられた金、刀の金具、紙の上の金泥、石膏に残る鍍金の痕、そして帳面の小口。

金が描かれているのは、一点である。

天秤で量られる金貨。

そして二点では、金は題と記録の中にしかない。

夢の延べ棒と、賞の名である。

もう一つ数えておく。

物質としてある六点のうち、金が面として広がっているのは二点だけである。

小箱の表面と、額の全面。

残る四点では、金は線か、帯か、痕である。

腐食させた溝の中、金具の縁、細い筆で引かれた草花、そして紙の束の側面。

金は薄く延ばせるので、少ない量で広い面を覆える。

そのぶん、剥げ落ちやすい。

九点のうち、金が失われかけているのは、石膏の一点である。

言えることと、言えないこと

言えるのは、金が「厚みで語られる材料」だということである。

純金の箱と、銀に掛けた金鍍金は、見た目では区別がつかない。

しかし記録は、その二つを別の語で書き分けている。

石膏の浮き彫りでは、鍍金は痕としてしか残っていない。

帳面では、金は紙の束の側面にだけある。

いずれの場合も、記録は厚みと場所を書いている。

言えないのは、金がつねに富を意味するという話である。

写本の一葉では、金の少なさが身分の低さを示していた。

つまり金は、あるかないかではなく、量で読まれている。

そして絵の外では、金の糸は焼かれて回収された。

作品が壊されて材料に戻る道が、金にはつねに開いている。

最後に、はじめの箱へ戻る。

嗅ぎ煙草を入れるための、掌に載る箱である。

中身は粉であり、すぐになくなる。

入れものだけが金でできている。

そして蓋には、注文した人の家の紋章が彫られていた。

中身が消えても、金と紋章は残る。

九点を数え終えて残るのは、その残る側のほうである。

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