誰が注文したのか——ゴヤの肖像画
手に持つものが、職業を語る
小道具をもう一度考えたい。この男が持つのは、書かれた紙である。
つまり、文字を扱う仕事の人物であることを示している。商人か、収集家か、役人か。
同じ手法は、他の肖像でも使われる。建築家なら図面、軍人なら剣。
持ち物によって、その人の社会的な役割が示される。
手の描き方
細部も見ておきたい。この画家の肖像では、手が丁寧に描かれる。
指の関節、爪の形、皮膚のたるみ。年齢が手に現れている。
顔だけを整えて、手を省略する肖像も多い。しかしここでは、手も情報として扱われている。
手は、持ち物を支える場所でもある。だから省略できない。
夫婦の肖像は、対で作られる
対になる二点を見たい。

黒い軍服の男が立つ。襟と袖口は赤で、金のボタンが並ぶ。
胸に勲章が下がり、赤い十字の徽章が縫い付けられる。
両手を体の前で組み、細い棒のようなものを握る。
背景は暗く、人物の輪郭が溶けかける。
妻の肖像
そして、同じ年に描かれた妻の肖像がある。

寸法を見てほしい。縦104.1センチ、横82.2センチ。
夫の肖像は104.1×83.2センチである。縦は完全に一致し、横は1センチしか違わない。
つまり、対として注文されたことが寸法から分かる。
女性は椅子に座り、白いドレスを着る。腰の高い形で、袖は短い。
長い金褐色の髪を、結わずに肩へ流している。手に扇を持つ。
背後に赤いクッションが見える。背景は暗褐色である。
対の肖像は、どう掛けられたか
対の肖像について補いたい。夫婦の肖像は、並べて掛けることを前提に描かれる。
多くの場合、二人は互いのほうを向く。向き合う配置にすると、二点で一組に見える。
この二点でも、身体の向きが左右で対応している。
つまり、単独で見るのは本来の見方ではない。二点を並べて初めて設計が読める。
対の作品が離ればなれになる問題は、
別のコラムでも扱った。
同じ日に、二人を描いたのか
制作の順序についても考えたい。夫婦の肖像は、同じ年の作である。
しかし同じ日に描かれたかどうかは分からない。別々に座らせて描くのが普通である。
顔だけを写し、衣装や背景は後から仕上げる方法も一般的だった。
工程を分ける方法については、別のコラムで扱った。
肖像画は、一気に描き上げるものとは限らない。
黒衣の女性
もう一点、女性の肖像を見たい。

女性が椅子に座り、こちらを見る。
黒いレースの被り物が、頭から肩へ垂れる。頭頂に青いリボンの飾りが付く。
衣も黒である。胸元に小さな桃色の花を挿す。
椅子は黄色く、背もたれの一部が見える。左手に扇らしきものを持つ。
黒い衣の中で、顔と手だけが明るい。視線を集める作りである。
黒は、面として使われている
色の扱いにも触れておきたい。この画面では、黒が広い面を占める。
しかし黒は一色ではない。レースの部分は透け、下の白い肌が見える。
衣の部分は光を反射せず、平らに沈む。同じ黒でも、質感が描き分けられている。
黒を面として使う設計は、別のコラムでも扱った。
七十年ほど後の話だが、扱い方には共通点がある。
髪型が、年代の手がかりになる
装いをもう一つ見たい。1804年の女性は、長い髪を結わずに下ろしている。
一方、1805年ごろの女性は、髪を上げてレースの被り物を掛けている。
同じ時期でも、装いには幅がある。年齢や場面によっても変わる。
だから髪型だけで年代を決めることはできない。手がかりの一つとして扱いたい。
腕を組む建築家
年代の下る一点も見たい。

1820年の作である。公開分では最も遅い。
男が腕を組み、こちらを見る。白いシャツの袖が大きく膨らむ。
黒い上着を羽織り、襟元を開けている。髪は乱れ、額にかかる。
背景は真っ暗で、何も描かれていない。
左下に、細い文字で署名と年記らしきものが見える。
装いが、時代とともに変わる
三十年ほどの幅を並べたい。1792年の肖像では、膝丈のズボンと縞の上着だった。
1804年の軍人は、金ボタンの軍服である。1820年の建築家は、黒い上着に白いシャツである。
つまり装いが、はっきり変化している。服装の変化は、時代の変化でもある。
肖像は人物の記録であると同時に、衣服の記録でもある。
暗い背景が示すもの
背景の暗さにも触れておきたい。1820年の肖像は、背景がほとんど黒である。
人物の輪郭が、背景に溶けている箇所もある。光は顔と白いシャツにだけ当たる。
初期の肖像と比べると、明暗の差が強い。同じ画家の中でも、方法が変わっている。
理由を一つに決めることはできない。ただし、変化があったことは画面から読める。