画家を知る

誰が注文したのか——ゴヤの肖像画

手に持つものが、職業を語る

小道具をもう一度考えたい。この男が持つのは、書かれた紙である。

つまり、文字を扱う仕事の人物であることを示している。商人か、収集家か、役人か。

同じ手法は、他の肖像でも使われる。建築家なら図面、軍人なら剣。

持ち物によって、その人の社会的な役割が示される。

手の描き方

細部も見ておきたい。この画家の肖像では、手が丁寧に描かれる。

指の関節、爪の形、皮膚のたるみ。年齢が手に現れている。

顔だけを整えて、手を省略する肖像も多い。しかしここでは、手も情報として扱われている。

手は、持ち物を支える場所でもある。だから省略できない。

夫婦の肖像は、対で作られる

対になる二点を見たい。

イグナシオ・ガルシーニ・イ・ケラルト、工兵旅団長
フランシスコ・デ・ゴヤ《イグナシオ・ガルシーニ・イ・ケラルト、工兵旅団長》1804年。油彩・画布。縦104.1センチ、横83.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。フランシスコ・デ・ゴヤ《イグナシオ・ガルシーニ・イ・ケラルト、工兵旅団長》メトロポリタン美術館蔵

黒い軍服の男が立つ。襟と袖口は赤で、金のボタンが並ぶ。

胸に勲章が下がり、赤い十字の徽章が縫い付けられる。

両手を体の前で組み、細い棒のようなものを握る。

背景は暗く、人物の輪郭が溶けかける。

妻の肖像

そして、同じ年に描かれた妻の肖像がある。

ホセファ・デ・カスティーリャ・ポルトゥガル・イ・ファン・アスブロック・デ・ガルシーニ
フランシスコ・デ・ゴヤ《ホセファ・デ・カスティーリャ・ポルトゥガル・イ・ファン・アスブロック・デ・ガルシーニ》1804年。油彩・画布。縦104.1センチ、横82.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。フランシスコ・デ・ゴヤ《ホセファ・デ・カスティーリャ・ポルトゥガル・イ・ファン・アスブロック・デ・ガルシーニ》メトロポリタン美術館蔵

寸法を見てほしい。縦104.1センチ、横82.2センチ。

夫の肖像は104.1×83.2センチである。縦は完全に一致し、横は1センチしか違わない。

つまり、対として注文されたことが寸法から分かる。

女性は椅子に座り、白いドレスを着る。腰の高い形で、袖は短い。

長い金褐色の髪を、結わずに肩へ流している。手に扇を持つ。

背後に赤いクッションが見える。背景は暗褐色である。

対の肖像は、どう掛けられたか

対の肖像について補いたい。夫婦の肖像は、並べて掛けることを前提に描かれる。

多くの場合、二人は互いのほうを向く。向き合う配置にすると、二点で一組に見える。

この二点でも、身体の向きが左右で対応している。

つまり、単独で見るのは本来の見方ではない。二点を並べて初めて設計が読める。

対の作品が離ればなれになる問題は、
別のコラムでも扱った。

同じ日に、二人を描いたのか

制作の順序についても考えたい。夫婦の肖像は、同じ年の作である。

しかし同じ日に描かれたかどうかは分からない。別々に座らせて描くのが普通である。

顔だけを写し、衣装や背景は後から仕上げる方法も一般的だった。

工程を分ける方法については、別のコラムで扱った。

肖像画は、一気に描き上げるものとは限らない。

黒衣の女性

もう一点、女性の肖像を見たい。

ナルシサ・バラニャーノ・ガヨソ・デ・ゴイコエチェア
フランシスコ・デ・ゴヤ《ナルシサ・バラニャーノ・ガヨソ・デ・ゴイコエチェア》1805年ごろ。油彩・画布。縦112.4センチ、横78.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。フランシスコ・デ・ゴヤ《ナルシサ・バラニャーノ・ガヨソ・デ・ゴイコエチェア》メトロポリタン美術館蔵

女性が椅子に座り、こちらを見る。

黒いレースの被り物が、頭から肩へ垂れる。頭頂に青いリボンの飾りが付く。

衣も黒である。胸元に小さな桃色の花を挿す。

椅子は黄色く、背もたれの一部が見える。左手に扇らしきものを持つ。

黒い衣の中で、顔と手だけが明るい。視線を集める作りである。

黒は、面として使われている

色の扱いにも触れておきたい。この画面では、黒が広い面を占める。

しかし黒は一色ではない。レースの部分は透け、下の白い肌が見える。

衣の部分は光を反射せず、平らに沈む。同じ黒でも、質感が描き分けられている。

黒を面として使う設計は、別のコラムでも扱った。

七十年ほど後の話だが、扱い方には共通点がある。

髪型が、年代の手がかりになる

装いをもう一つ見たい。1804年の女性は、長い髪を結わずに下ろしている。

一方、1805年ごろの女性は、髪を上げてレースの被り物を掛けている。

同じ時期でも、装いには幅がある。年齢や場面によっても変わる。

だから髪型だけで年代を決めることはできない。手がかりの一つとして扱いたい。

腕を組む建築家

年代の下る一点も見たい。

建築家ティブルシオ・ペレス・イ・クエルボ
フランシスコ・デ・ゴヤ《建築家ティブルシオ・ペレス・イ・クエルボ》1820年。油彩・画布。縦102.2センチ、横81.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。フランシスコ・デ・ゴヤ《建築家ティブルシオ・ペレス・イ・クエルボ》メトロポリタン美術館蔵

1820年の作である。公開分では最も遅い。

男が腕を組み、こちらを見る。白いシャツの袖が大きく膨らむ。

黒い上着を羽織り、襟元を開けている。髪は乱れ、額にかかる。

背景は真っ暗で、何も描かれていない。

左下に、細い文字で署名と年記らしきものが見える。

装いが、時代とともに変わる

三十年ほどの幅を並べたい。1792年の肖像では、膝丈のズボンと縞の上着だった。

1804年の軍人は、金ボタンの軍服である。1820年の建築家は、黒い上着に白いシャツである。

つまり装いが、はっきり変化している。服装の変化は、時代の変化でもある。

肖像は人物の記録であると同時に、衣服の記録でもある。

暗い背景が示すもの

背景の暗さにも触れておきたい。1820年の肖像は、背景がほとんど黒である。

人物の輪郭が、背景に溶けている箇所もある。光は顔と白いシャツにだけ当たる。

初期の肖像と比べると、明暗の差が強い。同じ画家の中でも、方法が変わっている。

理由を一つに決めることはできない。ただし、変化があったことは画面から読める。