誰が注文したのか——ゴヤの肖像画
ゴヤの公開分は、その多くが注文の肖像である。子ども、商人、軍人とその妻、建築家。寸法はほぼ同じ規格に収まる。九点を並べ、依頼主の層と、小道具が語る情報を読む。夫婦の対の寸法にも触れておきたい。銘文が画面に書き込まれる理由も見ておきたい。

猫が三匹、鳥を狙っている
一枚の絵から始めたい。

大きな画面である。縦127センチ、横101.6センチ。
中央に、赤い服の子どもが立つ。上下とも鮮やかな赤で、腰に白い帯を結ぶ。
襟と袖口には白いレースが重なる。足元は白い靴である。
右手に細い紐を持つ。紐の先には、黒と白の鳥がいる。かささぎだと考えられる。
鳥は嘴に、小さな紙をくわえている。紙には文字らしきものが見える。
右下に鳥籠がある。中に小さな鳥が数羽。
そして左下に、猫が三匹いる。いずれも身を低くし、目を大きく開いて鳥を見つめている。
画面の下端には、横一列に文字が並ぶ。人物の名と、生年を記した銘である。
背景は灰緑色で、何も描かれていない。
描いたのは、誰か
作者はフランシスコ・デ・ゴヤである。1746年にスペイン北部で生まれ、1828年にフランスで没した。
宮廷に仕える画家となり、王族の肖像も描いた。同時に、版画の連作や壁画も残している。
活動期は五十年を超える。その間に、スペインは戦争と政変を経験した。
つまり一人の画家の生涯が、社会の大きな変化と重なっている。
ただし作品を、時代の説明だけで読むのは避けたい。注文と依頼主の事情も、同じ重さで働いている。
遊びの絵ではない
まず、この画面の構造を確かめたい。子どもは正面を向き、静かに立っている。
しかし足元では、猫が鳥を狙っている。紐がなければ、鳥はすぐに捕らえられる。
つまり画面には、緊張が仕込まれている。愛らしい子どもの肖像でありながら、危うさが同居する。
この読み方は、所蔵館の解説でも紹介されている。象徴として読む見方である。
ただし、画家自身がどこまで意図したかは分からない。断定は避けたい。
背景を描かないという選択
背景にも注目したい。この一点の背景は、灰緑色の平らな面である。
家具も、窓も、風景も描かれていない。子どもと動物だけが画面に置かれる。
背景を描かなければ、人物が浮かび上がる。同時に、場所の情報が消える。
どこで描かれたかは分からなくなる。その代わり、いつどこに掛けても違和感がない。
注文肖像では、この選択がよく使われる。
問い——誰が、ゴヤに注文したのか
ここで問いを立てたい。ゴヤという名は、戦争を描いた大作や、晩年の暗い絵で知られる。
しかし当サイトの公開分9点は、そのほとんどが注文の肖像である。
依頼したのは、どんな人々だったのか。そして、注文肖像はどう作られていたのか。
9点を並べて、肖像画家としての仕事を読みたい。
銘文が、画面に書き込まれている
まず、先の一点の銘に触れたい。画面の下端に、文字が横一列に並ぶ。
内容は、描かれた子どもの名前と、生まれた年である。
つまり画面そのものが、記録の役目を負っている。額の裏や台帳ではなく、絵の中に書かれている。
肖像が家の記録として機能する仕組みは、
別のコラムでも扱った。
名前が消えれば、誰の肖像かは分からなくなる。銘は、その予防でもある。
赤という色
色についても触れておきたい。この子どもの服は、鮮やかな赤である。
画面の中で、他に強い色はない。背景は灰緑、猫は黒と灰、鳥は黒と白である。
つまり赤が一点だけ置かれている。視線は、まずそこへ行く。
少ない色数の中で強い色を一つ使う方法は、効果が大きい。
同じ設計は、別のコラムで見た版画にもあった。
もう一人の子ども
子どもの肖像を、もう一点見たい。

こちらは二十年ほどあとの作である。
少年が正面を向いて立つ。白いズボンと白いシャツ、その上に濃緑の上着を羽織る。
上着には金の縁取りと飾り紐が付く。軍服を模した子ども服だと考えられる。
右手に黒い帽子を持ち、左手で玩具の馬の紐を引く。馬には車輪が付いている。
足元には太鼓と、赤い布。棒のような玩具も転がる。
床は赤褐色で、背景は暗い灰緑色である。
玩具が、身分を示す
道具に注目したい。玩具の馬、太鼓、軍帽風の装い。
いずれも、当時の裕福な家庭の子どもの持ち物である。つまり玩具は、家の経済を示している。
先の一点では、鳥籠と繋がれた鳥が同じ役目を果たしていた。
肖像に描かれる小道具は、装飾ではない。持ち主の位置を示す情報である。
制作年の幅
年代も確かめておきたい。公開分の制作年は1787年から1820年に及ぶ。
三十年以上の幅がある。つまり、ゴヤの中期から後期にあたる。
初期の宮廷向けの下絵や、晩年の暗い壁画は含まれていない。
公開分で見えるのは、肖像画家として最も注文の多かった時期である。
大人の肖像——手紙を持つ男
大人の肖像に移りたい。

男が椅子に座り、脚を組む。上体はやや前へ傾き、顔はこちらを向く。
上着は淡い青灰色で、細い縞が入る。膝丈のズボンは黄土色で、光を受けて明るい。
両手で青い紙を持つ。紙には文字が書かれている。
背景はほとんど無地である。左後方に椅子の背もたれが見える。
表情は落ち着いていて、口元がわずかに緩む。