誰が注文したのか——ゴヤの肖像画
バルコニーの二人
肖像以外の主題も見ておきたい。

大きな画面である。縦194.9センチ。等身を超える。
手前に鉄の手すりがあり、女性が二人、そこにもたれている。
一人は黄色い花模様の上衣、もう一人は白い衣に黒いレースを重ねる。
二人の背後に、黒い衣の男が二人立つ。顔は影に沈み、表情が読めない。
明るい二人と、暗い二人。前後の対比がはっきりしている。
誰を描いたのかは、分からない
この一点については、注意が要る。題名の「マハ」は、当時のマドリードの装いをした女性を指す言葉である。
特定の個人の名は記録されていない。つまり、注文肖像ではない。
制作の事情や、描かれた人物については諸説がある。所蔵館の記録も、制作年を十年幅で示すにとどめている。
分からないことは、分からないと書いておきたい。
闘牛場の一点
もう一点、主題の違う作品を見たい。

横長の画面である。縦98.4センチ、横126.4センチ。
闘牛場が斜めの壁で二つに仕切られている。左右で、別々の場面が同時に進む。
左では、牛が人に向かって突進する。右では、馬に乗った人物が牛と対する。
観客席は画面の奥に低く広がり、群衆が点として並ぶ。
奥には町の建物が見え、空は明るい。
二つの場面を、同時に描く
構図の工夫に触れておきたい。仕切りの壁があることで、画面は二分される。
見る側は、左の場面と右の場面を順に読む。一枚の絵の中に、二つの時間が並ぶ。
同じ効果は、行列を描いた続き物にも見られる。その構造は、
別のコラムで扱った。
画面を割る方法は、地域を問わず使われている。
大きな画面は、どこに掛けられたか
寸法の意味も考えたい。縦194.9センチの画面は、家庭の居間に掛ける大きさではない。
天井の高い部屋か、公共の場所が想定される。
一方、縦100センチ前後の肖像は、個人の住まいに合う。
つまり寸法から、置かれる場所が推測できる。飾る場所が絵の大きさを決める点は、
別のコラムでも扱った。
見立て——注文肖像は、依頼主の記録である
ここまでを整理したい。9点のうち7点が、名前の分かる人物の肖像である。
子ども、商人、軍人とその妻、建築家。いずれも当時のスペインの有力な層である。
つまりゴヤの仕事の基盤は、注文肖像だった。大作や版画は、その基盤の上にある。
画家の代表作だけを見ていると、この基盤が見えなくなる。
肖像の値段と寸法
寸法にも触れておきたい。9点の肖像は、縦93センチから127センチに集まる。
つまり、ほぼ同じ規格である。半身から膝上までを収める大きさになる。
寸法が注文の等級に対応する仕組みは、
別のコラムで扱った。
同じ時期のヨーロッパで、共通した商習慣があったと考えられる。
九点の内訳
公開分の構成も確かめておきたい。肖像が7点、風俗の主題が2点である。
版画も素描も、公開分には含まれていない。ゴヤは版画の連作でも知られる画家である。
つまり公開分だけを見ると、この画家は肖像画家に見える。実際の仕事の幅とは違う。
公開作品の構成が画家像を作る点は、繰り返し確かめておきたい。
暮らしへ——持ち物を、一つだけ入れる
家でできることを書いておきたい。人を撮るとき、その人の持ち物を一つだけ画面に入れてみる。
道具でも、本でも、楽器でもよい。それだけで、写真は職業や関心を語り始める。
二つ以上入れると、情報が散る。一つに絞ることが、肖像の作法である。
ゴヤの肖像が持たせている物は、いずれも一つか二つである。
署名は、どこにあるか
署名の位置も見ておきたい。公開分では、画面の下部や隅に細く記される例がある。
大きく目立つ位置に置かれることは少ない。注文肖像では、主役は依頼主だからである。
一方、銘文は画面の下端に大きく書かれる場合がある。名前を伝えるためである。
署名と銘文では、役目が違う。誰が描いたかと、誰を描いたかの違いである。
群として見ると、注文の形が見える
最後に、見方をまとめておきたい。9点を寸法で並べ、名前の有無で分けてみる。
名前のある肖像は、寸法がほぼ揃う。名前のない主題は、寸法が大きく外れる。
つまり注文の有無が、寸法に現れている。公開画像は、そのための道具である。
そして、気づいた点は書き留めておきたい。寸法の一致は、見落としやすい。
一行の記録が、次に見るときの足場になる。
名前が残るということ
最後に、書き添えておきたい。公開分の肖像には、描かれた人の名が題名に入る。
つまり、二百年後にも名前が残っている。
肖像を注文できた人と、できなかった人がいる。
残る名前と、残らない名前の差は、そこから生じている。
依頼主の層
最後に、依頼主についても整理したい。公開分の肖像には、
商人、軍人とその妻、建築家、子どもが並ぶ。
つまり、王侯貴族だけではない。
専門職や商人の層が、肖像を注文する時代になっている。
その変化は、都市の経済の変化でもある。
誰が肖像を持てたか。その問いは、絵の外側の歴史につながる。
そして、確かめた寸法は書き留めておきたい。等級の数字は、覚えにくい。
一行の記録が、次に見るときの足場になる。
記録は、あとから読む自分のために残すものである。
細かく書く必要はない。日付と、気づいた一点だけでよい。
そして次に見るときは、その一行から始めればよい。









