画家を知る

実景と、空想の景——グアルディのヴェネツィア

祝祭は、都市の商売でもあった

祝祭についても補いたい。ヴェネツィアでは、年ごとに大きな祝祭が催された。

海に関わる儀式、聖人の祝日、外国からの賓客の歓迎。いずれも都市を挙げての催しである。

祝祭には人が集まり、金が動く。つまり祝祭は、都市の経済とも結びついていた。

その情景を描いた絵が売れたのも、同じ理由である。催しの記憶が、商品になる。

消えたものが、絵に残る

この一点の性格に触れておきたい。描かれた壇は、いまは存在しない。

つまりこの絵は、消えた建造物の記録である。写真のない時代には、絵がその役目を担った。

ただし、記録としての正確さは保証されていない。装飾を強調したり、群衆を増やしたりすることは容易である。

記録に見える絵と、記録そのものは違う。その区別については、
別のコラムで扱った。

教会を、遠くから見る

もう一点、実景を見たい。

サンタ・マリア・デッラ・サルーテ
フランチェスコ・グアルディ《サンタ・マリア・デッラ・サルーテ》1770年ごろ。油彩・画布。縦32.4センチ、横52.7センチ。額を含めて縦48.9センチ、横68.9センチ、厚さ7センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランチェスコ・グアルディ《サンタ・マリア・デッラ・サルーテ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな画面である。縦32.4センチ、横52.7センチ。

中央奥に、大きなドームを持つ教会が立つ。ドームの脇に、小さな塔が並ぶ。

手前は広い水面である。舟が散らばり、帆柱が斜めに立つ。

左には低い建物と、荷を扱う人々。右は水路が続き、遠くに霞む。

空は灰色がかっていて、雲の形が緩い。建物の輪郭も、線ではなく色の境で示される。

空の色が、時刻を示す

空にも注目したい。15点の空は、いずれも違う色をしている。

明るい水色の空、灰色の垂れた雲、桃色を帯びた夕方の空。

同じ都市を描きながら、天候と時刻が描き分けられている。

つまり眺望画は、場所の記録であると同時に、その日の空気の記録でもある。

ただし、実際にその日その場所で描かれたとは限らない。素描をもとに工房で仕上げる方法も一般的だった。

筆が、速い

技法にも触れておきたい。この画家の筆は速い。

窓の枠、人物の腕、舟の縁。いずれも一筆で置かれている。

近づいて見ると、線が途切れ、絵具の粒が見える。しかし離れると、形として読める。

同じ効果を狙った画家の話は、別のコラムで扱った。

速い筆は、数を作るのにも向いている。眺望画は、需要の多い商品だった。

存在しない景色

ここから、空想の景を見たい。

ローマのサンタンジェロ城の空想的眺め
フランチェスコ・グアルディ《ローマのサンタンジェロ城の空想的眺め》1785年ごろ。油彩・画布。縦46.8センチ、横76.3センチ。額を含めて縦63.7センチ、横91.8センチ、厚さ7センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランチェスコ・グアルディ《ローマのサンタンジェロ城の空想的眺め》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

題名に「空想的」とある。実景そのままではない、という意味である。

画面の右に、円筒形の大きな建物が立つ。上部に旗が翻り、周囲を城壁が囲む。

左には橋が架かり、その奥に町並みが続く。遠くに大きなドームが見える。

手前は水辺で、小舟と人物が数人。

サンタンジェロ城も、遠くのドームも、実在の建物である。しかし位置関係は実際と違う。

つまり、実在の要素を組み替えて作られた景色である。

素描が、下敷きになる

制作の手順にも触れておきたい。眺望画は、屋外で完成させる絵ではない。

現場で素描を取り、工房で油彩に仕上げるのが一般的だった。

そのため、同じ構図の作品が複数残ることがある。素描という型が、繰り返し使われるからである。

素描の役割については、別のコラムで扱った。

当サイトの公開分に、この画家の素描は含まれていない。

組み替えるという方法

カプリッチョの作り方を整理したい。実在の建物を、別の場所に置く。

廃墟を加え、水路を通し、人を配置する。それらしく見えるが、その場所は存在しない。

これは嘘ではなく、当時認められた形式である。買う側も、空想であることを承知していた。

現代の言葉に置き換えれば、実在の素材で作った架空の風景である。

大画面のカプリッチョ

規模の大きな一点も見たい。

港のカプリッチョ
フランチェスコ・グアルディ《港のカプリッチョ》1760〜1770年ごろ。油彩・画布。縦122センチ、横178センチ。額を含めて縦154.9センチ、横209.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランチェスコ・グアルディ《港のカプリッチョ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

大きい。縦122センチ、横178センチ。先の一点の、面積で四倍以上ある。

画面の中央に、崩れかけた塔が立つ。石が欠け、上部が不揃いである。

その右に、古代風の柱が三本並ぶ。柱頭だけが残り、屋根は落ちている。

手前には低いアーチの橋が架かり、下を水が通る。

左には帆船の帆柱が立ち、遠くに海が広がる。手前の岸で、人々が荷を扱う。

つまり、廃墟と港と橋を組み合わせた景色である。

大画面は、誰のためか

大きさの意味も考えたい。縦122センチ、横178センチの画面は、旅行者が持ち帰る大きさではない。

壁に掛けるための絵であり、注文主は現地の邸宅か、外国の貴族だと考えられる。

つまり同じカプリッチョでも、寸法によって客が違う。

小品は土産、大画面は室内装飾。市場が二層に分かれている。

廃墟は、なぜ好まれたのか

主題の背景にも触れておきたい。18世紀のヨーロッパでは、古代の遺跡への関心が高まった。

発掘が進み、旅行者が遺跡を訪ねるようになる。廃墟は、時間の経過を示す主題として好まれた。

同時に、装飾としても使いやすい。崩れた形は、画面に変化を作る。

つまり流行と実用の両方が、この主題を支えていた。