作品を知る

手は、切り離しても手である——カリアーリ・ドニ・サヴェージほか九点

技法の欄に、手がある

石膏の胸像である。

高さは44.5センチ。

少年の頭と肩までがある。

帽子をかぶっている。

つばは、右へ傾く。

顔は、やや上を向く。

目は大きく、まっすぐ前を見る。

唇は、閉じている。

頬の丸みが、光を受ける。

襟の開いた上着を着る。

襟は左右に広がり、首が見える。

肩のあたりで、像は切れる。

表面は、褐色に塗られている。

塗りは均一ではない。

高いところは、明るい。

浮浪児
オーガスタ・サヴェージ《浮浪児》1929年ごろ。館の記録では、手彩色の石膏。高さ44.5センチ。番号は2003.40。クリーヴランド美術館蔵。オーガスタ・サヴェージ《浮浪児》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この作者の位置を書いている。

一九二〇年代から三〇年代のハーレムで、最も評価された彫刻家である。

そしてこの像が、その代表作だとする。

長く、特定の誰でもない少年だと考えられていた。

近年の調査で、作者の甥だとわかった。

館は、親しさが表情に出ていると書く。

小さな複製がいくつも作られた。

しかしこの一点は、等身大で、一つしかない。

手の語は、どこにあるか。

技法の欄である。

手彩色の石膏、と書かれている。

型から抜いたあと、人が筆で塗った。

だから一点ごとに違う。

塗った手は、写っていない。

像の手も、写っていない。

肩から下がないからである。

それでもこの一点は、手の記録を持っている。

塗りむらが、その記録である。

手のための大きさ、手を離れた大きさ

写真である。

画像の寸法は40.5×54.8センチ。

横長で、かなり大きい。

画面の手前は、暗い森である。

針葉樹が、斜面を埋める。

木の一本一本は、判別できない。

黒い塊として見える。

中景に、谷がある。

谷の底は、影になっている。

奥に、岩の山が立つ。

頂は、いくつにも割れている。

稜線は、鋭い。

山肌には、雪が見えない。

空は、白く飛んでいる。

雲は、ほとんどない。

画面の上三分の一が、空である。

人も、道も、建物もない。

シエラネヴァダ、ダヴォンカッスル・ビュート
カールトン・イー・ワトキンズ《シエラネヴァダ、ダヴォンカッスル・ビュート》1866年から1870年のあいだ。館の記録では、湿板ネガからの鶏卵紙印画。画像の寸法は40.5×54.8センチ。番号は1988.87。クリーヴランド美術館蔵。カールトン・イー・ワトキンズ《シエラネヴァダ、ダヴォンカッスル・ビュート》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、写真の大きさの歴史を書いている。

湿板からの鶏卵紙印画である。

一八三〇年代から八〇年代まで、写真はおおむね小さかった。

手に持ち、帖に貼り、家で見るためのものだった。

風景や記念物を撮るようになって、事情が変わる。

ガラス乾板が、大きな画面を可能にした。

一八六〇年代の巨大印画は、法外に大きく見えたという。

二十世紀の報道写真は、また小さくなる。

本や雑誌に載せる大きさへ戻った。

この一枚は、その巨大印画である。

手のための大きさから、手を離れた大きさへ移っている。

九点の最後にこれを置いたのは、そのためである。

手は、ものの大きさを決める物差しだった。

寸の字が、もともと手首の位置を指したのと同じである。

急須の6センチも、摺物の20センチも、手の寸法である。

この写真の54.8センチは、その物差しを外れている。

外れたとき、記録はそれをわざわざ書く。

手のためのものだった、と過去形で書く。

写真の作り方については、写真の作り方で扱った。

数えてみると

九点を並べ終えて、数えられることを数えておく。

人の手が画面に写っているのは、六点である。

手の習作、ドニの石版、鸚鵡の物語、チェルシーの像、俊満の摺物、フローウィンの扉。

写っていないのは、三点。

宝瓶、サヴェージの胸像、ワトキンズの写真である。

ただしドニの一枚は、写っているとは言いにくい。

白い形が二つあるだけで、手と決められない。

厳しく数えれば、五点になる。

いずれにせよ、九点すべての記録に手の語がある。

その現れ方は、四つに分かれた。

一つ、題にある。手の習作、手の愛撫、自らの手で、手付きの急須。

二つ、器物の名にある。鼓、宝瓶。

三つ、技法にある。手彩色。

四つ、説明の文にある。手によるとされる、手のためのもの。

画面と記録が一致したのは、最初の三点だけだった。

残りの六点では、手はどこか別の場所にいる。

名の中、形の中、作った人の側、見る人の側。

体の部分でありながら、手はこれだけ移動する。

言えることと、言えないこと

言えるのは、手が二つの意味を行き来するということである。

一つは、体の一部としての手。

もう一つは、作ることと持つことの代名詞としての手。

カリアーリの紙は、前者だけを取り出した。

フローウィンの記録は、後者だけを使っている。

そのあいだに、七点が並ぶ。

言えないことも、はっきりしている。

まず、これが手の絵の全体像ではない。

十二点の候補から九点を選んでいる。

選ばなかった三点にも、手の語はあった。

次に、記録の言葉は館ごとに癖がある。

クリーヴランドは説明の文が長い。

メトロポリタンは札が短い。

だから、説明の文に手の語が出るのは、ほぼクリーヴランドである。

九点のうち八点がクリーヴランドなのは、そのためでもある。

在庫のかたよりが、そのまま論のかたよりになる。

そのことは、断っておかなければならない。

最後に、手が写っているかどうかの判定は、こちらの目による。

ドニの一枚を、六点目に数えるか五点目で止めるか。

そこに線を引いたのは、機械ではない。

手の習作に戻ると、四つの手はどれも途中で切れていた。

体のない手が、いちばん手らしく見える。

その逆は、たぶん成り立たない。

体だけを描いて、手を省いた絵は、手の絵とは呼ばれない。

手を省いた肖像は、いくらでもある。

胸から上で切れば、手は消える。

サヴェージの胸像が、まさにそれだった。

それでも記録には、手の語が残っていた。

手は、省けない部分ではなく、単独で立てる部分である。

九点を通して確かめられたのは、そのことだった。

織ることについては、織るは、交差させることで扱った。

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