麦畑に、軍服が脱ぎ捨ててある——ウィンズロー・ホーマー
三人が、三通りである
この絵の巧みさは、捕虜の描き分けにある。
若い男は反抗的。老人は疲弊。少年は無自覚。
戦争が終わったとき、負けた側にどういう人がいたか。その幅が、三人で示されている。
そして、勝った側の将校は一人だけである。しかも表情に勝利の喜びは無い。
地面の切り株も効いている。
戦争のために木が伐り払われた土地である。景色そのものが、消耗の結果として描かれている。
放り出された銃は、武装解除を意味する。だが誰も、それを片付けていない。
戦争画でありながら、英雄も、悪役も、劇的な場面も無い。
同じ時期、フランスではクールベが「絵になりにくいもの」を大画面で描いていた。別のコラムで扱っている。
ホーマーの選択は、それとは違う。彼は主題自体は劇的なもの——戦争——を扱いながら、劇的な瞬間を避けている。
戦闘は描かれない。勝利の場面でもない。
描かれるのは、戦いが終わったあとの、気まずい対面である。
この選び方は、彼が前線で見たものと関係しているだろう。実際の戦争の大半は、こういう時間でできている。
そして、この絵は発表と同時に高く評価された。翌年のパリ万国博覧会にも出品されている。
戦争が終わって間もない時期に、勝者を讃えない戦争画が受け入れられた。当時の観客の気分が透けて見える。
そして、子どもを描く
戦争の記憶が生々しい時期に、彼は突然、明るい絵を描きはじめる。

草地を、少年が八人、手をつないで走っている。
先頭が方向を変えると、列の端が振り回される。「鞭を鳴らせ」と呼ばれる遊びである。
右端の二人が踏ん張り、左端では二人が転がっている。
全員が裸足だ。ズボンの丈も、上着の形もばらばらである。
背後には、赤い一部屋の校舎。田舎の学校の典型である。
手前の草地には、赤と白と黄の野の花。
空は曇りがちで、白い雲が広がる。
なぜ、子どもなのか
この転換は、当時のアメリカの気分と関係していると考えたい。
戦争は六十万人以上の死者を出した。その記憶から目をそらしたい、という需要はあっただろう。
田舎の学校、裸足の子ども、野の花。失われた、あるいは失われつつある素朴な暮らしの図である。
ただし、この絵を単なる懐古として読むのは早い。
よく見ると、遊びの構造そのものが不安定である。誰かが必ず振り落とされる。実際、二人が転んでいる。
楽しい絵に見えて、力の伝達と、その先で誰かが飛ばされる仕組みが描かれている。
深読みかもしれない。だが、戦争を見てきた画家がこの遊びを選んだことは、記憶しておいてよい。
もう一点、この絵には社会的な文脈もある。
背後の赤い校舎は、一部屋しかない田舎の学校である。
十九世紀後半のアメリカでは、こうした学校が急速に姿を消しつつあった。都市化と学校制度の整備が進んでいたからだ。
つまりこの画面は、当時すでに「失われつつあるもの」として見られていた可能性がある。
懐古の需要は、当時の観客の側にもあった。
同じ年に、二つの版がある
補足しておくと、この構図には別の版も存在する。所蔵館の記録がそれに触れている。
同じ主題を、大きさや背景を変えて描き直したものである。
売れる主題を繰り返すのは、当時の画家にとって当たり前の判断だった。
版画の世界で「当たった意匠は形を変えて何度も出す」と書いたのと、構造は同じである。
水彩を、本格的に始める
1873年、彼の仕事に大きな変化が起きる。水彩である。
夏をマサチューセッツの港町で過ごし、その年から水彩を大量に描くようになった。
水彩は速い。油彩のように乾燥を待つ必要がなく、紙も軽い。
そして紙の白を残せば、それがそのまま明るさになる。
塗らないことで明るさを作る、という考え方である。日本の版画が雪を紙の白で表したのと、原理は同じだ。別のコラムで扱っている。
以後、彼は生涯にわたって水彩を描き続けた。油彩と並行して、対等の仕事として扱っている。
海が、主題になる
1880年代に入ると、彼は人の少ない場所へ移っていく。
イギリス北東部の漁村に一年ほど滞在し、帰国後はメイン州の海辺に居を構えた。
以後、亡くなるまでそこで暮らしている。
メイン州のプラウツ・ネックという岬である。
家は海に面しており、窓から直接波が見えた。制作のための小屋も建てている。
つまり彼は、主題のただ中に住むことを選んだ。
ピサロが目の病気のためにホテルの窓から描いたのとは、動機が逆である。あちらは制約、こちらは選択だった。別のコラムで扱っている。

冬にはバハマなど、南の島へ出かけた。
この一枚には、人が一人も描かれていない。
手前は黒い岩礁である。濃い墨色と褐色が、乾いた筆で置かれている。
その向こうに、崩れかけた波。白の帯が横に走り、その手前で盛り上がった波が青緑に透ける。
海の色は三段階に分かれている。手前が明るい青、中ほどが濃い群青、遠くがまた明るい。
空は灰色の雲でほぼ埋まる。左端に小さく灯台らしき白い塔。
そして水平線の中央に、汽船が一隻。黒い煙を上げている。
穏やかな南の海ではない。風の強い日である。
水彩でこれだけの重さを出せることに、まず驚いてほしい。