作品を知る

角と骨は、名前になる——窪俊満・ルドン・カトリンほか九点

角が、首長の名になる

八点目では、角は呼び名である。

ハウォンジェタ(一本角)、ミニコンジュー族の大首長
ジョージ・カトリン《ハウォンジェタ(一本角)、ミニコンジュー族の大首長》1832年。館の記録では、油彩・カンヴァス。73.7×60.9センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ジョージ・カトリン《ハウォンジェタ(一本角)、ミニコンジュー族の大首長》スミソニアン協会蔵

縦長の肖像である。

73.7×60.9センチある。

胸から上が描かれる。

顔はこちらを向き、目もこちらを見る。

髪は褐色で、大きく膨らむ。

顔の上半分は、赤く塗られている。

耳には、青い飾りが下がる。

首には、細い紐が幾重にも掛かる。

紐の先に、白い円い飾りがある。

肩には、皮の衣がかかる。

衣の縁には、細い房が並ぶ。

胸には、色の帯が斜めに走る。

帯は黄と赤と青である。

背景は、灰緑と褐色である。

背景には、何も描かれていない。

地の色は、上が明るく下が暗い。

人物だけを見せるための背景である。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

題は、名を音で写し、続けて意味を添えている。

意味のほうに、角という語が入る。

画面には、角がない。

髪飾りにも、衣にも、角の形はない。

名の由来は、画面の外にある。

この画家の題の付け方については、二つの名前で扱った。

骨が、画家の姓になる

最後の一点で、骨は姓である。

ウェイマス湾、戦勝記念日の祝祭
ミュアヘッド・ボーン《ウェイマス湾、戦勝記念日の祝祭》1946年。館の記録では、水彩、黒鉛、ペンとインク。番号は1954.772。クリーヴランド美術館蔵。ミュアヘッド・ボーン《ウェイマス湾、戦勝記念日の祝祭》クリーヴランド美術館蔵

横長の水彩である。

画面の上三分の一は、海である。

海は淡い青緑で、水平線が高い。

水面には、小さな舟が散る。

舟は白い点として描かれる。

奥には、低い岬がある。

岬の上には、建物が並ぶ。

画面の下三分の二は、浜である。

浜は明るい黄褐色である。

浜には、人が埋め尽くしている。

人は小さな点と短い線でできる。

数は、数百に及ぶ。

赤や青の点が、そのあいだに混じる。

旗が、数本立つ。

旗は赤と白で、小さい。

浜の中ほどに集まっている。

線は細く、速い。

ペンで引いた線の上に、水彩が置かれる。

色は薄く、下の線が透ける。

人の一人ずつは、点にしかならない。

館の記録では、この浜で何百人もが、ある記念日の一周年を祝っている。

前の年の五月に確定した勝利を記念する日である。

この色鮮やかな描写は、人びとの高ぶった気分を伝えるという。

そして館は、この画家について書いている。

戦時の公式の画家を務めた。

任じられたのは、それより三十年前である。

つまり二つの大きな戦争を生きたうえで、この場面を描いたという。

館の記録は、そう説明している。

作者の姓は、骨を意味する語である。

画面にも材料にも、骨はない。

材料は、水彩と黒鉛とインクである。

浜の人びとの骨も、当然描かれていない。

数えてみると

九点を並べ直す。

角でできているのは、一点である。

火薬入れだけである。

角が描かれているのが、一点。

角の形を陶で写したものが、一点。

骨かもしれない象嵌が、一点。

骨が題の語なのが、一点。

そして名前が四点である。

刀鍛冶の姓、贈られた人の姓、首長の呼び名、画家の姓。

もう一つ数える。

九点のうち、館の記録の材料の欄に角か骨という語があるのは二点である。

火薬入れと、二択で書かれた象嵌。

残る七点では、角も骨も題か説明文の中にある。

さらに数える。

九点のうち、角や骨の形が見えるのは三点である。

火薬入れ、描かれた花生け、そして陶の羊の角。

羊の角は、陶で作られた角である。

つまり本物の角は、二点しかない。

火薬入れと、描かれた花生けである。

そのうち一点は、絵の中にある。

手に取れる角は、火薬入れだけである。

言えることと、言えないこと

言えるのは、角と骨が「名前になりやすい材料だ」ということである。

短く、どの言語にもある語である。

だから姓になり、呼び名になる。

九点のうち四点で、材料の語は人を指していた。

四点のうち三点は姓で、一点は呼び名である。

姓は受け継がれ、呼び名はその人だけのものである。

同じ語でも、続き方が違う。

姓の三点は、どれも別の国の人である。

語は違うが、意味は同じである。

角も骨も、どこにでもある材料だからである。

象牙や大理石では、こうはならない。

語が長く、日常の言葉ではないからである。

身近な材料ほど、名前になりやすい。

言えないのは、角と骨が安いから残らないという話である。

千七百年代の火薬入れは、いまも残っている。

角は水を通さず、割れにくい。

骨は割れやすいが、腐りにくい。

どちらも、土の中で長く残る。

木や布より、はるかに長い。

しかし記録には、ほとんど現れない。

材料の欄に角や骨が書かれたのは、二点だけだった。

そのうち一点は、象牙かもしれないと書かれている。

確かに角か骨だと言えるのは、一点である。

九点のうち一点。

これほど少ない材料も、めずらしい。

身近であることと、記録に残ることは別である。

ありふれた材料ほど、書かれない。

最後に、はじめの一つへ戻る。

角の表面には、文字と紋章と地図が彫られている。

もとは、牛の頭の一部である。

容れ物になり、そして書く面になった。

中に火薬を入れ、外に地図を彫る。

一つの物が、二つの役目を持っている。

彫った人は、名を残していない。

館の記録が挙げるのは、作り手の名だけである。

彫りと作りが同じ人かどうかも、書かれていない。

年だけが、1759年と刻まれている。

刻まれた年は、記録より確かである。

物そのものに書かれているからである。

館も、その年をそのまま採っている。

半透明の面に、細い線が黒く残る。

九点を数え終えて残るのは、その面の透け方のほうである。

透けるから、彫った線が濃く見える。

地が明るいので、黒が効く。

紙と同じ理屈である。

角は、書くための面としても働ける。

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