画家を知る

四センチの象牙に、四十年——ジェームズ・ピール

縦4.4センチの自画像から、四十二年後の果物の静物まで。細密画を六枚含む九点で、一人の画家の長い活動をたどる。九点のうち五点は色のない古い記録写真で、そのことが何を隠すかも書いておきたい。細部を追う手つきは、顔から果実へ移っても変わらない。

自画像
ジェームズ・ピール《自画像》メトロポリタン美術館蔵

四センチの自画像

一枚の細密画から始めたい。

自画像
ジェームズ・ピール《自画像》1789年。水彩、象牙。縦4.4センチ、横3.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。グロリア・マニーの寄贈、2006年。ジェームズ・ピール《自画像》メトロポリタン美術館蔵

楕円の画面である。

そこに、男性の胸像が描かれる。

髪は、灰色がかった白。

暗い色の上着に、白い襟。

首元に、水色の布が見える。

背景は、淡い青灰色。

金色の枠に収まっている。

自画像という主題

題は、自画像である。

つまり、自分を描いている。

鏡を見ながら、四センチの象牙に描く。

鏡を、どう使うか

自画像には、鏡が要る。

そして、鏡に映る像は左右が逆になる。

つまり、描かれた顔は反転している。

もっとも、見る側には分からない。

自画像は、そういう性質の絵である。

顔の実寸

顔の大きさを計算したい。

画面が4.4センチである。

そして、顔はその三分の一ほど。

つまり、一センチ半ほどになる。

その中に、目と鼻と口が入る。

象牙という支持体

技法欄を見たい。

水彩、象牙とある。

つまり、象牙の薄板に水彩で描く。

象牙は、薄く削ると半透明になる。

そして、下から光が透ける。

水彩という技法

技法にも触れたい。

水で溶いた絵の具を、細い筆で置く。

そして、点を重ねて色を作る。

厚く塗ることはできない。

薄く、何度も重ねる。

象牙の扱い

象牙について、補っておきたい。

現在、国際的に取引が規制されている。

美術館にある古い品は、その対象ではない。

しかし、材料の来歴には目を向けたい。

当サイトでは、繰り返しこの点に触れてきた。

金の枠

画像には、金色の枠が写る。

そして、上部に吊るすための輪がある。

つまり、身に着けるための仕立てである。

壁に掛ける絵ではない。

肩の飾り

肩の飾りを見たい。

房のような形で、垂れる。

そして、明るく光る。

金糸だろう。

軍装の階級を示す飾りである。

白い襟

首元の白い布を見たい。

大きく膨らみ、顎の下まで届く。

そして、暗い上着と接する。

その境が、顔の位置を決める。

背景の淡さ

背景を見たい。

淡い青灰色で、平らである。

つまり、風景も家具もない。

小さな画面では、背景を単純にする。

水色の点

首元に、水色の布が見える。

そして、画面で唯一の鮮やかな色である。

暗い上着と、白い襟。

その間に、小さな色が置かれる。

一七八九年という年

制作年は、一七八九年である。

九点の中では、前半にあたる。

そして、最も遅い一枚とは三十五年の差がある。

アンナ・クレイプール・ピール
ジェームズ・ピール《アンナ・クレイプール・ピール》1812年。水彩、象牙。縦7.5センチ、横6.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。フレッチャー基金による購入、1938年。ジェームズ・ピール《アンナ・クレイプール・ピール》メトロポリタン美術館蔵

黒い台紙

二点目の画像を見たい。

楕円の絵が、黒い四角の中に置かれる。

そして、上部に金色の金具。

つまり、額に嵌めて撮影されている。

黒い台紙には、細かい罅が見える。

罅という時間

黒い面の罅に注目したい。

塗料が乾いて縮んだ跡だろう。

つまり、額も年月を経ている。

作品だけでなく、容れ物も古い。

金の縁

楕円の絵を囲む金の縁を見たい。

幅が広く、平らである。

そして、光を受けて明るい。

一点目の細い枠とは、作りが違う。

白い衣

描かれた人物を見たい。

若い女性である。

そして、白い衣を着る。

肩が広く開き、襟がない。

髪は、短く巻かれる。

髪の巻き

髪を見たい。

短く巻かれ、額のまわりに集まる。

つまり、結い上げていない。

装いの流行が、髪型にも表れる。

一八一二年という装い

衣の形に注目したい。

胸のすぐ下で切り替わる。

そして、袖が短い。

十九世紀初めに流行した装いである。

一点目の一七八九年とは、二十三年の差がある。

同じ姓

題の姓は、作者と同じである。

つまり、身内の肖像だろう。

館の記録は、関係までは示さない。

だから、当サイトも断定しない。

大きさと、細かさ

細密画が大きくなると、何が変わるか。

まず、細部が描きやすくなる。

そして、身に着けにくくなる。

七センチは、手に持って見る大きさである。

七センチの画面

寸法は、縦7.5センチ、横6.8センチ。

つまり、一点目の二倍以上の面積がある。

細密画の中では、大きいほうである。

ジョージ・ワシントン
ジェームズ・ピール《ジョージ・ワシントン》1782年ごろ。油彩、カンヴァス。縦91.4センチ、横68.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントンの遺贈、1885年。ジェームズ・ピール《ジョージ・ワシントン》メトロポリタン美術館蔵

全身の油彩

三点目は、寸法が違う。

縦91.4センチ、横68.6センチである。

つまり、一点目の四百倍以上の面積になる。

技法も、油彩である。

淡い黄と、濃紺

配色を見たい。

上着が濃紺、胴衣とズボンが淡い黄。

つまり、明暗の差が大きい。

暗い上着の中に、明るい面が抱かれる。

屋外に立つ軍人

画面を見たい。

男性が、屋外に立つ。

濃紺の上着に、淡い黄の胴衣とズボン。

そして、黒い長靴。

左手を、大砲の車輪に置く。

右手に、帽子を持つ。

背後に、旗が立つ。

旗という背景

背後の旗を見たい。

青地に、白い点が並ぶ。

そして、赤と白の縞が見える。

つまり、旗である。

人物の背後で、垂直に立つ。

大砲という道具

足元を見たい。

木の車輪と、砲身がある。

つまり、大砲である。

軍務を示す道具である。

空と、地平

背景の空を見たい。

雲が広がり、右奥が明るい。

そして、地平線が低い。

つまり、広い屋外である。

奥の二人

大砲の向こうに、人が二人見える。

いずれも小さい。

そして、こちらを向いていない。

つまり、背景の人物である。

足元の布

地面に、赤や緑の布が広がる。

そして、旗らしきものも見える。

つまり、戦利品を示す配置だろう。

もっとも、館の記録に説明はない。

三十六インチ掛ける二十七インチ

寸法を見たい。

館の記録は、インチでも示す。

三十六インチ掛ける二十七インチである。

つまり、規格からはやや外れる。

全身に近い姿を収めるための寸法だろう。

一七八二年ごろ

制作年は、一七八二年ごろとされる。

北米が戦時下にあった時期の終わりごろである。

軍装の肖像が、この時期に多い。

一八八五年の遺贈

来歴を見たい。

館の記録では、一八八五年の遺贈である。

つまり、九点の中で最も早く館へ入った。

そして、最も遅いものとは百二十一年の差がある。