跪くには、相手が要る——サセッタ・エル・グレコ・ギュンターほか九点
立つのも座るのも一人でできる。跪くには、向かう相手が必要である。九点で、その相手を数えたい。人が二点、物が一点、器が一点。そして四点は、相手が画面に描かれていなかった。彫刻の三点は、いずれも箱や祭壇や机の部品として作られていた。単体では意味が完結しない。

十字架の下で、膝をついている
先の尖った形の板絵である。
上部がアーチになり、その頂きが尖る。
背景は、赤みのある一色で塗られる。
中央に、十字架が立つ。
その上に人がいる。
十字架の足元に、小さな人物が跪いている。
灰色の衣を着て、頭巾をかぶる。
両手を胸の前で合わせる。
顔は上を向く。
体の大きさは、十字架の人物の半分ほどしかない。
床は緑がかった色で、水平の線が引かれる。

館の記録は、寸法を二つ書いている。
画面が81×40.2センチ。
額を含めると91×46.5センチである。
額の厚みは4.5センチ。
板絵の額は、しばしば絵と一体で作られる。
尖った上部の形も、額の形に合わせてある。
第十九回で、額を含む寸法の話を書いた。
額の話で見たとおり、館は両方を測ることがある。
跪くという姿勢には、条件がある。
誰かの前で跪く、ということである。
立つのも、座るのも、一人でできる。
跪くのは、相手が要る。
だから、跪く人が描かれるとき、画面には相手がいる。
あるいは、相手がいると分かる何かがある。
九点を並べて、その相手を数えたい。
前の二回で、立つ姿勢と座る姿勢を見た。
座る話では、座る場所が問題だった。
跪くときは、場所より相手が問題になる。
同じ聖人が、百六十年後にもう一度

館の記録は、額の寸法も書いている。
112.4×94.6×8.9センチ。
厚みが8.9センチある。
絵そのものは92×74センチだから、額でひと回り大きくなる。
九点のうち、額の寸法が記録にあるのは二点だけである。
どちらも、この主題を描いた絵だった。
同じ聖人が、跪いている。
先の一点から、百六十年ほどあとの絵である。
場所は、岩に囲まれた場所である。
左上に、蔦の葉が垂れる。
右上に、青い空がわずかに見える。
人物は、褐色の粗い衣を着る。
腰に、結び目のある紐を巻く。
両手を胸の上で合わせている。
顔は上を向き、目は開いている。
右のほうに、平らな岩がある。
その上に、木の十字架が立てかけられる。
その手前に、頭蓋骨が一つ置かれる。
さらに、閉じた本と、紙が並ぶ。
先の一点と、姿勢は同じである。
膝をつき、手を合わせ、顔を上げる。
だが、相手が違う。
サセッタの一点では、相手は十字架にいる人だった。
こちらでは、相手は物である。
十字架と、頭蓋骨と、本。
いずれも、考えるための道具として置かれている。
第十九回で、持ち物が人の役を示すと書いた。
ここでは、置かれた物が場面の意味を決めている。
館の記録の技法も違う。
あちらは板にテンペラと金。
こちらは布に油彩である。
百六十年で、材料が変わっている。
頭を垂れる

ページ全体と画面で、面積が大きく違う。
ページが32.7×21.1センチ。
画面が13.6×7.5センチである。
面積で比べると、画面はページの七分の一ほどしかない。
つまり、六分の五以上が縁である。
これは、この種の画帖に共通する作りだ。
絵を主役にせず、ページ全体を装飾として組む。
第十九回で、余白の取り方を扱った。
ここでの余白は、空白ではなく、模様で埋められている。
小さな画面が、豪華な縁で囲まれている。
いちばん外に、金地に花の模様がある。
その内側に、文字を書いた細い帯がある。
さらに内側に、細かい花の縁取りがある。
そして中央に、絵がある。
縦13.6センチ、横7.5センチしかない。
木の下に、長い衣の人物が立つ。
その足元に、もう一人が身をかがめている。
膝をつき、上半身を深く倒す。
顔は下を向く。
背景に、岩と草が描かれる。
館の記録は、制作の年を三段階で書いている。
絵が1585年ごろ。
内側の縁が1602年ごろ。
外側の縁が1900年代らしい。
つまり、この一枚は三百年以上かけて今の形になった。
第十七回で、一点の単位を扱った。
ここでは、中心の絵と、あとから足された縁が、一点として数えられている。
そして、縁を足した人の名は記録にない。
跪く姿は、はっきりしている。
相手は、目の前に立つ人物である。
上下の関係が、そのまま体の高さに出ている。
立つ者が上、跪く者が下。