美術史・技法

日付のある画帖——メアリー・N・サージェントの航海

水彩と鉛筆を、使い分ける

材料も見ておきたい。所蔵館の記録では、頁ごとに材料が違う。

「紙に黒鉛と水彩」と書かれた頁と、「紙に黒鉛」だけの頁がある。

つまり、色を塗った頁と、鉛筆だけの頁がある。

時間があれば水彩を加え、なければ線だけで済ませたと考えられる。

材料の記載から、制作の条件が推測できる。

鉛筆だけの頁

その例を見たい。

ナイル、1904年(画帖より)
メアリー・ニューボールド・サージェント《ナイル、1904年(画帖より)》1904年。紙に黒鉛。縦14.9センチ、横21.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・ニューボールド・サージェント《ナイル、1904年(画帖より)》メトロポリタン美術館蔵

この見開きには、色がない。

薄い鉛筆の線で、水平線と岸が引かれる。左に木立が並び、右に舟らしき形がある。

紙の大部分は白いままである。

つまり、輪郭だけを取った状態で止まっている。

しかし、地名と日付は書き込まれている。記録としては成立している。

船の速さと、描く速さ

制作の条件を考えたい。船は止まらない。

見えている景色は、刻々と変わる。だから、その場で仕上げる時間はない。

輪郭を取り、色の調子を一、二層だけ置く。その程度で次の景色になる。

つまり、この画帖の省略は、好みではなく条件から来ている。

素早く描く技術については、別のコラムでも扱った。

記録の最小単位

ここで整理したい。この画帖の頁には、三つの要素がある。

第一に、形の記録。輪郭線である。

第二に、色や明るさの記録。水彩の薄い層である。

第三に、言葉の記録。地名と日付である。

三つのうち、最も確実に残っているのは第三の要素である。

つまり、絵が未完成でも、いつどこかは分かる。

樹の形を、線で取る

主題の幅も見ておきたい。

ゲッセマネの園、1904年(画帖より)
メアリー・ニューボールド・サージェント《ゲッセマネの園、1904年(画帖より)》1904年。紙に黒鉛。縦14.9センチ、横21.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・ニューボールド・サージェント《ゲッセマネの園、1904年(画帖より)》メトロポリタン美術館蔵

海の景色ではない。木立を描いた一枚である。

太い幹が数本、画面の中央に並ぶ。表面が捻れ、瘤のような形が重なる。

オリーブの古木だと考えられる。枝は上へ広がり、葉の塊が丸く描かれる。

右下に文字がある。「Garden of Gethsemane」と、11月の日付らしきものが読める。

線は速い。輪郭を追い、内部は最小限の陰影で済ませている。

建物も、線で取る

同じ日の別の頁を見たい。

ゲッセマネの園から見た黄金門、1904年(画帖より)
メアリー・ニューボールド・サージェント《ゲッセマネの園から見た黄金門、1904年(画帖より)》1904年。紙に黒鉛。縦14.9センチ、横21.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・ニューボールド・サージェント《ゲッセマネの園から見た黄金門、1904年(画帖より)》メトロポリタン美術館蔵

こちらは建築である。画面の上部に城壁が横に伸びる。

壁には小さなアーチが等間隔に並ぶ。左にドームらしき丸い形がある。

その下に斜面が広がり、手前に木が数本。

右下の文字には「Golden Gate from Garden of Gethsemane」と読める箇所がある。

つまり、どこから見たかまで記されている。

巡礼と観光のあいだ

旅の性格にも触れておきたい。1904年の地中海航路には、複数の目的が混じっていた。

保養、観光、そして聖地への巡礼である。

エルサレムを訪れ、ゲッセマネの園を描いていることは、そのいずれとも結びつく。

ただし、この画帖に旅の目的は書かれていない。

だから、目的の推測は控えたい。分かるのは、行った場所と日付だけである。

視点の位置を、書き添える

この書き方は重要である。「どこを描いたか」だけでなく、「どこから見たか」が記録されている。

視点が分かれば、後から同じ場所に立てる。

旅の記録に自分の位置を書き添える意味は、
別のコラムでも扱った。

百年後に読む側にとって、この一行は大きい。

山を、色で描く

最後に、水彩の一枚を見たい。

ヴェスヴィオ
メアリー・ニューボールド・サージェント《ヴェスヴィオ》1904年。淡い色の織紙に水彩と黒鉛。縦14センチ、横21.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・ニューボールド・サージェント《ヴェスヴィオ》メトロポリタン美術館蔵

山の輪郭が、画面の中央にある。

左の稜線は緩やかに上り、頂で切れる。右へ長く裾を引く。

山肌には濃い灰色が置かれ、頂の周囲は薄い。噴煙だと考えられる。

麓には白い部分が横に連なる。町の建物だと考えられる。

手前は海で、横の刷きが数本引かれる。

右下に「Vesuvius」と、12月5日らしき日付がある。

紙の色を、使っている

材料をもう一度見たい。この一枚は「淡い色の織紙」に描かれている。

つまり、白い紙ではない。わずかに色の付いた紙である。

その色が、そのまま中間の明るさになる。白い絵具を置けば、明るい部分が作れる。

紙の色を活かす方法は、別のコラムでも扱った。

旅先で使う画帖でも、紙の選択がなされている。

公開画像は、白黒である

ここで、画像そのものについて触れたい。

この98点の公開画像は、いずれも白黒である。水彩の頁も、色が写っていない。

つまり撮影が古い時期に行われ、そのまま公開されていると考えられる。

所蔵館の記録には「水彩」と書かれている。しかし画像では色が見えない。

記録と画像が食い違うのではなく、画像が情報を落としている。

画像の差は、作品の差ではない

この点は繰り返しておきたい。公開画像の質は、作品ごとに違う。

新しく撮り直された作品はカラーで、古い記録写真しかない作品は白黒である。

つまり、画像から受ける印象には、撮影の事情が混じっている。

同じ問題は、別のコラムでも扱った。

色の話をするときは、画像の出所を確かめたい。